なんてことない忍ぶの日常〜あなたに会える前日〜
大変だ。何が大変か分からないけど、とにかく大変だ。
忍ぶはこれを、病院のベッドのうえで書いている。14:00ごろせっつかれるようにシャワーを浴びた後、手には点滴をするための管が入れられ、怒涛のように腰椎麻酔やらなんやらの説明を受け、サインを求められた。
腰椎の略図をみながら、「中学生時代に理科で習った気がするのに部位も何も覚えてないものだなぁ」と、初老の麻酔科医のはなしを聞いているふりをした。
そのあと、明日からしばらく絶食になるというには味気ない病院食を食べて、Amazon primeで「ブリティッシュ・オブ・ベイク シーズン4」をぼんやり観て時間をつぶしている。21:00には消灯と言われたが、そんな早い時間に電気を消されて寝付けるものだろうか、と思っている。
明日、出産する。ちなみに、こどもは小池くんとのこどもである。
出産予定日とは40週0日のことをいうらしいけど、今日は37週0日。子は2〜3ヶ月前から逆子になりとうとう治らなかった。そのばあい強制的に帝王切開ということになるらしく、今日から入院して明日帝王切開という運びになったわけである。
3週間くらい前に、「治ったら予定はキャンセルするから」と言われつつも手術の日程を組まれ、1週間ごとの検診で「治ってないですね」と時には事務的に、時には諦めのトーンで宣告されながら、ついにこの日を迎えた。ちなみに手術直前までに逆子が治ったら(こんなに色々サインをして手に管までいれたのに)家に帰るらしく、そんな不確定な状態では大量に提げてきた荷物をいまいち解く気になれないのであった。(帝王切開をしたら最初はねたきりになるので、ほんとうは病室を使いやすくしたいのだ)
比較的楽天的な忍ぶでも、予定日よりだいぶ早いと思われる出産には面食らってしまった。実は出産準備らしい準備をまったくしておらず、慌てておむつやミルクなどの消耗品や衣類を購入し、ベビースペースなるものを整え、ベビーシートレンタルの予約をした。後期つわりにより一日中吐いている日などもあり、産休中であふれるようにあると思われた時間を無意味に消耗する日もあった。
夏の暑さは体調不良に拍車をかけた。暑い、きもちわるい、苦しい、つらい。仕事から帰った小池くんに毎日その辛さを吐露した。小池くんは他人と自分の境界がはっきりしているので、わたしを過度に心配することもないし、過度に突き放すこともしない。仕事帰りに忍ぶが食べられそうなものを買ってきてくれたり、できる範囲で励ましてくれた。その距離感がなんともありがたかった。
ここまではありきたりな妊婦のぼやきかもしれないが、冒頭で「大変」といったのは全世界に蔓延している例の感染症が、ただでさえ不安定な妊婦を更に追い込んでいると感じだからである。
具体的にいうと、家族が出産の立会いもできなければ面会もできないということである。子を産んだあと、父である小池くんが彼または彼女に会えるのは退院の時ということになる。
両親学級が中止になり、ただでさえ右も左もわからないというのに、忍ぶは帝王切開の傷に耐えつつ、わずか数日の母子同室で得た知識を、退院時に子と初めて触れる小池くんに伝授するということになりそうなのだ。
もちろん忍ぶは、それらの措置が、病院側の感染リスクを少しでも下げるために行なわれていることはじゅうぶん理解しているし非難するつもりもない。ただちょっと不安だな、心細いなと思うだけだ。小池くんが手術のあとに労ってくれたり、子が生まれたことを、一緒に喜んでくれたらどんなに心強いか。
これから大変だけど頑張ろうねって、それをおんなじ瞬間に共有できることって大切だと思うんですよね。
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