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これからも、理想のコミュニティ形成、社会形成に関与する自分でいたい
スマホの中に「映える」写真は沢山あるけど、
なんだか今、noteでわざわざシェアする気にはならない。
今年は40歳を超えた。
老いると、だんだん活動や人間関係を縮小していく、
断捨離していくような声をちらほら聴くようになる。
確かに、沢山のコトや人との関わりが多ければ多いほど、
ひとつひとつとの関わりの濃度は薄まらざるをえないような気がするので
妥当な判断なような気もする。
でも、どうなんだろうな。
なんとなくだけど、
私は20代の時にすごく活動を狭めたり人間関係を断捨離したような経験があって、
30代後半くらいから、また活動範囲を広げていって、
人間関係も復活したり新しく出会ったり、
という流れの中にいるから、
コトや人間関係をこれからも豊かに広げていきたいなー
という方向の意識の方が今のところ強い感じがする。
コミュニティ形成、
社会形成、
そういったことに、少しでも関与しているという実感がある状態で
これから先の人生を送っていきたい。
安全圏の中にいて、
快適だけど、コミュニティや社会形成に関与できていない状況よりも、
多少、嫌なことがあっても、
コミュニティ形成、社会形成、に関与している状況を希望する。
どんなコミュニティや社会形成かって
それはやはり
尊重とか
双方向とか
上意下達じゃない在り方を模索しているはずなんだけど、
自分自身がもっともっとアップデートしないといけないと感じる。
最近、哲学対話と題するイベントに参加して
「寄り添う」について
しっかり考える機会もあったけど
哲学対話的な機会を増やしながら
思考や感情を深める経験を積み重ねていくことは
非常に大切なことなのかなーと思う。
2025年は、
中高生の女子サッカーの場づくり
プレーパーク
など新しいことをやりたい、やろうと模索している。
そこに哲学対話の手法を導入して
尊重、双方向コミュニケーション、
といった要素を担保、大事にしながら
活動を展開していけたら面白いかもしれない。
クリスマスの朝。
まあ、わりと関係ないけど、
ちょっと新しい思考が生まれて、
パソコン開いて書いた甲斐があった。
※TOP画像は、2024/12/21岩槻chatora前イベント会場風景
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