10代のときぶりに洋裁に手を出したらドハマりしている話
私の母は、お世辞にもあまり要領がよい人ではなく、料理もあまりおいしくなかったし、部屋もいつも散らかっていたが(私が散らかしていた側面もあるが)、なぜか洋裁だけは得意だった。
家には家庭用には十分なスペックのミシンと、ついでに足漕ぎの古いミシンもあった。さらにロックミシンも購入していた。実家は裕福ではなかったが、本格的なロックミシンを買い足そうというところから、そのやりこみ具合が伺える。
幼少時はフリルのついたワンピースを作ってもらい、幼少期にありがちの「こんなフリフリな服はいやだ」と言っては着るのを拒んでいたが、それでも母と一緒に手芸店に行ってたくさんの布地を見るのは好きだった。小学生の頃から手芸本を見ていて、チャイナカラーブラウスに憧れを持ち、「シノワズリ(フランス語で中国趣味)」という言葉も覚えた。
当時、タレントの千秋がボーカルを務める「ポケットビスケッツ」というユニットが好きで、衣装も楽曲もすべてに憧れていたのだが、書店で『千秋の手作り教科書』という本と出会い、親に頼み込んで買ってもらった。
もう休刊してしまった青文字系の代名詞というべき雑誌『Zipper』のムックであるこの本は、千秋がヴィヴィアン・ウエストウッドやジェーンマープルのアイテムと手作りアイテムを組み合わせながら、ファンキーにコーディネートしているのを見て、小学生だった私は衝撃を受けた。
そこから雑誌のZipperや、サブカルチャーの世界に足を踏み入れることができ、美容などは二の次に「ファッション」だけは謎にこだわりを深めていくことになるのである。
こだわりが強いだけで特段センスがいいわけではないので、中学生時代には、家にあったミシンで「青空柄のスカート」や「うさ耳フリースベスト」といった奇抜なものを作った。さらに当時所属していた吹奏楽部でパフォーマンスをする際に、友人たちにはミニモニをイメージした衣装を、自分には慎吾ママをテーマにした衣装を作った。衣装ということで細かい難はありつつも、慎吾ママの衣装は、他校の部活に貸し出されるまでになった。
ということで、ファッションについて謎のこだわりを持ち、ミシンを人並み以上には親しんできた私は、大学進学で実家を離れると、ミシンに触れることはなくなってしまった。大学生の頃は、セレクトショップだ百貨店だ古着屋だヤフオクだと服への執着が強かったものの、時が経つにつれ「別にセール毎に買い物をしなくてもいいのではないか」「(太っていた時期が長かったので)体型が戻ってからいい服を買えばいいのではないか」と、服への執着が薄れていった。
服作りは「やりたいことリスト」に入れるくらいにはやりたいと思っていたものの、そもそもミシンを持っていないし、自室に布を広げられるスペースもない。そして何より「買ったほうが安いし手間がないし、そして品質も高い」そう思っていた。
ちょうど1年前、引っ越しをして8畳超の自室を手に入れた。基本、仕事部屋にしか使っておらず、あまり物も増やしたくないと思っていたので、部屋には広いスペースがあった。今年に入って、急に「こんなに広い洋裁でもやってみようかな」と思い立ち、ミシンを購入してみようとなった。
ミシンを買うと一口に言っても選び方が分からない。最初は、楽天やAmazonで多くのレビューがついている、1万円くらいの物を買おうとしたが、どうやら「自動糸調子」という機能がついていないらしい。そういえば昔、実家のミシンを使っていて糸調子がうまくいかず失敗した覚えがある。選び方は慎重にいこうと思った。
YouTubeで探してみると、ミシンや洋裁に関する動画が色々とあった。くまみきさんの動画を参考に「おすすめの価格帯」「おすすめの機能」の情報を得て、気になる機種を絞り込んでいった。
最終的に、シンガーの「モナミヌウプラス SC227」という機種にした。色々調べていくなかで、自分のニーズを満たすなかでは一番いいものを買ってしまったが、満足している。
ミシンを手に入れて、手始めに小物を縫ったあと・・・
いよいよ服作りにチャレンジすることにした。布はこちら。
ミシンを買った大きな動機に「カービィのかわいいテキスタイルでワンピースが作りたい」というものがあった。ずっとカービィのワンピースを販売してほしいと思っていたが、この生地を見たとき「これは絶対にワンピースを作らねば」と思った。なので、小物でジャブを打ったあとは、練習として簡単な服を作るのではなく、いきなり作りたいものを作っていく。
一口にワンピースといってもさまざまなデザインがある。当初は、篠原ともえの『ザ・ワンピース』のパターンから作ろうとした。
しかし、「細身の人向け」というレビューが気になったのと、このかわいらしい感じが自分に合うのかと悩み、もともと所有していて自分に似合っている「シャツワンピース」を作ろうと決めた。
書店でいくつか、シャツやシャツワンピースの作り方が分かる本を探し、最終的に参考にしたのはこちらの本。
定番のシャツの作り方が丁寧に紹介されているのと、シャツワンピースの作り方もあるので、組み合わせで作れそうというのが理由だ。参考にしていたYouTuberさんも紹介していた。
いきなり本番の布で作るのは失敗が怖いので、練習のためにも、サイズ感を見るためにも、安い布で作ることにした。本についているパターンを薄紙に書き写したり、布を裁断したりするのが面倒で、「こんなアナログで面倒なことをしなければならないのか」と気が遠くなる思いだったが、裁断が終わって、実際にミシンを動かすようになってから時間の経過が異常に早い。他の活動と比較して、最も「ゾーン」に入れているのである。
こんなに過集中できるのはなぜだろうか……ミシンを動かしているときは、縫い目を曲げないよう1点に集中する、いわゆる禅の境地に立てることが一因かもしれない。また、こまめなアイロンがけなどの面倒な作業はありつつも、比較的ザクザクとハイペースで物が作れるというのもあるかもしれない。
サイズ感の確認、および縫い方の練習のために非常にざっくりと服を作り、調整したいところを確認。
本番では、以下のようなアレンジを加えようという方針を立てた。
11号で作ってみたが大きすぎる印象なので9号で作成する
袖が長いのでカフスを短くする
脇の処理は折り伏せ縫いに
いよいよ本番の布で縫うという段階では、一度作ったこともありスムーズに作ることができた。そうしてできたワンピースがこちらである。
細かい難はありつつも、自分としてはほぼ完璧にできた。かわいくて、サイズが合い、自分に似合っていて、そして丈夫に作られている。万が一ダメージが出てきたとしても、構造を知っているので解いて縫い直すことができる。これはもう「一生着れる服ができた」という気分だ。そして制作期間も、休日まる1日と2晩で、実質2日間ほど。
以前、市販の服のほうが「安いし手間がないし、そして品質も高い」と考えていたが、見事に打ち砕かれた。自分が本当に気に入る服を探す手間、妥協して買ったものを来ている時間がもったいないと感じ、品質だってホームソーイングでも十分上げていけることに気づいたのだ。
ミシンを久しぶりに触ったとは思えないクオリティの物ができ、すっかり気が大きくなり、「どんな服でも作れてしまうのではないか」という思いになっている。しばらくは、これまで「こんな服が欲しかったな」と思うものをひたすら作っていこうと思う。丸襟のクレリックシャツ、ワイドハーフパンツ、ジャージー素材のジャケット、マリメッコのいちご柄のワンピース、サメちゃん用の服など……。
さて、自分はわりと「洋服作りが得意だ」と気づいてしまったのだが、理由は、10代の頃の時間が豊富にある時代にそれなりの時間を費やしていたからだろう。それが、もっと別の、飯の種や表現活動につながったらもっとよかっただろうと思う。プログラミングやイラストレーション、バンド系の楽器演奏やボーカル、ダンスなど。
自分としては大して頑張っているつもりがないのに、人よりパフォーマンスが出ている能力を「強み」というようだ。洋裁はおそらく私にとって強みである。しかしどうもこの強みは、趣味の範疇を出なさそうということに、ちょっとした愕然とした気持ちを抱えている。世の中にはハンドメイド系の副業なんてのもあるが、私は別にその世界でやっていきたいわけでもなく、あまり他の活動とのシナジーもなく……。
初回なのに服作りがうまくいったことのさらなる要因に、色々と道具を揃えてしまったこともある。一通りの洋裁用品はもちろん、ミシン作業用の折りたたみデスクも買ってしまった。「こんなに買って、すぐ挫折したらどうしよう」と心配だったが、揃えた道具のおかげでとても作業がはかどった。そしてしばらくは飽きる様子もない。
楽しくて夢中になれて、そしてどうやら得意でもあることは、まずは軽い気持ちでやってみればいいのかもしれない。引っ越し前に断捨離して、服を減らしすぎてしまったことに寂しいものを抱えていたところだ。そして、いくつか作ってみたその先に、発見があるかもしれないし、飽きて別のことを夢中になるかもしれない。夢中になって作ったお気に入りの服を着る時間が今後増えるというだけで、人生のベースがちょっと幸せになるのである。