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中小企業へのサービスは、対大手企業の片手間にはできない

 <要約>中小企業に対してサービスを提供する業者とコンサルタントは、規模が小さな事業体にとっての“適性技術”を見抜く目を啓蒙し、そのうえで改めて適正な相場を生み出していくことが必要なのではないか。だから、中小企業に対するサービスという仕事は、ある意味でとても専門的な分野とも言える。大手企業では食えなくなったから中小企業で食べていこうといった貧困な発想では、業界も顧客も血を流し続けるだけである。


 ITそのものは、ITの専門家、つまりコンサルやSE、営業などのIT村に属する人以外にとって、大変分かりづらいものだということは、何回かこのコラムでもふれてきた。顧客視点に立ったITサービスを提供するようITサービス会社が変革を遂げなくてはならないことは、時代の要請でもある。世の中のあらゆる商売が企業主導から顧客主導に転換を始めているが、IT業界も遅ればせながら、様子が変わりつつあるのを感じる。しかし、ぼったくり商売と一部揶揄されるのを否定できない部分が未だに根強く残っているIT業界の転換は、苦難の道と言わざるを得ない。

●ぼったくり体質の根絶が難しいIT業界

 矢継ぎ早の技術革新、新製品の登場、価格対性能比の飛躍的な向上などなど…。聞こえてくるのは、心地よいセールストークばかりである。顧客の立場としては、ITを宗教のように崇めろといっても無理な相談だ。所詮はどの程度のものと割り切って付き合えばよいのか、本当のところが知りたいのだ。

 数年前にこういうことがあった。今のようにパソコンが当たり前のように企業にも個人にも普及していなかった時期のことだ。ある有名なパソコンメーカーの宣伝文句が一年でがらっと変わったことがあった。それまでは、パソコンさえ購入すれば活用できるというスタンスだったのが、突然、パソコンには操作や利用するノウハウを学習する予算も確保してください…つまり、パソコン教室に通いなさいという、考えてみれば当たり前のことを主張し始めたのだ。系列のスクールの体制が整ったからだろうが、本当にお客のためを思っての君子豹変なのか、ちょっと疑わしい。

 もう一つの事例をあげる。レンタルサーバーなるサービスがある。ホームページ(以下HP)を立ち上げる場合の選択肢としては、一番安い方法はと言えば、レンタールサーバーの利用が今は主流だ。IT導入や運用に関わっている人であれば、少なからず、レンルサーバーがなんたるかは認識しているであろう。計画しているサイトの物理的な容量にもよるが、月額数千円で一般的なHPを公開、運用するには十分なサービスが受けられるはずだ。

 一方、HPを自社で立ち上げようとした場合、一番手間暇がかかり一番コストがかかる方法は(ただし、自社IT担当者の満足度だけは高まるが、)改めて言うまでもなくWebサーバーなるものを自前で立ち上げて、セキュリティも自分で綿密な対策を練ることだろう。これだけでも100万円近くはかかってしまう。その上に、HPの企画、デザイン、作成、メンテナンスなどなどをすべて社員が取り組んだとしたら…。今でこそ、HPの立ち上げで間違えた選択をする人は少ないが、Webに関してのビジネスでは、わずか数年前は、こういう作業を全部自前でやりましょうとそそのかす商売がまかり通っていた。

 とりわけ、八百屋さんなどの個人事業主が、狙い撃ちされた。HPを出しませんか? こんな良いことがありますよ。それで、提案する内容は、ざっとこんな具合だ。サーバー一式100万円、HP作成費用、運営サポート代込みで250万円。5年リースにすると月額約5万円とオトクです…。この類の提案で、大きな損失を被った方は多いはずだ。その後、雨後の筍のようにWeb構築を請け負うITベンチャーが生まれたため、HPの作り込みとメンテナンスを請け負うサービス会社の売り込みが激化した。そもそも、リアルの商売で売れていないものまで、Web化すれば売れるかのごとく喧伝し、それに乗っかって結局梯子をはずされた会社がなんと多かったことか。

 済んだことだと言う人がいるかも知れない。異常なITブームだったのだから仕方がないと言う人がいるかも知れない。その時は、その方法しかなかったのだと言う人がいるかも知れない。本当にそうだろうか? いつまでも、IT業界は顧客の失敗を犠牲にして学んでいる場合ではない。しかし、現実には、その痛手を受けたユーザー企業でさえも、喉元すぎれば熱さ忘れる(あのときは儲かっていたから、どうせ税金対策と割り切っていた)といった風潮になりつつある。

●中小企業相手のサービスは、それ自体が専門化された世界

 ユーザー主導のITサービスに転換するためにも、ユーザーがサービスの質を目利きする力を養っていかなくてはならないのだ。

 未だに、こういう顧客に出くわす。ソフト会社はなかなか信用できない。値段(ハードウエアを除く)なんか、あってないようなものだからな。そこで、徹底的に相見積もりをとって厳しく価格を叩く…。現場の実情から言うと、ITサービスの適正価格のガイドラインが存在しないのである。必要な機器とサービスは必要。もちろん、適正な利益も必要。こちらとしては、そう主張したいところだが、この業界では相手が“椋鳥”(むくどり:業界の実情を知らない素人)と見るや、ボッタクリの商売をふっかけてきたのも一部では現実である。今でも「小道をそろそろと走りたいのです」というユーザーのニーズに対して、平気で「大は小を兼ねるから、ダンプカーを買っちゃいましょう」と提案しているケースが後を絶たない。本来は「自転車で十分ですよ」と言うべきところなのにである。中小企業の経営は、大通りではなくて、小道をいかに効率よくスピーディーに走るかを考えないといけない。中古の自転車が最適な選択である場合も多いのである。

 中小企業に対してサービスを提供する業者とコンサルタントは、規模が小さな事業体にとっての“適性技術”を見抜く目を啓蒙し、そのうえで改めて適正な相場を生み出していくことが必要なのではないか。だから、中小企業に対するサービスという仕事は、ある意味でとても専門的な分野とも言える。大手企業では食えなくなったから中小企業で食べていこうといった貧困な発想では、業界も顧客も血を流し続けるだけである。医者の世界でも、一般的な内科と小児科はかなり異なる専門性と点数計算で成り立っているではないか。

(本記事は、「SmallBiz(スモールビズ)※」に寄稿したコラム「近藤昇の『こうして起こせ、社内情報革命』」に、「第57回 中小企業へのサービスは、対大手企業の片手間にはできない」として、2003年9月8日に掲載されたものです。)
※日経BP社が2001年から2004年まで運営していた中堅・中小企業向け情報サイト