システム内製化かアウトソーシングか、それが問題だ
<要約>システム内製とアウトソーシングという相反するベクトルは、企業のシステム化を考えるうえで、常に意識したいものだ。ただし、企業規模が大きくなり、処理データ量が多くなるにつれ、完全な内製はあまり現実的な選択肢ではなくなるが…。いずれにせよ、より一層の業務への精通と標準化への志向、加えて「ユーザースキル」の体得が、効率的なシステム投資のカギになるだろう。
10年以上前に、エンドユーザーコンピューティング(EUC)がブームになったことがある。簡単に言ってしまえば、ITの専門家以外のエンドユーザー(ITサービス会社から見たら、最終的にITを利用するお客様。比較的大きい会社の電算室から見たら、社内の通常部署のことを指す)が、自らシステムを構築したり、コンピューター利用を推進することである。パソコンがかなり普及して、ほぼ1人1台体制を達成した企業も数多く存在する今となっては、特別にEUCを意識して職場で会話をすることもなくなった。
他方、アウトソーシングへの関心は日増しに高まっている。厳しい経営環境下では、自社の強みであるコアコンピタンスに経営資源を集中し、それ以外の業務は専門サービス会社へアウトソーシングするのは自然の流れである。ITの分野においても例外ではなく、自然とそういう流れが強くなっている。
この、「EUC」と「アウトソーシング」という相反するベクトルは、企業のシステム化を考えるうえで、常に意識したいものだ。例えば、顧客データベースをACCESSを使って構築して営業活動に生かそういう現場からの要請があった場合、大きく分ければ二つの実現方法がある。一つはEUCを志向し、誰か社内のメンバーに一から全てやらせることである。もう一つは、ITサービス会社(このような小ぶりなケースでは、地域の小回りの聞くソフトハウスがベター)に依頼する方法である。
●内製か外注かで迷う経営者が意外に多い
どちらが得か、その理由も含めてよく考えてみることは、経営者にとって大変重要なことである。ところが現実には、この二者択一の選択について、判断基準が曖昧な経営者が多い。それぞれの関係者のプレゼンを聞くと、どちらもよさそうに思えてくる。あるいは逆に、根拠もない思い込みで、どちらか一方が良いとガンとして譲らないことも多い。ほかの事柄で高い判断力を示す経営者が、ことシステムのことになると判断がぶれてくる事実には、正直言って驚かされる。
私に言わせれば、どちらかと言うと、思い込みだけで突っ走る後者の方が問題だ。ある程度聞いて納得のいく信念ならよいのだが、どう考えてもおかしな思い込みで判断しているとしたら、その結果生じるIT投資が非常に非効率になるのも致し方ない。
今回は、二つの例を挙げてこの問題を考えてみよう。一つは、ACCESSのデーターベースの構築。もう一つは、表計算ソフトによる経営計数管理システムの構築と活用である。
データベースを少しかじったことがあればお分かりだろうが、カード型データベースがブームになったことがある。もちろん、今でもこの方法や考え方が活用できる局面はある。しかし、SFAやCRMの基本的な考え方の理解がどの企業にも必要になってきた時代に、源泉となる顧客データーベースや情報検索システムを作ろうとすると、ACCESSと言えども、RDB(リレーショナルデータベース)の知識は必要なのだ。
ウィザード機能なる(中途半端な)自動画面作成機能は、素人から見ればとっつきは確かに良い。しかし、中小企業がカード型のデーターベースレベルで使用するのならともかく、ある程度まとまった顧客数を抱えた企業が本格的な業務の補佐として使用するのであれば、どうしても、本格的な検索システム構築に用いるクエリー言語のハンドリングが欠かせない。そうなってくると、結局、RDBの基本だけでも知識が無いと、お手上げということになる。簡単に素人でもできますよと言ううたい文句に乗せられて、なんとなくEUCもどきに取り組んで破たんしている事例は沢山ある。
もう一つの事例は定番の表計算ソフトである。昔、マルチプランというソフトが一世を風靡したことがある。今の表計算ソフトと比較すると、シンプルな機能しか持ち合わせていないソフトであった。マルチプランで作成した経営計数管理システムをオフコンに移行する仕事を担当した時のことだが、その会社の簡易システムが緻密・精密に設計・構築されていることに驚いた。
よく聞いてみると、なんと社長が独学で作りあげたとのこと。社長は、表計算のプロであった訳ではなく、その会社の業務に精通していたのだ。だから、コストもあまりかけずに(もっとも、社長の人件費は普通は一般管理費だが…)、源泉データを一度入力するだけで、トップが必要な経営計数が取得できるようなシステムが、外注費ゼロでできたというわけだ。
今や、表計算ソフトと言えば、EXCELが定番(EXCEL利用のリスクについては、以前触れたが)であり、正しく使いこなせれば、こんな安上がりな優れたソフトはない。ただし、簡易言語とは言え、素人では大やけどをすることは今も変わらない事実である。最低でも、活用する側が業務に精通していることが、EUC成功の必要条件であろう。
今回は、どこの中小企業でもに存在するような定番のソフトを使ったケースについて触れた。定番のものであれば、市販のマニュアルや活用事例なども充実している。学習機関で学べる機会も多い。従って、判断基準が比較的明白である。ところが、それ以外の特殊なソフトなどを使用する場合や、技術的に高度になってきたネットワーク環境の整備などになると、担当者のスキルレベル、あるいは成果物の出来不出来の目利きといった点で、ますますブラックボックス化してしまい、経営者としては正しい判断を下すのが難しい。
少なくとも、会社の経営管理や業務管理にかかわる仕事に関しては、できるだけ業務内容を標準化してシステムをオープン化できる状態に整備しておくことが、引継ぎを容易にしたり、改善余地の明確化を図り、システム内製とアウトソーシングのメリット・デメリットを判断しやすくすることにつながるのは言うまでもないだろう。
●結局、業務への精通と標準化志向がカギ
この視点からのEUCの成功のための判断基準のポイントをまとめると、以下のようになる。
・業務に精通していること
・ITの専門的知識、スキルはある程度は必須
・ブラックボックス化しないこと
・投資コスト計算を正確に行うこと
最後のポイントの投資コストについては、意外とあいまいにしがちである。つまり、IT投資コストを見積もる際に、EUCを担当するスタッフの人件費コストを忘れてはならないということだ。もちろん、運用にかかわる維持・保守費用もカウントする必要がある。その担当者の人件費がコストとなって発生するからだ。
多くの経営者が、こういう人件費をコスト換算していないことが多い。パソコンに関してのスキルは、ある一定期間をかければ確かにマスターすることはできる。例えば、ある社員がACCESSを1ヵ月勉強して3ヵ月で簡易データベースを完成したとしよう。ざっくり計算しても、30万円*3ヵ月=約100万円の投資となっている。その社員のスキルアップにつながったからいいではないかって? そもそも、ITそのものがめまぐるしく変化しているのだ。あなたは、今後もその社員の研修費用を惜しまず、IT専任の社員として育成しようとしているのだろうか…。こんな視点も必要だということだ。
こうしてみると、完全なEUCは次第に非効率となってきていると言わざるを得ない。むしろ、中堅・中小企業の経営者と社員に必要なのは、より一層の業務への精通と標準化への志向、加えて「ユーザースキル」の体得である。内製するにせよ、アウトソーシングするにせよ、これらのポイントを意識していることが、効率的なシステム投資のカギになるのである。
(本記事は、「SmallBiz(スモールビズ)※」に寄稿したコラム「近藤昇の『こうして起こせ、社内情報革命』」に、「第53回 システム内製化かアウトソーシングか、それが問題だ」として、2003年7月7日に掲載されたものです。)
※日経BP社が2001年から2004年まで運営していた中堅・中小企業向け情報サイト