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IT導入を機に、悪しき中小企業体質から脱皮しよう

 <要約>中小企業は、よくも悪くもワンマン社長に率いられているケースが多い。社長に力量があるのはよいことだが、自分なりの判断力と部下育成力を持った多くの幹部、リーダーを意識して育てないと、チームにはなり得ない。また、その条件があって初めてIT化や情報共有化は威力を発揮するのだ。


 典型的な中小企業の社長と言えば、個性豊かで馬力があり、それでいて頑固。なんと言っても、人間的な魅力は際立っている。自ずと起業家精神の固まりで、高度成長期が始まったその頃から、突出したリーダーシップで会社を引っ張ってきた。自然と、周囲の声にはあまり耳を傾けず、ワンマン型経営が確立されてきた。

 その裏返しとして、“側近”といわれる連中は依存型体質にどっぷり浸かってしまい、YESマンばかり。その下の一般社員も右へ倣えで、依存型か、稀にパワフルな社員がいても「どうせ言ってもムダですよ」「どうせ跡継ぎは決まっているのだから」「取締役のAさんクラスじゃ、何の実権もありませんよ」と諦めモードで、我関せずのスタンス。結果、トップの指示通りにしか動けない会社ができあがってしまう。

 企業の行動原理がシンプルだった経済成長期は、それが一番の経営スタイルだったのかもしれない。ベンチャーの雄、パソコンのダイレクト販売会社の社長が、こういうエピソードを書籍で紹介していた。社長がトラブル対応でカリカリしていたとき、部下が「社長、事務所内の自動販売機が故障しました。販売機の中を点検したいので、鍵を貸してください」と言ってきた。社長は「どうして、私にそんな些細なことまで聞いてくるのか」と怒ると、部下はこう答えたという。「この会社では、社長しか鍵を持っていないんです」…。

●最早、社長だけが判断業務を行うのは限界に

 この激動の時代、四方八方から敵が攻めて来るし、槍が飛んでくる。全方位的に、迅速かつ的確な経営判断が必要だ。社長だけが前を見ていれば良かった時代であればともかく、今の時代、正確な情報を全てトップがキッャチするのは不可能だ。情報を現場が受け止め、その場で判断していくことが必要になる。しかし、中小企業の社員は総じて指示待ちである。極端な表現を使うなら、彼らは自分の意志では、息ひとつできない。社長の送り出す“空気”によって、ようやく呼吸をしているのだ。いわば、人工生命維持装置を付けられた状態と言える。

 こんな状況を打開し、現場の力を引き出すには、「デレゲーション(delegation)」や「エンパワーメント(empowerment)」が必要なのだ。いきなりカタカナの外来語を出して恐縮だが、これらの言葉は、組織の問題を語るうえで頻繁に使われるようになってきた。それなのに、うまい訳語が定着していない、実に厄介な概念なのである。デレゲーションとは、ひとことで言うと「仕事を人に任せること」だ。やり方をこと細かに指図するのではなく、「手段を選択する自由」を部下に与え、「結果」に責任をもたせることである。エンパワーメントは「能力強化」「能力開花」といった意味で、部下が本来持っている自己の能力を発見させ、広げていくことを支援することだ。いずれも「自立」というテーマと密接に絡んでいることを感じていただけるだろうか。

 私があえて言いたいのは、中小企業のIT化や情報共有化を考えるとき、これらの一見バタ臭い概念や考え方を避けては通れないということだ。

 今の時代、多くの経営者の本音はこうだ。経営幹部を早く自分なりの判断力を持ったマネージャーとして自立させたい。大きな潜在能力を持った若手社員をどんどん登用したい。そのための方法も分かっている。思い切って仕事を任せるのが一番。失敗をさせないと育たないのもわかっている。しかし…力不足を感じるし、どの社員も自分と比較すると帯に短したすきに長しだ…。結局、なかなか踏ん切りがつかない。

 清水の舞台から飛び降りるつもりで、社長が部下たちに権限移譲を推めていく決断をしたとしよう。ところが、さらにその先に、現場では“マネージャーとしての要請と職人気質の自分との葛藤”が発生する。

 ある設備工事会社では、抜擢人事で35才のBさんを設備サービス部長に就けた。高い技術力に裏打ちされた現場での対応ぶりが突出しており、お客様評価も抜群で、しかも、IT活用についても文句なし。誰に教えられたわけでもないのに、顧客対応履歴や各種の分析シートなどを自らエクセルを活用して作成していた。今後の顧客対応のベストプラクティスを身に付けていると思われるBさんを部長にして、他の社員の模範になってもらおうという会社側の思惑は当然だったと言える。

 抜擢してから3ヶ月が経った頃、ある異変に社長が気付いた。Bさんの仕事時間が、以前の1.5倍に膨れ上がっているのだ。その上に、どうも自宅に持ち帰ってさらに仕事をしているようだ。理由を聞いてみると、こんな回答が返ってきた。「部長になるまで自分がしていた仕事を部下に任せてみたが、約束の期限には遅れるうえに成果物の品質も悪い。何回かは指導をしてみたが、あまり改善が見られないので、結局自分でやっているんです」…。社長は頭を抱えてしまった。職人気質でなかなか仕事を部下に任せきれない自分のコピーを見る思いがしたからだ。だが、Bさんは今や10人の部下を抱えている。その後始末を全部自分で抱え込めば、つぶれるのは時間の問題だ。

●“職人”から“マネージャー”への脱皮を支援する

 似た経験は多くの方がお持ちだと思う。現場仕事に自信がある人ほど、他人に任せてみて結果がすぐに出なければ、自分がやった方が早いと断を下してしまう。だが、それでは集団を動かすことで実績をあげるマネージャーとは言えない。“職人”の域を出ていないからだ。

 実は、人に指示を出すこと自体にかなりのスキルが要求される。仕事の任せ方にも技術があるのだ。そして大変な忍耐と我慢がいる。行動責任は仕事を任せられた側にあるが、結果責任は指示した側がかぶらねばならない。それがリーダーの役割だ。会社をワンマン型からチーム型に変えていくためには、人に仕事を任せきれる幹部やリーダーを多数輩出していくことが必要である。

 「やってみせ、言ってきかせてさせてみせ、誉めてやらねば人は動かじ」という山本五十六が好んだ警句はつとに有名だが、自らが持っているスキルを誰にも分かるように普遍化して周囲に伝え、さらに誉めることによって自信を植え付ける。成功体験を十分に積み重ねさせながら、今度は自分なりの判断力を磨かせる…こうした行動をトップから現場までが自然にとれるようになって、ようやくチームとして機能するのだ。

 ところが、現実には、“チーム”に脱皮していない中小企業が多数存在する。ワンマン社長と同族の幹部が馴れ合い、後は無気力な側近と、非常に出入りの激しい職人で構成される集団…こんな状態のままIT化だの情報共有化だのを進めても、何ら効果を発揮しないばかりか、指示待ち体質が一層強化されかねないことは、お分かりいただけよう。先ほどの表現を使うなら、人工生命維持装置を最新モデルにリプレースしただけにすぎないだからだ。真にITの威力を享受しようと思うなら、一見ITと無関係と思われるリーダーシップやコーチングの技術と精神を集団に根づかせることが、どうしても必要なのだ。

 そうした努力をする気がないのなら、ITに過度の幻想など抱かず、現場仕事の省力化…つまり、ちょっと高度な電卓を導入するくらいのレベルに留めるべきだろう。

(本記事は、「SmallBiz(スモールビズ)※」に寄稿したコラム「近藤昇の『こうして起こせ、社内情報革命』」に、「第58回 IT導入を機に、悪しき中小企業体質から脱皮しよう」として、2003年9月19日に掲載されたものです。)
※日経BP社が2001年から2004年まで運営していた中堅・中小企業向け情報サイト