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小説 ハグ屋の慶次 2章③ ストーカーの正体1



白川菜美へのストーカー事件の翌日の夕方。

菜美はシフトの予定通り、夕方からカフェノワールへ出勤した。

菜美がシフトで店に入ってから1時間ほど経ったころ、グレーのフード付きパーカーを着た小柄な客がうつむきながら入店してきた。

他の客は居なかった。
慶次はその客をカウンター席へ案内した。
「いらっしゃいませ。宜しければ、カウンター席へどうぞ」

客は店内を軽く見回して確認すると、慶次が案内したカウンターの右端の方に来た。

フロアにいた菜美は緊張していた。昨夜、菜美を追跡してきた人物と背格好がよく似ていたからだ。

客は座るとトートバッグからタブレット端末を取り出し、被っていたフードを外した。
客はショートカットの似合う若いボーイッシュな女性だった。

客を確認した慶次は、昨夜のストーカーとは違う人物かもしれないと考えた。だが菜美の緊張を感じ取った慶次は、念のため菜美を外出させることにした。
「白川さん。うっかり切らしたものがあるんだけど、買出しに行ってもらえるかな?」とメモを渡す。
「あ、はい。このリストのですね?行ってきます」
メモには「後でメッセージを送るから、店から出てて」と書いてあった。慶次は状況を察してくれたようだ。

菜美は、仕事用のエプロンを脱ぐと、ポシェットと携帯だけ持った。
「マスター、行ってきます」
「ああ、悪いね。宜しく」

慶次は、菜美を見送ってから、カウンターの客に向かって「お待たせしました。お決まりですか?」と聞いた。

彼女は、慌ててメニューに目を落とした。
「えーと、ホットコーヒーお願いします。あ、えーと深煎りブレンドの方で」
「かしこまりました。少しお待ちください」
ブレンドコーヒーを淹れる合間に、慶次は菜美の携帯にメッセージを送った。

慶次《さっき入ってきたの昨夜の追跡者かな?》
菜美《たぶん、そうです》
慶次《知ってる人?》
菜美《知らない人だと思います》
慶次《素性を確かめるから、暫く時間を潰してて。戻っても大丈夫そうなら、連絡するから》
菜美《ありがとうございます》

慶次は、コーヒーを淹れ終えると、クッキーをつけて出しながら言った。
「うちはお初めてでしたっけ?」
「あー、はい」
「ゆっくり召し上がってください。クッキーも。サービスですので、どうぞ」
「あ、ありがとうございます。いただきます」
「コーヒーは熱いから気をつけてください。ごゆっくり、どうぞ」
「はい」
彼女は、タブレットを見ながらコーヒーに口をつけた。

暫く、沈黙が続いた。

器具を片付けながら、慶次は彼女を観察していた。

ボトムスは使い込まれたスリムなジーンズだったが、汚れた感じはない。パーカーも同様で、使い込まれているが、清潔感があった。

ヘアスタイルは、ネックは刈り上げられていてボーイッシュなスタイルではあった。乱暴な口調や態度ではなく、目つきも普通で、大人しそうに見えた。
やや落ち着かない様子ではあったが、全体的に挙動不審な感じはない。

慶次は思い切って、昨夜のことを彼女に聞いてみることにした。
「あの。失礼ですけど、昨日の9時頃に、店の前を通りませんでしたか?」
「え!あ、あの」彼女は言いよどむ。
「実は貴女によく似た方が、店の前を通ったのを見たんで。違っていたら失礼しました」
慶次は、実際には彼女を見た訳ではなかった。菜美の証言を元に店の中から見ていたことにしたのだ。

「あ、すいません。自分、昨日は、閉店の頃に来ていました。明かりはついていたみたいでしたけど、なんか閉まっていたみたいだったんで、帰りました」
「そうでしたか。それは申し訳ありませんでした。店の奥にはいたのですが、お客さんが早く切れたので、少し早く閉店にさせていただいて、作業をしていたんです」
「いえ。。。時間を確かめないできた自分が悪いんです。それにしても、コーヒー、とても美味しいです」と笑顔で言う。笑顔になると、あどけない感じで、高校生かな?と言う雰囲気に思えた。
「ありがとうございます。コーヒーはお好きですか?」
「あんまり詳しくないんですけど、キャンパスでも、コーヒーはよく飲みます。あ、でも飲めるんですけど、作り置き?を温めて出してるみたいで、美味しくなくて。。。」
「まあ、専門店みたいにはいかないから、仕方ないですね」慶次は、大学のカフェテリアでハンドドリップのコーヒーを出すのは難しいだろうと想像した。
「これからは、こちらに来ます」
「それは、ありがとうございます。是非、宜しくお願いします。ところで、キャンパスと言うと、華成大ですか?」
「ええ、そうです。今年、入学しました」
「そうだったんですか。華成大の学生さんには、よく使っていただいていますよ」
「そうですよね。他にカフェは無いですしね」と考えこむような微妙な表情になった。
「さっき居たスタッフも華成大の子ですよ」
「ええ。知ってます」と俯いた。


つづく





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大村義人(ペンネーム )/じーちゃん
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