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小説 「任侠バーテンダー 入舟源三」 クリスマスイブの客 その②

源三が店で酒を飲まないのには、もう一つ理由があった。
源三は酒を飲むと、感情をコントロールできなくなるたちなのだ。異常に気持ちが昂ってしまい自制できなくなる。
ヤンチャだった頃には、それが理由で何度か失敗した。
思い出したくもない苦い思い出だ。

「あの、もう一杯、いただいてもいいですか?」と、客の声に我にかえる。
「ええ、どうぞ。クリスマスですから、神様も多めにみてくださるでしょう」と笑顔で返す。
「ありがとうございます。オーダーしてもよければ、何かお勧めのものを」
源三は少し考えてから言った。
「タンカレーのジンを使ったものでも宜しいですか?少々強めのものにはなりますが」
「大丈夫です。まだ、酔ってませんし、ここからは歩いてでも帰れますから」
「では、お作りします」

源三は、タンカレーとグランマニエ、ディタのライチリキュール、オレンジジュース、グレナデンシロップをカウンターに並べた。

メジャーで計りながら、次々とシェイカーに入れる。最後にグレナデンシロップをワンスプーン入れ、手早く氷を3個放り込むとキャップを閉め素早くシェイク。
キャップを取ると素早くカクテルグラスに注いだ。

「どうぞ。アマポーラでございます」とコースターに乗せ、スッとサーブする。

「アマポーラ。。。」と彼女が呟き、グラスを持ち上げ、ひとくち含む。
「美味しい。。。」
彼女は目を閉じてカクテルの余韻に浸った。

「スペイン語でヒナゲシを意味する言葉だそうです。ホセ・ラカジェというひとが作曲した楽曲の曲名でもありますね」
「ちょっと検索して、聞いてもいいですか?」
「ええ、どうぞ。他にお客様はいませんので」

それから彼女は、自分の世界に入っていったようだった。携帯でアマポーラを聞きながら、ゆっくりとカクテルを味わっていた。

日付が変わって、25日になったとき
「メリークリスマス。そして誕生日おめでとうございます」と彼女が言った。
「ありがとうございます。メリークリスマス」
と源三が返した。
そのとき、彼女の携帯電話がメッセージを受信したようでランプがフラッシュした。

彼女はメッセージを確認すると、それに返信してから
「すいません。お会計をお願いします」と明るい表情で言った。

会計を済ませ身支度を済ませると、彼女はドアを開け、店の外に出て、電話したようだ。

「ええ、私。ううん。大丈夫。ちょっと外に出てて。。。」
ゆっくりとドアが閉まり、音は消えた。

きっと大好きな相手からメッセージが来たのだろう。彼女の表情の変化はわかりやすかった。

恐らく、今夜会いたかったが会えなかった誰かからの連絡。
道ならぬ恋の相手からなのかもしれない。

「アマポーラ」が彼女に愛の女神を運んできたのだろうか。
それとも神様からのプレゼントか。。。

もし道ならぬ恋なら、早く夢から覚めたほうがいいのにと思う。だが障害が大きいほうが恋の炎は燃え上がるってものだな。

源三は
「メリークリスマス。。。か。神様も酷なことなさるぜ」と呟くと、店の片付けをはじめた。

外に出るとみぞれが看板を濡らしていた。




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大村義人(ペンネーム )、じーちゃん
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