小説 「任侠バーテンダー 入舟源三 」 クリスマスイブの客 その①
こんばんは
知り合いのバーのマスターの一言で閃いたテーマの小説です。
入舟源三は65歳の誕生日を仕事場で迎える事になった。
12月25日が誕生日。
源三はこんな自分がキリスト様と同じ誕生日なんて、皮肉なものだと思う。
若いときに少しばかりグレていて、ヤクザになった先輩の使いっ走りをしていたのだが、組の盃は受けていない。
源三の組は暴力団ではなく、テキヤの元締めだったので、任侠道を叩き込まれた。
バーテンダーの仕事は30歳過ぎてから場末のバーの見習いで入って、10年ほど修行した。
この店で5年働いた時に、オーナーバーテンダーから話が出て引き継いだ。
さて、店の営業時間は25時まで。なので、閉店前に日付が変わる。
だから店で誕生日を迎えるというわだけだ。
今夜は11時頃には客が引けてしまったので、早仕舞いしようかと思っていたのだが、片付けを始めると不思議なことに客は来るものだ。
ドアを開けて入って来たのは、初見の女性客だった。ニットのキャップや長めのダウンのコートが濡れているようなので、予報どおり外は小雨か雪らしい。
「いらっしゃいませ。25時までで終わりますが、宜しいでしょうか」
「ええ、一杯だけいただければ、十分ですから」
「では、どうぞ。コートはよろしければ、そちらのコート掛けをお使いください」
客は、30から40までの間というところだろうか。女性の歳を当てるのは難しい。
女性の歳は言わぬが華だ。
左手の指にはリングがない。
独身者で勤め人てとこか。
仕事関係で二次会まで付き合ってから、帰ってきて、ホッとして飲みたいといった所だろう。少しは呑んできたのかもしれないが、酔うほど飲んできたのではなさそうだ。
女性のおひとりさまは、厄介なことが多い。
泥酔してここに来る女性客は、理由をつけてなるべくお帰りいただくようにしている。
泥酔していなくても、ガンガン呑んでるうちに呂律が回らなくなったり、目が座ってくる場合があるから気が抜け無い。
この道20年の経験から、客を見抜く力はある方だと思っている。
今夜の客は、大丈夫そうだ。
「外が寒かったので、ホットラムをいただけますか?ラム酒はお任せします」
「かしこまりました」
コーヒー用のケトルを火に掛け、沸くのを待つあいだ、ちょっとした間が生まれる。
こちらからは話しや質問をせずに、相手から話し易い雰囲気を作るのだ。
客の問わず語りを聞くこともあるし、相手からの質問には答える。店では、女性客に個人的な質問をしないというのが源三の決めたルールだった。
「遅い時間にすみません。仕事関係の飲み会の流れだったので、帰りに落ち着いて一杯と思って」
源三は予想が当たりだと思ったが、世間はクリスマスイブ。彼女が言ってることは嘘かもしれないと思った。
「ああ、お時間の方は気にせずに。熱いのでゆっくりお召し上がりください」
と出来上がったホットラムをサーブした。
「クリスマスイブなのにもお仕事なんですね。大変ですね」
「まあ、自分ひとりもんですし。今夜は日付が変わるとひとつ年を食う日ですし。まあ、家に居るよりは、ここの方が落ち着きますから」と答えた。
客は目を細めて、ホットラムを少しずつ呑んでいたが、急に目を見開くと
「え、え? 25日がお誕生日。。。ですか?」
と少し興奮気味に訊いてきた。
源三は少し照れたように
「ええ、勿体ないことに、キリストさまと誕生日が同じです」
「それなら、お祝いしなくちゃいけないですね。何かご馳走させてもらってもいいですか?」
「いや、自分は店では呑まないことにしておりますので、お気持ちだけ有り難く。。。」
「そうですか?それなら、後でもう一杯だけいただくことにしますね」
源三が店では呑まないことにしているのは、本当の事だった。先代のオーナーもそうだったので、それを引き継いだのだ。
続く