小説 「任侠バーテンダー 入舟源三」 ②温泉旅行券の行方
入舟源三は65歳の前期高齢者のバーテンダーである。12月25日が誕生日。
源三はこんな自分がキリスト様と同じ誕生日なんて、皮肉なものだと思う。
若いときに少しばかりグレていて、ヤクザになった先輩の使いっ走りをしていたのだが、組の盃は受けていない。源三の組は暴力団ではなく、テキヤの元締めだったので、喧嘩ではなく任侠道を叩き込まれた。
バーテンダーの仕事は30歳過ぎてからとある場末のバーの見習いで入った。10年ほど修行してからこの店に移った。この店で5年働いた時に、オーナーバーテンダーから話が出て、店を引き継いだ。
常連客たちは、源三の過去を知っていても受け入れてくれ、贔屓にしてくれている。
源三はいつもの通り、店の掃除のあとグラスとボトルを全て磨き上げてから、カウンターの磨きにとり掛かった。
「場末の街の駅のそば」の小さな店に似つかわしくない、オークの一枚板のカウンターは先代オーナーの拘りの逸品だった。
水拭きで汚れを拭ってから、よく絞ったダスターで吹き上げる。
客のボヤキや嘆きや、時には涙を受け止めてくれたカウンターを綺麗にして、毎晩の客たを迎えるのはバーテンダーの大事な作業のひとつだと源三は思っていた。
カウンターを吹き上げて、仕入れた材料を冷蔵庫に納めていたときに、ドアが開いた。
まだ看板は出していないし、扉表のサインも"Closed"のままだ。
こういう時間に入ってくるのは、勝手を知ってる常連連中と決まってる。
案の定、常連のひとり、本屋のコマツさんだった。商店会の世話役で、年は70ぐらいだったと記憶している。
「源さん、開店前に悪いな」
「コマツさんおはようございます。もうすぐ準備も終わるとこでしたんで、どうぞ」とカウンターの真ん中の席へ案内する。
「いつも通り、ビールで宜しいですか?」
「ああ、頼むよ」
小瓶のビールをグラスに注いでから、すーっと指で押してサーブする。
コマツはグラスのビールを一気に飲み干してから言った。
「源さん聞いてくれるかな?また、問題発生だよ」
「例の、『困ったときはコマツさん』ですか。コマツさんも大変ですね」
「いつも困ってる、コマツさんとも言うよな」と苦笑して、残りのビールをグラスに開けた。
コマツさんの困り事というのは、商店会メンバー同士のいざこざだった。年末売り出しの福引抽選会で、特等賞に「国内の豪華温泉旅行、おふたり様ご招待」を出して目玉商品にしたのだが、当選者無しで抽選会が終了してしまったのだ。
旅行券をキャンセルすれば、キャンセル料がかかってしまうので、勿体ない。とはいっても、商店会費からの支出だから、誰かにタダで使ってもらうというのもできない。
誰かが額面で旅行を買い取ってくれたら良いのだが、この商店会にそんなお大尽は居ないのだ。
「洋品店のカッちゃんがさ、半額にするなら買ってもいいと言ってくれたんだけどさ」
「半額じゃあ、キャンセル料よりも損がでかくなりませんか?」
「そーなんだよ。だから、反対する意見が出てる。だが、他には誰も手を挙げるやつぁ居ないんだよ」
「旅行ってのは、いつなんですか?」
「あと半月ってとこかな。おたおたしてたら、キャンセル料も上がっちまう」
「そりゃあ、困りましたねぇ」
「源ちゃん、何か上手く纏まる方法がないかねぇ。なんか、こう、大岡裁きみたいにさ」と頭を抱えた。
「お役に立てるかどうか、わかんないですが。ちょっと考えてみますよ。コマツさん、良かったら明日の晩、また来ていただいてもいいですか?」
源三が考えた方法は、賭場のシステムと同じような方法だった。先ずは商店会長が胴元になり、会員は場所代を払って博打(懸賞)に参加する。
一回めの勝負で張れるのは二千円とする。勝てばこれを次の勝負に使える。負けた者は追加で二千円の場代を払えば、続けて勝負に参加できる。勝負の回を重ねるごとに、場の代金は上げていく。
もちろん、賭博になってしまうので、勝負に勝っても現金は受け取れない。
最終の勝者ひとりだけが、商品として旅行クーポンを受け取れるという仕組みだ。
抽選会で受取り人を決める方法なら、簡単だ。だが、一発勝負では、喜ぶのはひとりの当選者だけだ。そこで、源三は賭博の要素を取り入れるアイデアをコマツに話してみた。
「源ちゃん、そりゃ面白いアイデアだね。流石、任侠バーテンダーの源ちゃんだ。皆んなに声を掛けてみよう」
コマツさんは乗り気になってくれ、翌日、皆に声をかけてくれた。
その週の日曜の夜に、14人のメンバーが店に集まった。勝負に挑むのは10人で、残りの4人は野次馬だ。
狭い店内は立錐の余地もない。
「ルールは今、源ちゃんから説明があった通りだ。参加者は、先ず、二千円を会長のタダシさんに預けること。この金は、旅行代の補填に充てさせていただきます」
「ちょっとでもイカサマがあっちゃいけませんので、ダイスは毎回、コマツさんと私、源三が別々に振らしてもらいます」
「同時に開けたところで、賽の目の合計で丁半の勝負って言う訳だな」と、コンビニオーナーの坂崎さんが、顎を撫でながら言う。
「参加される方は、このメモ用紙にお名前を書いといてください」と、コマツさんがメモ用紙を配る。
カウンターを二つに仕切り、右側が偶数、丁度の丁。左側を奇数、半端の半とした。
真ん中にダスターを敷き、ここで賽子を振る。
最初の勝負には、野次馬も含めて、14人が参加した。
半方6名、丁方8名。
一回目の勝負で2万4千円の場代が集まった。
「丁半、揃いました」とコマツさん。
「では、参ります。勝負!」
全員が見守る中、湯呑みが同時に開けられた。
3と4だった。
「3、4の7。半でございます」
「おー」とか「あーあ」とか、「うー」という唸り声がでる。
「次の勝負にはいりますので、丁方の皆さんは札を引き上げてください。半方の皆さんは、札をそのまま張り続けてください」
源三の指示に従って、メモ用紙が動いた。
半にあった札の半分が丁に動いた。
丁で負けた者8名は、結局、全員が追加の場代2千円を払って、二度目に挑んだので、胴元には1万6千円が入った。
8名は丁半それぞれに、4人ずつ張った。
胴元の資金は4万円に増えたことになる。
次の目は、4-1の5。半だった
丁に張ったうちの4人は2回負けたことになる。
再び、丁で負けた札が取り除かれ、残った札は丁半に半々に張り直された。
負けた者の中から2名が場代を払って再挑戦する。
胴元は4千円の収入で、合計4万4千円になった。
3回目の勝負のあと、無敗は3人だけになった。
「ここからは、場代は倍の4千円になります。
いかがですか?」
2名が手を挙げた。
8千円の追加収入になった。
5名の勝負になった。
半に3人。丁にふたり。
ここで、胴元の収入は5万2千円になった。
「4回目の勝負、はいります」
賽がふられた。
4-6の10。丁だった。2名の勝ち。
無敗は蕎麦屋の長さんだけになった。
調剤薬局の田畑社長も一敗だが、残った。
「さあ、5回目の勝負に入ります。場代は6千円になります。いかがですか」
さすがに6千円の場代は痛い。
誰も手が上がらず、次の勝負は、長さんと田畑社長の一騎打ちとなった。
「長さんは負け無しでしたな?私から張らせていただいても宜しいですか?」と田畑社長が長さんに声を掛けた。
「結構です」
「では、私は半に張らせていただきます」
「では、あっしは丁で」
5回目の勝負の結果は、田畑社長の勝ちだった。
これで、両者一敗ずつとなった。
「さて、6回目の勝負ですが、場代は8千円になります。いかが致しますか?」と源三は長さんを見た。
「ここで引けば、2千円の損、勝負して負けなら、8千円の損か。もし俺が引いて、他に居なけりゃ、社長の勝ちが確定だな?」
「はい、そう言うことになります」
「よし、勝負だ!8千円持っていきやがれ!」
一同がざわついた。
遂に胴元の資金は6万円に積み上がった。
「6回目の勝負です」と源三が宣言する。
「長さん、お先にどうぞ」と田畑社長が促す。
「そいじゃ、お言葉に甘えてまして、お先に」と手が動き、半に張った。
「うーむ。私も半に張りたかったが、これも神様仏様の思召しか。。。宜しい、他に誰かいなければ、私は丁で戦います」
「では、これで最後の勝負とさせていただきます。この勝負の勝者には旅行クーポンが贈呈されます。泣いても笑っても、恨みっこなしの最後の勝負でございます。皆さんご依存ございませんか?」と源三が芝居がかった宣言をした。
一同、無言でうなづく。
「では、入ります!」
コマツさんと源三の声が揃い、賽子が湯呑みに放り込まれた。
コロコロと湯呑みが振られ、同時に伏せられた。
「いざ、勝負!」
湯呑みが取り除かれる。
「1-1 の丁!」
「あー」とか、「うー」とかの溜息が店に満ちた。
「いやぁ、長さん。申し訳ないです」
「いやいや、先に張らせてもらったのは俺ですから、恨み言はありません。どうぞ、旅行を楽しんできてください」
「ありがとうございます。代わりにと言っては何ですが、皆さんに一杯ずつ奢らせていただきます」と田畑社長が言うと、一同は盛り上がる。
「社長、ありがとうございます。それでは、私から長さんに、例の28年物のスコッチを一杯進呈いたします。店からの奢りです」
「おー、源ちゃん、ありがとな!遠慮なくいただくぜ!負けの半分、取り返したよーなもんだぜ」と笑顔だ。
「皆様、年越し蕎麦はぜし!長寿庵へご注文を」と声をあげると、一同がおー!と盛り上がった。
いつも困っていたコマツさんも、胴元役のタダシさんから受け取った札を数えながらニコニコ顔だ。
「源ちゃん、助かったよ。みんなも盛り上がったし、商店会費も減らさず、トラブルも解決だよ。ほんとにありがとう」
「いえ、みなさんウチのお得意様ですから」
「いや、しかし喧嘩を博打で納めるとは、大岡名裁きの三方一両得も真っ青のアイデアだったよ」
「いや、自分みたいな者のチンケな経験が皆さんのお役にたてて良かったです」
皆が頼んだ酒が一同へ行き渡って、乾杯の準備ができた時に、コマツさんが挨拶した。
「皆さん、今日はお集まりいただき、ありがとうございます。今日の賭場、あ、もとい、オークションでございますな。このアイデアは、マスターの源ちゃんのアイデアでーす。」
「ほー」と皆のリアクションが店に響く。
「それじゃ、改めまして、我らの任侠バーテンダーこと、入舟源三マスターに感謝を込めまして、乾杯したいと思います。それでは、ご唱和ください。カンパーイ!」
源三は、この店とお客を譲ってくれた先代に感謝しながら、いつも通り烏龍茶のオンザロックのグラスを掲げた。
了
本作品をAI(AI Chat)に編集してもらいました。
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