ぺんだんと 第五章 作:Erin

 長い夏休みも終わり、2学期が始まった。

初めての課題テストも90点代。同じ学年の人たちだけじゃなく、先輩たちにも噂は広まり、私を気に入る先輩もいれば気に入らない先輩も出てきた。

おまけにクラスの奴らが「ここわからない。教えて——」ではなく、「ここわからない。やって——」と、私に宿題を押し付けてくる。イラつくけどやれば成績上がるかもと思ってついついやってしまうけど。

結局困るのはあっちだし……。

昼休み、あの大きな木で音楽を聴きながらお弁当を食べた。

「あ、不良発見」

突然声がして顔を上げると望月君がいた。望月君はひょいひょいと降りて私のそばに立つ。

「なに一人で音楽聴きながら食べてんだ? てかこの学校携帯持ち込み禁止」

「不良がそんなこと言うの?」

「は、俺不良じゃねーしなんだよそのデマ。俺真面目だし」

と望月君は拗ねるがそれは見た目だけでしょうが。でも、窓から落ちたり降りたりしているから猿と言った方がお似合いな気がする。

「おじいさんとおばあさん元気?」

沈黙になりそうだったので話題を変えてみる。

「おう。お前に会いたがってた」

望月君は機嫌を取り直し、バッと私の隣に座った。

「そうなんだ」

そう聞き、照れてしまう私。

「だからさ」

望月君がグイッと私の顔を覗く。
え、待って。そんな整った顔をいきなり近づかせるのはやめて、心臓爆破するから。

「俺の家庭教師になってほしいんだけど……」

「……はい!?」

私は驚いて食べ終わっていたものの、箸を落としてしまった。

そして心臓の爆破もギリギリ寸前。

「な、なんでいきなり!?」

「なんかお前成績いいって噂だし、俺学年最下位かもしれんし……」

「で……でしょうね……」

ここはノリに乗って「私が成績いい? なによそのデマ」と言いたかったのに事実だからなんとも言えない……。

「瞬——どこだ——?」

また邪魔が入っちゃった。

「じゃあ、今日の放課後俺ん家集合」

望月君はそう言っていつもつるんでる連中のところまでかけだした。

ていうか、今日からなの!? 塾あるってんのに!

一応引き受けたが、どうしようかと思いながら教室へ戻った。

仕方なくお母さんに事情を話すことになった。

今はまだ三時半。四時半くらいには望月君家についておかないと。

家に着くと受話器を持ち、お母さんに電話をかける。

『夏実こんな時間になに? 仕事中なんだけど』

「いや急ぎの用で、さっきおじいさんのお孫さんに家庭教師になってくれって言われたの……塾どうすればいい?」

早口気味に言ってしまい、お母さんに本当に伝わっているのか心配になってきた……。

「いいわよ。塾行く回数は減らしてあげるから、おじいさんへの恩返しだと思っていきなさい」

なんだ、普通に許すのね。

「ありがとう! じゃあ行ってきます!」

私は急いで私服に着替え望月君家へ向かった。

「おそい」

玄関の前につくと望月君が立っていた。

私服かと思いきやまだ制服のままで、右手にかばんを持っている。

「まだ、中入ってなかったの?」

「インターホンならされてもじいちゃんたち耳遠いから」

「ああ、そうなんだ」

私たちは家の中に入り、ひとまずお茶を飲んだ。

ダイニングやリビングは夏休みのときと変わらない。

部屋はどうなんだろう……

「始めるか」

望月君はそう言って自分の部屋に行く。

するとドアノブを持ったまま私を見た。

「早く来ないと鍵閉めるぞ」

え? まさか……望月君の部屋でするの!?

 急いで部屋に入ると夏休みの時よりもきれいになり、男子の部屋だと思えないくらいきっちりした空間に着く。

望月君は勉強道具を出し、私にテスト用紙を見せた。

「わお……」

数学、国語、理科、社会、英語の五教科2桁いくかいかないかの点数。

その他の副教科はほとんど0点。

でもなぜか保健が高い。さすが男子。

それでもこの点数じゃ高校受験も合格できるか……できないな。

私は先生たちがいつも言っている言葉を言ってみた。

「どこがわからないの?」

「全部」

やっぱりそう来たか——。

「具体的にどこ?」と言っても「そもそもわかないところがわからない」と返された。

それもそうだよね。わからないから聞いてんのに具体的にって言われてもわからないよ。

望月君はあからさまに赤くなってる。

こんなに点数低かったら誰でも恥ずかしいよそりゃ。

そもそもどうやって教えるの? 

私誰かに勉強教えたことないんですけど! 

でも頼まれたんだしとにかくやろう!

「えーっと、基本的なことはできてる。でも他はちゃんと理解できてないんだと思う。って授業中なにしてた?」

「寝たり、さぼったり」

理解できてないのは自分のせいじゃん。

しかも自称真面目じゃないじゃん、正真正銘不良じゃん。

私はおこった口調で「まずは授業をちゃんと聞くこと!」と言った。

それを言った瞬間、望月君がいきなり真面目になり勉強を始めた。今まで授業をさぼってたのになんでいきなり真面目になったんだろう……。

まあでも、自称真面目と言えるようになるから良しとしよう。

「俺、将来獣医になりたいんだ」

「え?」

私がなにを考えているか知っていたかのように話しかけてきた。獣医なんて意外。

「俺なぜか他の人より動物に好かれてるんだよな。だから、そんな俺のことが大好きな奴らを守りたいんだ」

あらまぁなんてロマンチストな。

しかも不良は捨て犬や捨て猫を拾うようなどこかの少女漫画のシチュエーションのようで笑えてしまう。

「じゃあなんでペット飼ってないの?」

「じいちゃんと親父が猫アレルギーだから」

悲しそうに言う望月君は、捨てられた犬のような目をしている。

動物好きにとっては悲しいことであることはわかっている。

それでもペットを飼わないのは、望月君が何気に親孝行をしているからかも。

本当にこいつ不良なの?

「そっか。じゃあ尚更、勉強頑張らないとね」

「そうだな、頑張るよ」

今まで知らなかった望月君のことを知れて、しかも私に話してくれたことが、なんだかとてもうれしかった。

「日高は何になりたいんだ?」

「え、私? ……まだ決めてない」

そういえば私は何になりたいんだろう。 望月君の言葉で自分の未来が真っ黒なのに気付いた。

「じゃあまた明日頼む」

「うん。じゃあね」

帰り道、望月君の言葉が頭をぐるぐる回っていた。

『日高は何になりたいんだ?』

そんなこと一度も考えたことなかった。私このままでいいの?

「……まだまだ時間あるしいっか。さーてと、望月君のためにも頑張るぞ!」

望月君が言ったから気になっちゃったのかな?

 この気持ちはよくわからないけど、いろんなことが知れてよかった。

私は自慢の足の速さで家まで帰った。