ニアリーイコールと比喩と破綻【雑記】
≒(ニアリーイコール)。
「完全なイコールではないが、ほとんど同じ」を意味する数学記号だ。
ビジネスシーンや会話、ネット文章のいちユーモアとして使われることも多い。
比喩や例え話の連想も、これだと思う。
ニアリーイコール≒比喩、というわけだ。
それで気を付けたいのがニアリーイコールを2つも3つも繋げていくと、繋げた左端と右端は全く違う可能性があることだ。
数学好きにめちゃめちゃ怒られる例えを出してみよう。
仮にπ≒3.14だとしてもπ≒3.14≒3.15となるとπ≒3.15とは言えない。
どこまで桁が違っていたら明確に別物とするかによるし、π≒3の時代と場所もあるにはあったらしいけど。
自分を省みた時に、比喩から比喩に繋げてはいないだろうか。なるべく気を付けたい。
会話中に自分の内側だけで会話が発生して、連想ゲームのあとの単語が出力されることもたまにある。
「あそこのドーナツ屋さん美味しかったよ」
→(ドーナツ屋→ミスタードーナツ→ポンデリング→ポンデライオン→マスコットキャラいるのかな)→
「へ~、マスコットキャラとか居るの?」
みたいな理解の難しいズレが生じる時がある。
そもそも連想ゲームが楽しくなっちゃってるが故だ。
「へ?」
「いやミスドもポンデライオンがいるからさ」
「あ~(コイツ変だな)」
と思われては、コミュニティと自分の味方を作るのは難しいだろう。
気を付けたいね、っていう自戒の話だ。
あとそれを表した人にとっては軽微な差だとしても、最終的にハチャメチャなズレになる。
スケールが大きくなるほどに、ズレがどんどん大きくなる。
連想話に言い換えれば、「話が通じない・理解が難しくなる」ということだ。
主語が大きい話題に飛躍した連想が適さないのは、こういうカラクリじゃないかと思う。
主語が大きくなるほど、言いくるめるのは難しい。反論する人間もその数だけいるからだ。
主語をデカくするなと再三言われているが、反論したくなる人間が多いほどバズりやすい。言うだけ無駄な感じもする。
比喩って、面白くはあるけど言いくるめの手法のひとつでしかないと思う。
論理的なことには適さないと感じる。
詐欺師が比喩を多く使うのは、それが論理的に破綻しているからこそだろう。言いくるめが上手いだけで、論理的ではない。
なんかそういうデータあるんですか?って論破王も言ってました。ひろゆきは好きでも嫌いでもないけど。
ニアリーイコールばかりの等式の証明は、破綻も破綻だ。
それこそニアリーイコールという記号は、円周率だとかどうしても表すことが難しいものにしか使われているイメージしかない。
電車でジャンプしても高速で壁に叩きつけられないことに最初違和感を覚えたように、論理の証明と納得する気持ちはそれぞれ別の平行線上にある。
これもまた納得させるためだけの、歪なニアリーイコールなのだろう。
例えに関する雑記で、例え話を連発してしまった。
それを思いついたから気を付けましょうねっていう、ただそれだけ。
サムネはマジカルじゃないバナナです。
こなまるでした。