
20代はおしまい,40代ははじまり -AI時代への絶望-
1.前書き
はじめましての方も,前回の記事「AIによりプログラミングというスキルが陳腐化されていくこの世界で『僕たちはどう生きるか』」を読んでくださった方も,ありがとうございます.前回の記事は自分としてはわりとタラタラ書いたつもりでしたが,想定外の反応をいただきました.900ビュー,70いいねという数字はもちろん,同級生が「感動した」と連絡をくれたり,見知らぬ人がDMで「無料公開ありがとうございます」と言ってくれたり……そんな新しい経験に素直に驚いています.筆者のプロフィールなどは前の記事で確認していただけたらありがたいです.
ただ,前回の記事で私は「AIによりプログラミングスキルが陳腐化する」という,自分の職業(エンジニア)への危機感を示すタイトルを掲げました.これは“謙遜”や“期待値コントロール”,あるいは“恐怖を煽りすぎない”ための言葉選びでもあったのですが,実際の内容は“すべてのホワイトワーカーに対して書いた”ものに近いです.加えて,そこに書いた未来予想ですら,現実はさらに先へと進捗しているように思います.「もっと焦ったほうがいい」という気持ちを,この新しい文章ではあらためて伝えたいと思っています.
以下では,前作のエッセイを踏まえつつ,「なぜ今こそ全ホワイトワーカーが危機感を持つべきなのか」,そして「この急激なAI時代を,個人がどう乗りこなしていくか」を考えていきます.文中では前回の話との重複も出てくるかもしれませんが,「いま私が何を考えているか」をアップデートする位置づけで読んでいただければ幸いです.
2.実際はもっと進んでいる,そしてもっと焦ったほうがいい
前回の記事では「AIがあっという間にプログラミングをも飲み込み始めている」と述べました.しかし,2025年のいまを見渡してみると,私が書いたときの想像をさらに超えるスピードで「ホワイトワーカーすべての業務」が侵食され始めています.
事務職のリサーチ・書類作成:大規模言語モデルを組み込んだ事務エージェントが,社内書類作成やデータ整理をほぼ自動でこなす.
コンサル領域:戦略立案や提案書作成のドラフトをAIが高速に生成し,コンサルタントはそのレビューや微調整だけに注力する.
マネジメントの下流部分:チームの進捗管理やスケジュール調整は,AIエージェントがタスク割り振りからフォローアップまで実行する.
こうした事例は枚挙にいとまがなく,もはや「プログラミングの陳腐化」に留まらず,「文章を扱う知的生産のほとんど」が陳腐化する道を歩んでいるように思えます.前回の内容を読んで「自分はエンジニアじゃないから,そこまで気にしなくてもいいかな」と感じた方は,むしろいまこそ危機感を持つべきだと思います.
3.前作で“少し恐怖を和らげた”理由
実のところ,私は前作の記事を書くとき,「恐怖を煽りすぎると読者が拒否反応を示すかな」という気持ちがありました.そこでタイトルに「プログラミングの陳腐化」という範囲をあえて限定して,ちょっと期待値コントロールをしたわけです.しかし本音を言えば,その時点で「いや,これはもうホワイトワーカー全体のロードマップが崩壊するレベルのインパクトだ」と感じていました.
つまり,前回風に今回のタイトルを書くならば,「ジュニアエンジニアはおしまい,シニアエンジニアははじまり」なわけです.
ホワイトワーカーにとって大切な“下積み”や“試行錯誤の場”がAIに奪われるのはエンジニア同様,あるいはそれ以上に深刻です.前回の記事でも触れましたが,20代が現場で学んで成長する土壌が失われるという事実は,「じゃあ将来40代でどんな決裁者になれるの?」というキャリアロードマップの根幹を揺るがします.
「エクセルでの集計・分析」「資料作成やリサーチ」などの業務は,過去には若手がスキルアップするための重要な訓練場
AIがそこを自動化することで,若手は“やって覚える”経験を積めない
やがてベテラン層が退いたあと,次世代の“決定権を持つリーダー層”が育たない
これは大企業だけでなく,中小企業やスタートアップにも当てはまる問題です.だからこそ私は,「プログラミング云々」の枠を超えて,もっと多くの人が焦るべきだと感じています.
40代がはじまりと書いたのは,20年間の労働経験を経た地位と仕事に対する知識,ドメイン知識があるひとがAIをもし使いこなしたらとんでもないということを表しつつも,今まで行われてきた早期退職的な流れとは違った潮流が始まるのではないかという自分の予見です.
4.仕事が失われる速度は想像を超えるかもしれない
「ここ2年で起こった変化を見てほしい.たった27ヶ月前と比べても,AIができることは信じられないほど増えた.もしこのペースがあと2年続いたら,そしてさらに10年続いたらどうなるか.想像を絶するだろう」――これは最近のサム・アルトマン氏のインタビューでの発言です.OpenAIがリリースした「Deep Research」という機能は,初期導入の段階で,すでに「世界の経済活動全体のうち5%ほどのタスクは自動化できる」という見方も示しています.
一方,AnthropicのCEOであるダリオ・アモデイ氏も「スパコンレベルのGPU・TPUを大量投入し,大規模モデルを高速・大量に回せば,人間の研究開発スピードを何桁も上回る“仮想の天才集団”をデータセンター内に擬似的に作り出せる.それが進めば,様々な分野で爆発的な進歩が起きるだろう」と言っています.
このように,米国をはじめとした複数のAI企業がものすごい速度でAI技術をアップデートしている状況を踏まえると,「AIが一部の業務を自動化する」どころか,「知的労働のかなりの部分がAIに移管される」未来が,想像以上に早く訪れるかもしれません.
5.会社の業務構造:リサーチ,執行,決裁のうち前二者が急速にAI化
私は,企業の業務構造をリサーチ,執行,決裁の3つに分けました.かつては,若手の20代がリサーチや執行を通じてビジネスの実践知を身につけ,30代で専門性やリーダーシップを発揮し,40代ごろに重要な決裁ポジションへ進む――というオーソドックスなキャリアロードマップが当たり前とされてきました.
しかし,近年はその前提が根こそぎ崩れ始めています.サム・アルトマン氏の言うように「AIエージェントが研究者やコンサルタントに匹敵するようなレベルでリサーチをこなし,さらに執行面でも同時並行でタスクを進められる」状況が現実味を帯びているからです.
ChatGPTやDeepResearchのように,大量のデータを瞬時に読み込み,要約やレポート作成をこなすだけでなく,さらに複数のツールを連携してプロトタイプ作成や業務推進までを自動で実行する――そんなAI“エージェント”が少しずつ実用化されつつあります.
5-1.リサーチ業務のAI化
市場調査やデータ分析:従来なら若手がコツコツとまとめる資料を,AIが数十分でドラフト化.かつては「数日かかる」とされていた仕事が一気に短縮される.
論文や専門書の要約:開発段階のDeep Research機能によって,膨大な文献を自動収集・要約し,推論まで示すことが可能に.
コンサル的思考:クライアント課題の整理,施策立案の骨子づくりまでが自動生成され,人間の関与は微調整に留まる例が増える.
5-2.執行業務のAI化
スケジュール管理やタスク割り振り:AIが自動的にプロジェクトの全体像を把握し,メンバーの進捗をモニタリングしながらリマインドやタスク調整を行う。
事務作業・定型処理:経理,庶務,人事関連のルーチンワークは,AIが高度なテンプレートと外部API連携を活用してほぼ無人化.
複数タスクの並列処理:システム的には“AIエージェント”を何十個も走らせ,複数の業務を同時に進行できるため,定型作業に割く人間リソースが激減する.
こうした流れが進めば,若手の20代が「まずはリサーチや執行で現場経験を積む」土壌は一気に薄れていきます.「リサーチ・執行を経て決裁者へ」という既存のキャリア階段が破壊され,20代が学ぶべき事柄自体が変わってしまうわけです.
6.AIが用意する「チェック役」の席すら近いうちに消滅する
AIが生成するアウトプットを“チェック”するだけの補助役が一時的に生まれるかもしれませんが,それすら長くは続かないだろうと言われています.当初は「AIが作った資料やレポートに誤りがないかを確認する人材は必要になる」と思われがちですが,AIがさらに自律的に学習して改善を重ねれば,人間が訂正しなければいけない部分は激減するでしょう.
企業の慣性と雇用慣行によっては「しばらくは新人採用を続ける」というシナリオはあるかもしれません.しかし,そこには以下のような問題が出てきます.
育成計画の破綻:若手にやらせるべき“実務トレーニング”がまったく存在しない.やることがないので成長も乏しい.
コスト意識の変化:AIを活用するほど定型業務が効率化し,若手の頭数を多く抱える意味が薄れる.次第に「本当に解雇も考えざるを得ない」という方向へ.
企業のブランド・リスク回避:大規模リストラを一気に断行すると世間の批判や株価下落があるため,目立たない形で徐々に採用縮小や配置転換を進めていく.
7.なぜ企業は解雇に踏み切らないのか,いつ動くのか
では,「やる仕事がない」のに,なぜ企業は20代の若手を雇い続けるのでしょうか.当面は次のような要因が指摘されます.
慣性とブランドイメージ:日本を含む多くの国では「毎年一定数の若手を採用する」という慣習があり,急激な採用凍結は企業ブランドに傷をつける.
雇用調整のタイムラグ:AI導入による合理化効果が実感されるまでにタイムラグがある.経営層もまだ「AIに仕事を任せきるリスク」を完全には把握できておらず,様子を見ている.
チェック役の存在:短期的には「AIが出したアウトプットをチェックする人手」が必要な現場もある.また,顧客や社会がAIのアウトプットを信用しきれない局面では,人間の“保証”が必要とされる.
しかし,これらはどれも長期的に維持する理由にはならないと考えられます.サム・アルトマン氏の見立てでは「Deep Research」のような機能が普及し始めた段階で,企業側のAI活用リテラシーが急激に上がり,「もうそこに人員を割く必要はない」と判断されるタイミングが到来するでしょう.
ダリオ・アモデイ氏は「AI研究そのものをAIが自動化し,そこから新たなアルゴリズムが次々と生まれれば,これまで人間が担っていた知的労働のほぼすべてが自動化に向かう」と語っています.その結果,「工場が人間の管理や肉体労働に頼らない完全自動運営の方向へ移行する」ことすら起こり得る.製造業だけでなく,ホワイトワークの領域でも同様に“完全無人化”に近い形が実現するかもしれません.
いずれ,大企業のトップマネジメントが「人件費よりAI活用のほうが圧倒的に安価かつ安定的」という確信を得たとき,大胆なリストラが実行される可能性があります.
8.「解雇」という不都合な未来と,それでも訪れる次のシナリオ
以上を総合すると,「20代を抱えておく理由が徐々に消滅し,やがて解雇や採用縮小に本腰を入れる企業が現れる」という不都合なシナリオは十分あり得ます.AIの性能がさらに向上し,「AI研究をAIが自動化」してしまえば,ホワイトワーカーの多くが“アウトプットを人力で生み出す”意義を失ってしまうからです.
8-1.人間の“役割”が本質的に問い直される
サム・アルトマン氏は「短期的には知的労働が先に大きく影響を受け,物理的な労働(ロボティクス)はその後だろう」と述べつつ,「結局は数年~10年単位で大きく社会が変容する.その移行期はゴタゴタするし,いろいろな政治的混乱も起きるだろう」と語っています.
AIがすべてのリサーチや執行を肩代わりできるようになれば,人間がキャリアを築くための“伝統的な階段”はもはや成立しなくなります.そのうえで,企業組織の必要人員は大幅に縮小するか,あるいは新しいビジネスモデルを模索するかのどちらかを迫られます.
8-2.「新たな意味」を見出すのは容易ではない
こうした未来では「働くことそのものの意味」や「若いうちに何を身につけるべきか」という問いが,より深刻に突きつけられます.歴史的に見れば,産業革命のたびに「仕事がなくなる」と言われながらも新しい職種が生まれてきました.しかし,今回は知的労働そのものがAIに置き換わりうる――これまでとは質的に異なるレベルの変化が始まっていると考える研究者も少なくありません.
アルトマン氏は「“仕事がなくなる社会”を想像することは難しいが,人類は創造や社会的活動,あるいはまったく新しい分野の開拓に進むかもしれない」としながらも,「移行期には政治家が『再スキル化で解決できる』と軽々しく言うけれど,そこまで単純ではない.非常に大きな混乱が起きる」と指摘しています.
9.結びにかえて:破壊された20代のロードマップの先をどう描くか

「リサーチと執行がAIに奪われることで,20代が経験を積むはずだったキャリアの階段は崩壊する.しかも,AIアウトプットのチェック役というポジションすら,AIの自己改良が進めば不要になるかもしれない.」――これは非常に暗い見通しです.
しかし,同時に「知的労働をAIが大部分担う」という事実は,逆に言えば「人間は別の領域で価値を発揮するしかない」という明確なメッセージでもあります.サム・アルトマン氏やダリオ・アモデイ氏は,この圧倒的な変化の先で「AIと人間が共創する新たな価値」「AIを使いこなす人間の創造性やビジョン」が開花する余地があると示唆しています.
意思決定(決裁):あらゆるデータや論点を瞬時に整理できるAIを前にしても,最終的に「何を選ぶか」「どんな未来を目指すか」は,依然として人間側の意思や価値観が問われる.
非定型の創造活動:AIが強力な補助を行いつつも,オリジナルな問いの設定や新しい概念の発明など,人間の好奇心や文化的背景が大きく作用する部分は残りうる.
対人コミュニケーションや政治:AIと協力して圧倒的に生産性を高める仕事はあるだろうが,社会をどうマネージするか(人的ネットワーク,感情的関係性,説得,交渉など)は相変わらず難題として残る.
最終的には,企業や政府,そして社会全体で「AIがもたらす圧倒的な効率化の恩恵をどう再配分し,個々人の人生の意味をどう保障するか」という根源的な問いと向き合わざるを得ないでしょう.それが「新たな社会契約」の問題であり,ユニバーサルベーシックインカム(UBI)のような議論が再燃している背景でもあります.
「20代の仕事はどんどんなくなり,わずかに残った“チェック役”すら,AIの進化とともに消えるかもしれない.」
私たちは,そんな歴史的転換点に立っているのかもしれません.