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【短編】滑り台の記憶

 通っていた保育園の裏には小さな杉林があって、先生がお散歩コースにそこを選ぶたび、飛びはねるくらい喜んだのを覚えている。夏になるとひび割れた鱗のような幹のそこかしこにセミの抜け殻が張り付いていて、私はそれをひとつひとつ集めるのが大好きな子どもだった。

 杉林の奥には滑り台があった。それは長い長い滑り台で、上から覗いても一番下がどこまでつながっているのか分からないほどだった。先生は「危ないから」と遊具で遊ぶことを禁じた。だから私たちはその滑り台には近づかなかった。

 たしか、5歳の夏だったと思う。夕方迎えに来た母に手を引かれて園を出たところで、母の携帯が鳴った。携帯を耳に当て二、三言喋ったのち、母は私の目線まで腰を落とし、「ちょっと待っててね」と私の手を離した。

 振り返るとちょうど杉林のすぐ近くで、私は母に目配せをしてから林に入った。セミの抜け殻を探して歩いていると、林の奥、滑り台のそばに同い年くらいの子が一人見えた。先生の言葉を思い出しながら、その子に近づいていった。

 知らない子だった。滑り台へ手をかけんとするその子に、私は「なにしてるの」とぶっきらぼうに言った。
振り返ったその子の目はキラキラと潤んでいた。溌溂とも恍惚とも見える表情を湛えたその子から、私は目が離せなくなった。

 「目をつむって滑り台に乗ってね、ずうっとずうっといちばん下まで、それから目をあけると、知らない世界に行けるんだよ」

 その子が言った。憧憬と凛とした威風のなかに少しの緊張を帯びたその顔は、フランダースの犬の最後に出てくる天使みたいに見えた。儚くて、でも男の子を空を連れていく力強さを持っているようなその子の瞳に吸い込まれ、喉元まで来ていた「でも」はついに音にならなかった。足は、靴の下から生えてきた雑草が絡みついていくみたいに動かなかった。

 さっ、とその子が視界から消えた。気づいてから私の足はようやく動いて、ふらふらと滑り台に近づき下を覗き込んだ。

 あの子の姿はどこにもなかった。私は怖くなって駆け出した。あの子は本当に天使だったんだ。下の方からあの子の笑い声が聞こえた気がした。それが余計にあの子がいなくなった証明みたいで、私は振り返ることができずただ本能的に足を動かした。杉の木々を走り抜けて林を出ると、ちょうど母の電話が終わったところだった。私は母の手をぎゅっと握った。それだけだった。

 二十数年ぶりに保育園の前まで来たのは、本当にたまたまだった。園の住所など覚えているわけもなく、挨拶に向かった新しい取引先に着いてから、そこが園の目と鼻の先だったことに気づいた。先方との顔合わせを滞りなく済ませ、ビルを後にしたときにふと、昔のことを思い出した。

 歩き出した足は脳からの指令を待つまでもなく、5歳の私に同化して自然と当時の道をなぞっていく。保育園を通りすぎ、裏の杉林まで来たとき、そこが記憶よりもはるかに小ぢんまりとしていたことに拍子抜けした。林よりは木々が生い茂った公園に近く、入り口からあの滑り台までは十数歩ほどの距離しかなかった。

 園児の誇張された記憶に苦笑しつつ、歩みを止めない足はすぐに滑り台に辿りついた。大げさな記憶の中にあってこの滑り台だけはそれほど差異無く、なるほど確かに下までは見えない。あえて覗き込むことはしなかった。

 滑り台に手をかけ、腰を下ろす。ここに吸い込まれていったあの子を思い出していた。目をつむり、滑り台の端に引っ掛けていた踵を離すと、風がふわっと顔を覆った。私と一緒に落ちていく砂のからからと鳴る音が心地いい。このままどこまで行けるのだろうと思った瞬間、私の体はしりもちをついた格好で地面に投げ出されていた。

 あっけない、と言ってしまえばそれまでだった。体感にして5秒ほどの体験だったそれは、見上げると5,6メートル程度の平均的なもので、遠い記憶とのギャップで私を呆然とさせるには十分だった。

 立ち上がって周囲を歩いてみる。どうやら杉林はやや小高い立地らしく、この滑り台は標高差の上下をつなぐ形で設置されているようだった。滑り台の上から下が見えなかったのはこのためだったのかと気づき、思わず私は笑い出していた。あの子は天使でもなんでもなかったのだ。

 ひとしきり笑ってから、パンツについていた砂を叩いて払った。会社に戻ろうと一歩踏み出したときに、鞄を滑り台の上に置いてきたことを思い出した。その途端自分が本当に知らない世界に行くつもりだったことに気づいて、私はもう一度笑った。

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