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グアテマラ、熱く苦い経験

 日本より遥か遠く南米、辺境の異国の地で今、俺と腕を組んで歩くこの女性の
流行りの俗っぽさに、今、大きな期待感と下心を抱いている。

 要するにこの女性は、若さとチャラさが際立っている。

 その、下から見つめてくる大きな目は、ややつり目であり、長いまつ毛が外向きに存分にカールしている。南米の方というのも相まって、とても目が大きい。どこまで見えているのだろうか。男の下心なんて、見透かされているようだ。

 面の中心にそびえる鼻筋が、真っ直ぐ高く伸び
顔の個々のひとつ、それらをまとめる輪郭がバランス良く整っている。

まだまだ、幼さは感じるものの、一般的に見て
彼女は妖しさのある立派な大人の美女である。

それに加えて、やや明るめのブラウンの瞳
甘いコーラをイメージさせる褐色で健康的な肌艶。
腕越しに伝わる、薄っすらと汗ばんでいる
柔らかな肉体と、幾度も繰り返す小さな呼吸音。
何処と無く、清潔感のある口元や指先。
そよ風にすらなびく、軽いコシのありそうな
ふわふわで、優しくカールした
ロングヘアーは、街灯の光を
強く反射して、妖しく光り
ついには、撫で下ろしたくなる。

あまりジロジロと眺めてはいないが、
不用心に露出されているその肌のきめ細かさと
豊満で心地好さそうな、
上向きのバストやヒップは
常に男の目を惹く事だろう。

血筋は多分、いわゆる南米系。
色々と存分に下心をそそられている。

……なんの根拠も無いが、多分チリ人だろう。
その豊満ではあるが、肥沃ではない
引き締まったヒップを揺らして歩く。
そのまま、何の疑いも無く
総じてスタイルの良い彼女に
興味を大きく抱きながら
誘われるがままに街中を歩いていた。

腕を組んだ際に、大き目なバストが
時折、俺の腕に触れ、そのバストの弾力性
柔らかさが強い刺激となって、足元がおぼつかない。

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そんな様子で、フラフラと
夜の繁華街をゆっくりと
夢見心地で、今、歩いている。

何、誘われてたんだ?

そもそも、今夜の宿すらも決まっていないので、
そんな暇は本当は無いのだけれど
この地域はそこら中、危ないと聞いたので
一応の注意を払い
人生という夢の体験がてらに、
このぬるま湯のような誘惑を
細々と楽しんでやろうと、ほくそ笑んだ。

あわよくば、一晩の宿にもありつける。
一石二鳥という幸運の兆しとはこの事だ。
多分、傍目に俺はだらし無い顔をしているはず。

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やや、ひと気の無い路地に来た所で
彼女は、その容姿に似つかわしく無い
ボロボロのバイクに、ジャラジャラとした
沢山のキーホルダーが付いたキーを挿すと押し回し
甲高いエンジン音と共に、シートにまたがった。
そのままの流れで、
俺はタンデムシートにまたがる。
早速、二人を乗せたバイクはぐんと速度を上げるた。
ほのかな柑橘系の香水の爽やかさと甘さ
その上、ややアルコールの香りを
まとった彼女と異国の夜景が
猛烈なスピードで同化していく。
行き先は分からないが、
自分の好奇心と下心だけは、しっかりと分かる。
彼女の芳香が混じる
ぬるめの風の当たりが心地よく
行き交う車のライトや街の灯りが
キラキラと流れて、総じてすこぶる気持ちが良い。

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そんなうっとりしている間に
30分程は、バイクを走らせただろうか、
目的地らしき、古いビルの密集地にたどり着いた。

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バイクから降り、エンジンの躍動が止まると
彼女は下着が見えないよう斜めに座り込み
バイクをチェーンで街灯にくくった。
何度見ても、本当にスカートが短い。
胸元に至っては、深い谷間が常に顔を
覗かせている。

彼女は、さっと背筋を伸ばし立ち上がると
こっちへ来いと細い指先で、ジェスチャーした。
そのまま電灯の一つも無い団地に入り
その階段を上がる。
それこそ夢中で、
闇雲に彼女の後ろ姿について行く。

様々な妄想の果てに、ついにはワクワクしながら
俺の足取りが軽くなり始めた。

薄暗くともシルエットのみで、強烈に色めく
その後ろ姿に誘われるがまま
滑るように階段を上っている。
正直、かなり浮かれている。
目の前の丸々としたヒップと、そこから伸びる
すらっとした脚や、膝と足首の関節が
艶かしい。

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ついに、ようやくして今晩の宿、
もとい、快楽の楽園の入り口が判明した。
彼女は、錆びた重いドアを開けて
部屋に入っていく。
その鈍く軋むドアの音に
胸をこすられ酷く熱くなる気がした。

彼女に続いて部屋の中に入ると、
そこには想像もしていなかった光景が広がる。
屈強そうな男の達が、スポーツをするような
身軽な服装でたむろしていた。
彼らは、ようやく見えるくらいの
薄暗い部屋に密集しており、
瞬間的に、完膚無きまで俺は落胆した。

部屋の内部は
汗や埃の悪臭に混じった
そう古くは無い血の匂い。
ヒビがあちらこちらに入った壁。
男女が抱き合う場所には程遠い。
ここは、明らかに
戦う場所だという雰囲気が
漂っている。

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癖で、すぐさま足元を確認した。
案の定、床はペットボトルや
紙くずなどのゴミで荒れていた。

俺は、彼女同様、靴を履いたまま、
不潔な廊下を渡り、部屋の奥に踏み込んだ。
周りの人たちの雰囲気から
俺のような存在の登場は
特に珍しい事ではないように感じた。

よくある事なのか?
この事態は。この光景は。
俺は、緊張している。

彼女は基本的に、片言な英語と
流暢なスペイン語で話す。
多分、ポルトガル語も少し。
こればかりは聞き取りにくい。
肝心の日本語はアリガトー程度の心得であった。
既に変なタイミングでアリガトーと
二度と言われている。
何故か少し嬉しかった。

浮かれた想像とはかけ離れた
不穏な場所にも関わらず
彼女は、そのジャケットを脱ぎなよと
ジェスチャー交じりに冷やかすよう微笑んだ。

こんな場所で?
……ところで、何をヤる?

依然として彼女の目的は分からないままだが
俺としては、興味本位というか
結果的には、俄然彼女のぬくもりで
身体を温めるつもりである。

要するに、彼女との親交を深めようという魂胆で
さほど汚れていない辺りに
ジャケットを脱いで置くと
手の指の関節をポキポキならした。
何をするにも、この癖は昔から変わらない。
とりあえず、袖をまくる。
そういえば最近、肩が重い。

程なくして、彼女の友達だという女性に
挨拶をした。
俺が日系人だからなのか
かなり素っ気ない態度を取られた。
もう、国境も人種すらも、つまらないボーダーは
古くに無くなったはずなのに、
相変わらず、人間の持つ見た目における
差別意識には、握り飯をかじったら
中に石ころが入ってるほどの
精神的ダメージを受ける。

そんな自分の繊細な部分は
大切にしている個性でもある。

まあ、直ぐに立ち直るのも、
今を生きる現代人としての強みである。

この世から決して無くならない
矮小な差別や偏見なんかに、
悩んでいる暇があるなら、
すでに使われなくなった古代エスペラント語を
学ぶ方が有意義だと思う。

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辺りをもう一度よく見回すと
武道やスポーツを志ざすには程遠い、
十数名の男女たちがおり、一見ダラダラと
駄弁りながら、飲料水、多分アルコール、
それらを口にし、床の上に
ヘタリと座りこんでいるか
壁にだらしなくもたれかかっている。
その多くは、煙草やマリファナをふかし
部屋中の空気は白々と淀んでいる。

男女の夜の営みの場としては程遠く
またスポーツに適した闘技場や
稽古場というより
ちょっとした悪いノリの宴会、
不届きものの溜まり場に近い。

気付けば、先程のそれとは打って変わり
露出が少なく動きやすそうな服装に
着替えた彼女が、
奥の部屋から出てきた。
それと同時に、辺りの不届きもの達は、
彼女の方に視線をやり
姿勢と精神とを少しばかり正した気がした。

直感で彼女がこの場の指導者だと感じた。

ええ?
……あんなチャラい娘が
マスターか……まじかよ……

俺は部屋の中央付近で
彼女の発する異国の挨拶に
耳を傾けながら、ヒールを脱いで
シューズを履いた彼女の軽やかな歩き姿に
武をふと感じ取った。

……色々と、出来るっぽいな〜……

と、一抹の不安と、
それをほんの少し超える興奮を覚えた。

彼女は、遠間からこちらを指差すと
目が合った瞬間に、
クイクイと、こちらにおいでというような
指先でジェスチャーした。

俺は、先程からこの細く長い
指先に動かされてばかりだ。

普段の生活でもそうだが、特にこの場では
目立ちたくない……

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しかし、致し方なく
群衆の間をすり抜け、sorry sorryとシタテに
彼女の前に躍り出るはめとなった。

彼女は簡単な挨拶?を部屋の中の者に済ますと、
こちらに、拳を大胆に真っ直ぐ突き出した。
門下生らしき者たちは、そそくさと壁際に寄り
部屋の中央には多少開かれた場が
すぐさま用意された。

憶測に過ぎないが、多分さっきの短い挨拶は
こいつは私の友達だ、親切にしてやってくれ
そして、いつもの面白いものを見せるから……
みたいな事を言ったのだと思う。
彼女のスペイン語は、早口過ぎて分からない。
Amigoという単語が、聞こえた気がした程度。

そして、ニヤリと彼女の口元が緩むと
こちらに向かって、ガードを下ろした
歩幅、ややスタンスの広めの
闘う姿勢を早くも示した。

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俺はつい反射的に、間合いを計り
構えてしまった。

……こりゃ、乗せられたな

視界の端々で、門下生たちは
何やらゴソゴソやっている。
彼女の構えに対し、目を切る事は出来ないが
どうやら、賭け試合の対象になっている気がする。

……乗せられた上に、カモられる??

しかし、こんな訳の分からん雑多な団地の一室で
異国人たちの、野蛮な賭け試合という興に付き合って
大怪我なんぞしたら、真剣に馬鹿馬鹿しい限りだ。
今更、多少ネガティブな気持ちになる。

まあ、もう、お互いに構えてしまってからじゃ
降りられないわけだが……

うまくハメラレタというか、
自らハマりに来たというか、
彼女の発する妖艶な雰囲気にほだされ、
好奇心で付いて来てしまった自分の緩みに対して
責任という荒縄で、自らの腹をくくると、
段々と胸の鼓動は、力強く脈打ち
自然と臨戦態勢に入る自分に気付き、
つい口元が緩んでしまった。

結局、俺は闘う事が好きなんだ。

その、ほんの一瞬の隙を彼女は見逃さなかった。
左側頭部を狙った上段回し蹴りの軌道が
頭のすぐ横をそぎ取る音で
俺の耳と心臓を驚かす。

……抜け目が無い

俺はスウェーバックで躱して
反射的に、右足刀を彼女の左ヒザの
内側に向かって繰り出した。

要するに、武は意識せずとも身体は自然と動くもの。

しかし、彼女は膝で払い、足刀を防いだ。
アレ? 空手に近い? 立ち技系?
逆に簡単にこちらの気持ちのバランスが崩された。

やるじゃん?
一瞬で脳が快感で痺れる。

今宵、美女とヤる。

一応の間合いを計り、暗がりの中
薄っすら見える彼女の眼光を注視すると
彼女はふーん…… と言った様子ではあるものの
少しの満足さをもらしている気がした。
しかし、構えている拳がゆらゆらと
危険な突きも予感させてくる。
当たりどころによっては、大きなダメージを
受ける事になるだろう。
目突き、金的をも意識した。

とりあえず、ルールは無しって感じ?
リングも無ければ、ゴングもない
戦闘終了の合図も無ければ、どちらかが
ぶっ倒れるまで。
もしかすると死ぬまで?
それが、この場の常識だとようやく
理解が追いついた。
色欲というのは、安易に判断力を鈍らせる。

これは、喧嘩だ。
しかも、土俵は彼女のもの。

門下生らしき人達の笑い声や
罵声らしきものが耳に入ってくる。
意識して一度深く呼吸をすると、俺は奇しくも
身を守る構えから、
色を感じた女性相手に、それ自体を壊す構えに
成らざるを得なかった。

まさか、あの芳醇な誘惑が
この不本意な顛末になるとは思いもしなかった。
……今更ながら、存分に恥じている。

彼女の柔らかそうだった口元、その口角は下がり
明らかに、引き締まり、笑みは消えていた。
その様子から、その道の熟練者らしかぬ
武の能力がうかがえる。

見た目とは裏腹に
そう甘くは無い鋭い視線と、リズミカルな
刻みの良い構えが、何よりの動かぬ証拠。

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外見上は多少幼く見え
……何よりチャラいのに。

人間は見た目で判断するべきではないのは
重々承知の上だが、個人的に大変好みな
鼻筋と滑らかな肌の露出の高さ
チャラ過ぎる姿形。
しかし、今はもう、異形な脅威と感じている。

そのギャップに大いに気持ちを揺さぶられた。
それはつまり、俺のタイプのど真ん中という事。

彼女の左つま先が、ふと軽くなった気がした。
俺は右側の守りを意識して、
身体をひねりながら、内側に潜り込む。
彼女の下段廻し蹴りの、ミートポイントを外した。
俺は、身体の力を抜いて肉体の芯を落とし、
素早く彼女の衣服の裾を強く握り締め
裾払いで、重心の軸。そのバランスの大部分を
崩そうと試みた。
武の要、肉体のバランス感覚の対応力を
早めのうちに知っておきたい。

そう、この人の練度が知りたい。

しかし、彼女は裾払いを受けてなお、
半身くるりと回転し、片足を地面につけた瞬間
実に身軽に、後方へと間合いを取った。

バランス良し。
間合いの取り方良し。

気を抜けば、情け容赦ない不覚となるカードが
脳裏にチラついた。
しかし、ほんの少し鼻に残る彼女の髪の香りに
まだ甘い結末を期待をしてしまっている。
いよいよ、気を引き締めなければ。

彼女の肉や骨に、ダメージは与える事なく
その心をへし折ってやろうと、
無理やり気持ちを切り替え、半歩間合いを詰めた。

この美しいものを壊す過程の快感を
俺は脳波として、この場に垂れ流した。
大変な醜態である。

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