鍼灸からみえる命のつながり(後編)
前回からの続きです。
自己治癒力を信じてすすむ
難病治療の専門院に勤務していた時ですが、忘れられない患者様がいます。最初は家族に車椅子に押されて来院し、歩くことも、ベッドへの移動も、家族に抱えらなければできない、しかも状態を起こしていないと苦しくて息ができない状態のALS(筋萎縮性側索硬化症:筋肉を動かす、運動をつかさどる神経 [運動ニューロン] が障害をうけ、手足・のど・舌の筋肉や呼吸に必要な筋肉が痩せていく病気)の患者さんでした。治療には電気鍼と言われる鍼に低周波の電気を流す治療をするのですが、筋肉が動く感触に感動したのか、すでに口の麻痺のため呂律が回らない病状で聞き取れなかったのですが、喜ばれているのがわかりました。2週間もすると、家族に支えられて、歩いて治療室に入って来られるようになりました。そして段々と呂律もよくなって、言いたいことがニュアンスでわかるようになってきました。本人が一番良くなってきていることを感じていたと思います。頑張って毎日通って来られていたのですが、年末年始を越して暫く姿が見えないなと思っていたところ、お嬢様が来院されました。治療に来られない間に、病院で投薬治療を受けたところ発作で亡くなってしまったそうです。「家族はやれることをした。本人もここに来るのが楽しみで、納得いくまで頑張ったので後悔はないと思う」と、お礼を言いに来られたのです。彼自身とても意欲的に取り組み、目に見えて良くなってきていたので、私もとても残念でした。大切なことを学ばせて頂き、本当に感謝しています。ALSは原因不明と言われており、ライム病やウィルスの原因を提唱している学者さんもいて、人種によっても違うと言われる難病です。この時はまだ勉強不足で、わからないことも沢山ありましたが、どんな病気にせよ、自律神経や心のバランスの崩れなど身体の小さな炎症の積み重なりから始まるものだと考えられるようになりました。私の治療では、これらの一つ一つを辛抱強く取り除いていき、人間の自己治癒力を信じていこうと思います。
今は個人院でそのような難病の方は来られませんが、どなたが来られても、最大限のお手伝いができることを目指しています。エステや美容目的の患者さんでも、自分に氣を遣い、喜ばせることが健康への近道だと思っていますので、大歓迎です。そんな方々にたくさん来ていただけるよう、最近は、自分のことにももう少し氣を遣うことを目標にしております。
少し鍼灸治療についてお話しさせて頂きたいと思います。鍼灸は「未病」にとても適しています。「未病」とはまだ病気になる前の状態で、現代人が多く抱える悩みや不調もそうです。鍼灸も対症療法と言われることが多く、保険を適用できるのも対象となる傷病のみで医師の同意が必要になっていますが、実は鍼灸は自律神経症状によく効くことが証明されています。自律神経とは交感神経と副交感神経を指し、この2つの優勢バランスが入れ替わることで、私たちの身体のオートメーション機能を絶妙に調整してくれています。これが崩れてしまうと、軽い不調から病気まで様々な症状を引き起こします。つまり自律神経の乱れによる「未病」で、女性に多い身近な症状では、冷えや便秘、更年期障害などです。ひどくなると鬱や認知症に発展します。自律神経は、本当に日々の生活の中の養生で鍛えられ、ストレスにも強くなります。今と昔では生活リズムは全く違っていますが、現代に合わせた養生が大切です。近年、生活は大きく変わりましたが、人間の体はそう簡単には進化していないのです。逆に言えば、しっかり本質を得た養生習慣を押さえれば、人間はそんなに簡単に体調を崩すことはないと思います。
免疫も自律神経と深い関係があります。このコロナ禍で免疫が注目されましたが、免疫恒常性を保つ方法は、継続的な養生で自律神経を調えることです。借り物の免疫では、一時的に凌げても自らの免疫は育ちません。健康法によくありがちな、「〇〇するだけ」とか「〇〇すれば〜」と言う方法はないのです。例え食事に気をつけていても夜遅くまで起きている生活習慣では、健康にはなりませんし病気が治るわけでもありません。必要な時もありますが、化学薬品などに頼りすぎたり即効性ばかりを求めたりしていると、心身の些細な変化の兆しに気付けないばかりか、免疫が落ちて生命エネルギーがどんどん蝕まれていきます。
鍼灸で使う経穴、いわゆるツボは自律神経の交点と言われています。だから遠隔で内臓治療ができるのです。特定のツボで特定の臓器が動く波動治療でもあります。平安時代に伝えられ、貴族階級のおかかえ医療であった鍼灸は、農作業をする一般民衆の腰痛肩こりを治すよりも先に、貴族の自律神経の治療に活躍したのではないかと想像します。頭ばかり使っている現代人にも、鍼灸治療がぴったりだと思っています。あくまで治療は手助けですが、ご自身を調えるために、気軽に鍼灸が受けられる世の中になることを願っています。政治と医療がつながっていて、医療がビジネスになっている今の制度では、鍼灸にまで保険が回ってこないのでなかなか難しいのですが、ご自身でできるケアや食養生などもお伝えしていける治療家を目指しています。
それから「心身一如」という言葉があります。病気は氣の病です。感情が病気を作ってしまうことや、治癒を妨げることがあります。多くの治療院では、時間は限られ患者さんとゆっくり話ができませんが、個人院ではそれができる環境を作れると思っています。
命も文化もつなぎたい
将来の夢がもう一つあります。鍼灸学校に入学したての頃に、先生がおっしゃった「命を育てられない者に人は治せない」という言葉がずっと心に刺さっています。私は結婚が遅かったので子供はおりませんが、命は子供だけではなく植物も動物も同じ、と先生はおっしゃっていました。将来は田舎に畑を作って、土を育て植物を育て自給自足することが目標です。人間は食が基本と言いますが、自分が生きるための食だけでなく、自分達が祖先から受け継いだこの土地で、生命を育てそれを頂いて、それをまた次の世代にも残していくという繋がりが大事なのだと思います。そうしないと、なぜこの世に生まれたのか一生分からないまま死んでいく気がします。今それを阻もうとする種子法の問題や、土地の問題、水の問題などがありますが、自分のできることから取り組んでいきたいと思っています。
私は着物が大好きですが、作り手には利益にならないし、跡継ぎもいないので、同じものは作れないというお話をよく聞きます。今の世の中は、現世での利益だけを追い求めて、急激な近代化や国際化で、何代にも渡って受け継がれてきた素晴らしい日本文化が失われていくのが悲しいです。SDGsと言いながら、有毒な素材で太陽光発電パネルを作って、反対に長く使えて美しい優れたものや自然が失われていくことに疑問を感じています。
地震の多いこの国で、木造ながら1300年以上も建っている法隆寺はじめ、沢山の日本の文化からもっと学びたいと思います。大東亜戦争後に国際都市になり、豊富な資源の輸出だけで暮らせるようになり、文化が滅びてしまったアジアの小国もたくさんあります。本当の多様性とは何だろう、と考えさせられます。私たちの祖先が守ってきてくれたものが、今の生活を豊かにしてくれていることをもっと歴史を学んで守っていける人間になりたいと思います。伝統医療を学んだからこそ気付けたことに感謝しています。
ネガティブなイメージのコロナ禍ですが、その間に新しい気づき、出会いに恵まれた私は、この執筆にお声掛けくださった藤原恵美様とも出会えました。気配りと優しさで人の和を繋いでくれる、藤原恵美様に感謝申し上げます。