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エクスタシーフライヤー
コカイン、大麻、ヘロイン、LSD等々、日本で摘発される代表的な薬物は芸能人だけでなく、普通のエアマンにも密かに浸透してきています。
最大の理由は、日本でも覚せい剤や「危険ドラック」と呼ばれる覚醒作用をもたらす薬物が、SNSなどを通じて比較的容易に入手できる状況が挙げられます。更に欧米の一部地域ではGateway drugとしてマリファナが合法的に購入できるため、あまり世間体を気にすることなく、大手を振って入手できる環境があるからです。
更に3,4-methylenedioxymethamphetamine(MDMA)は別名エクスタシーと呼ばれる粉末や錠剤型の麻薬があり、アルコールや麻薬ほどの依存性がないため、特別な機会にパーティードラッグとして使うものまで登場しています。代表的なエクスタシーはハート型を刻印した錠剤で、note.comのスキマークにそっくりな形をしています。スキマークを押すときにドキッとする方もいるでしょう。MDMAの長期的な副作用として、集中力の低下や抑うつ状態があり、たまに服用するだけでも、エアマンの業務遂行に支障を来す薬剤です。
日本では薬物依存症の9割以上をアルコール依存症が占めますが、米国では覚せい剤やアンフェタミンを最初に手を出す例が1-2割あり、その後コカインや大麻を常用するケースが増える傾向にあります。コロラド州デュランゴの着陸失敗事故では、機長はフィアンセと事故前夜にコカインを吸入して乗務していたことが判明しています。
医療用マリファナや鎮痛剤を除き、薬物を常用したエアマンはほぼ全例で航空身体検査が不適合となります。一たび薬物を常用すると、その後薬を断つことが出来ても、常に手を出したくなる誘惑と一生戦わねばならない過酷な試練が待ち構えています。周囲で使っている者がいても、きっぱりと手を出さない毅然とした態度が、自らの命運を決めるのです。しかし自らの意志だけでは立ち直れない者が数多く出てしまいます。
米国FAAには薬物依存症のエアマンを社会復帰させるためのHIMS(Human Intervention Motivational Study)プログラムがあります。連邦航空法(CFR Part 67)に則り、DSM-5で薬物依存と診断して参加者を決定します。HIMSはFAAが直接運用している訳ではありませんが、このような教育プログラムは有用なので、長年資金援助しています。米国では、初期の薬物離脱治療が1か月のプログラムで最低でも4万米ドルかかり、その間は飛行禁止となるため、収入補填プログラムも寄付金で用意されていて、経済的にも安心して治療に参加できるよう配慮されています。
アルコール依存症では、10年間禁酒していていも、一たび飲酒を再開すると依存症が再燃することがあります。過剰飲酒の家族歴がある事例が多く、家族をサポーターに加えることで、家族ぐるみの問題であることを本人と家人に認識させることが重要です。家族の中にもアルコール依存症患者がいる場合が多く、同時に治療しないと禁酒が続かないことも少なくありません。本人だけでなく、家族にもSoberLinkという携帯器材を用いて、アルコールが呼気に検出されないことを、非番の日時に抜き打ちで確認します。
HIMSではそういう状況で、最低でも最初の1年間は厳重に監視が行われ、その後徐々に自律的に監視を緩めていく形で、エアマンの社会復帰を手助けするのです。最初は頻繁に抜き打ちの検尿検査を行って、薬物に手を染めていないことを確認し続けます。複数の治療・支援・監視者がhuddleと呼ばれる一種の治療カルテを共有していて、そこで集約された情報を元に、乗務に復帰して大丈夫かを合議の上決定します。
もしも乗務が可能と結論されても、その後も同僚や管理部門の月例報告、毎年の精神科レポート、禁断テストを提出して問題が再燃していないことを監視し続けます。問題なければ、Special Issuanceと呼ばれるメディカルの特別発給が継続されていきますが、中には薬物に再び手を染めるエアマンも残念ながらいます。当然直ちに乗務禁止となり、プログラムは逆戻りとなります。更生の見込みが乏しいエアマンでは、そのまま不適合となる場合が少なからずあることは、認めざるを得ません。
薬物依存症は治療以上に教育が重要であり、とにかくドラッグに手を出さないことが肝心です。
日本でいう「危険ドラック」の中には、国によっては合法薬剤のことがあり、医薬品や滋養強壮剤に含まれていることもあります。特にエナジードリンクなどと称される飲料には危険ドラックのほか、強力なステロイド剤も含有されていることがあり、何が入っているのか分からない飲み物は、安易に飲用しないことが賢明です。
辛い人生を送っている者に、薬物摂取の闇は時に魅惑的に見えますが、その実態は紛れもなく暗黒の泥沼なのです。弱い気持ちが安易な判断を許し、その結果がエアマンの人生を暗転させるのは実に恐ろしく、また残念なことです。