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航空機事故から学ぶ:積み荷が燃えた⓶

1996年5月11日、Valuejet 592便(DC-9型機)は乗員5名で110人の乗客を乗せ、米国Miami空港から本拠地のAtlanta空港に向けて半時間遅れで出発した。
2トン余りの積み荷には、同社の社用荷物(COMAT)としてタイヤ3本と空(empty)の酸素発生器(canister)を梱包したものが5箱積まれていた。機内のPA system(インターフォン)と自動操縦装置が故障していたが、Atlantaまでの短時間の飛行に支障なく、機長と副操縦士は手動で飛んで、到着後に修理することとした。
同機は14:03にRwy 9Lを離陸。その6分後、上昇中にボーンっと爆発音がして、機長は”What’s that?”と副操縦士に尋ねたが、音の正体は分からなかった。警報音が鳴りだして、電圧が低下し始め、彼女は”We're loosing everything!”と悲鳴を上げて、Miami空港へ引き返すことを決めた。客室に煙が充満し始めて、Miami管制センターへ”Smoke in the cabin!”と緊急事態を報告した。客室から乗務員が来て、”We're on fine!”と火災発生を知らせた。管制から方位270°で7,000ftまで降下するよう指示され、機長はthrottleを落としたが、左エンジン出力が下がらず右へ旋回してしまうため、エルロンを使って左へ旋回した。副操縦士が近くの代替空港へ向かえないか送信したのを最後に交信不能となり、Everglades国立公園の湿地帯へ700km/hr超の高速度で殆ど垂直に墜落した。乗員乗客110名全員が死亡した。
NTSBは調査官らを現地へ送り込み、blackboxの捜索を始めた。まずソナーを使って探索しようとしたが、ススキ(saw grass)が繁茂してうまく行かなかった。そこで人間が棒を刺して探す原始的方法が取られた。付近はアリゲーターの生息地で、ライフル銃を構えた警備員を配置した。電気系統の問題で出発が遅れたことから、火災・爆発専門の調査官は回収されたケーブルからarcingによる発火の可能性を探ったが、否定的であった。
気温32℃、湿度95%の高温多湿で、swampには僅かな水流があり、blackboxの操作は難航したが、3〜4ft土中にFDRを見つけて収容した。このFDRはparameterが11項目しかない旧式だが、NTSB本部で解析すると、機体が上昇しているにも拘わらず、大気圧が上昇して記録されていた。機体の残骸からは燃えたステンレス鋼が見つかり、左側貨物室から火災が発生した可能性が高まった。
貨物室の中身を書類検査すると、5箱に分けて積載されていたcanisterは144本で、これは円筒形の酸素発生器であった。空のものもあったが、多くは中身が入っており、酸素を発生させると260℃にもなるため、機内取付け時には耐熱シールドで遮蔽されるべきものだった。NTSBの危険物専門家の調査官は、回収されたcanisterにはsafety capが取り付けられていないことを見つけた。Valuejetの整備を請け負うSabre Tech社の社員から聞き取りしたところ、作動させる引き紐をcannisterに巻き付けてテープで貼り付け、"Expired"と書かれたgreen tag(修理可能品)を取り付け、bubble wrap(俗に言うプチプチ)で仕切って5箱に入れたとの証言を得た。その頃同社は3機の中古機を購入したところで、酸素発生器を交換する必要があったため、AtlantaへCOMATとして送付したことが分かった。
NTSBは事故機の貨物室を模した実験室で、canisterから出火するかどうかを再現実験した。最初は出火しなかったが、canisterとbubble wrapをより実際に近い形で置いたところ出火。10分で2,000℃に上昇して、16分後にタイヤが爆発した。実験に立ち会った調査官は、実験室が危うく焼け落ちてしまう程の火勢だったという。CVRで録音されていた「暖炉で朽木が弾けるような」muffle bump音はタイヤが爆発した時の音と思われた。その後、乗員との交信が途絶しており、恐らく有毒ガスが発生して意識を失ったものと考えられた。そのため機体を立て直すこともなく、事故機はEvergladesの湿地帯へ真っ逆さまに墜落したと結論された。

この事故が起こる8年前、American航空132便(DC-83型機)がテネシー州Nashville空港で過酸化水素を用いた酸素発生器で同様な火災事故を起こしており、その際にNTSBはD-class貨物室には煙探知機と消火設備を装備するようFAAへ勧告していました。それが等閑になっていたため、この事故が起こったとして、事故後大きな社会問題となったのです。
Clinton大統領は「米国の航空会社は最も安全である」と表明しましたが、報道番組では公聴会での機長の母親からの告発発言が紹介され、そう安全でもなかったことが示唆されています。NTSB調査官もドキュメンタリー番組の中で、この等閑視でHinsonFAA長官とPena運輸長官が辞任に追い込まれたと指摘しています。
しかしNTSB実験室での再現実験に見られた火勢はかなりの強さで、並みの消火設備では鎮火出来なかった程でした。もしもsafety capが取り付けられていたら、確実に誤作動を防止できたでしょうか?酸素発生器はどうやったら安全に輸送できるのでしょうか?客室に装備されているcanisterからは発火する恐れは、本当にないのでしょうか?そもそも純酸素ではなく、濃縮空気の供給ではダメなのでしょうか?
事故機はPAシステムが故障していたので、客室乗務員が操縦室へ入ってきて火災を報告していた時間的ロスや、(操縦室のドアを開けたままだったため)有毒ガスが操縦室に流れ込んできたことが、操縦を続けられなかった一因とも思われました。CVRの解析では乗員は二人とも酸素マスクを装着せずに失神したようです。酸素発生器の火災と分からなかったとしでも、速やかな対処が取られなかったのは残念でした。
Wikipedia日本語版をみると、地上作業員が積み荷を取り扱い中に、箱の中でカチッと音がしたと証言したとのこと。作業員にその意味が分からなかったことは止むを得ないにしても、離陸前に発火していたら、このような大事故には至らなかったでしょうに。事故後ValuejetもAirtranに逆の吸収合併されることもなく、存続出来たでしょう。

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