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航空機事故から学ぶ:積み荷が燃えた⓷

2010年9月3日、UPS6便(B747F型機)はアラブ首長国連邦(UAE)のDubai首長国空港からドイツのColonge空港に向けて夜間飛行に出発した。出発機はBahrain空域に入って、管制官はFL310へ上昇するよう指示。その上昇中Main Deck Forwardに火災発生の警報が出たため、機長は緊急事態を伝えて直ちに着陸したい旨を管制官へ通報した。Doha空港までは100NMの地点であったが、機長は出発地のDubai空港へ戻ることを要求した。副操縦士はFire Suppression装置をONにして、貨物室内の空気を吸い出すことを試みた。しかし火災はカーゴデッキ全体に広がった。同時に乗員は2時間使用できる酸素マスクを装着したが、マスク越しではATCがよく聞こえなかった。操縦室内へも煙が入ってきて、緊迫感が増してきたところ、Dubai空港まであと22分のところでFL100へ降下をリクエストした。ところが水平尾翼がうまく作動しなくなっていた。RWY 12Lへのアプローチを試みたが、機内の煙でauto-pilotのスイッチは手探りで入れらたものの、ILS Localizerの周波数が正しく入れられなかった。
Bahrain管制のレーダーに機影が映らなくなったが、UPS6機は無線周波数を変えられないため、管制官はDubai管制へ電話をつなぎ放しにして、Dubaiからの方位をリレーで伝えた。機長はマスク装着しても息が出来なくなり、Jump seatのマスクを振り返って取ろうとしたが出来ず、マスクを外して左席を立った。機長は席に戻れず操縦室後方で倒れたため、副操縦士は取り乱して、"Mayday!"を繰り返した。Bahrain管制との通信がつながらなくなり、管制官は上空にいたSky Dubai751便とUAEの政府専用機Dubai 1を中継機として出発空港へのVectoringを試みた。Dubai空港まであと12分、20NM手前の時点で対気速度が400kt超あり高度も高かった。副操縦士はFLapを出したが、Gearが下りなかった。着陸予定のRWY 12Lの上空4,000ftを260ktで通過して行った。管制官はDubai 1を通じて、Sharjah首長国の滑走路へ誘導しようと095°を指示したが、副操縦士は聞き間違えて195°を入力したため、機体は右旋回を始開始。結局UPS6便は、Dubai首長国の軍事基地へ強行着陸を試みたが、滑走路脇に墜落した。
Arab首長国連邦の航空機事故調査委員長は、New Zealandから招聘していた調査官を事故調査に当たらせた。米国NTSBからは調査官が実地捜査に参加した。墜落事故現場に残骸が散乱したため、10㎡に区分けして捜索を続けたところ、CVRはすぐ見つかった。FDRは3日後まで見つからなかったが、結局回収されて、それはNTSB本部へ送付された。
CVRを解析すると、乗員は火災への対応は素早かったことが確認されたが、事故機にはLitium電池が81,000個積載されていて、この火炎でElevator制御が出来なくなったことが分かった。NTSBの調査官が再現実験をしたところ、Li電池は2,000℃の高熱を発して燃えた。自動操縦装置の回路は別系統であったので、火災が広がっても作動し続けたと考えられた。
UAE航空機事故調査委員会は、B747F型機の火災検知器と消火設備の改善を勧告した。コンテナボックス内部に火災センターを設置して、より早期に火災を検知できるのが望ましいとした。
UPS社は独自に1200℃まで耐えられるContainerを開発し、乗員へはFull-face Maskを用意した。またEBASと呼ばれる大きなプラスチック袋のようなShield Air Bubble(SAB)を開発し、操縦席に煙が充満しても計器が判読できる仕組みを導入した。

航空機内で火災が起こったら、直ちに最寄りの滑走路へ着陸するのが大原則です。インド洋上の只中で起こった南アフリカ航空B747F火災墜落事故ならともかく、ペルシャ湾上空での火災であれば、着陸できる民間空港は沢山ありました。出発地点へ戻りたい気持ちが働くのも分からなくはありませんが、結末を見てもDohaへ緊急着陸するのがベストだったでしょう。
火災が操縦席真下の貨物区域から発火したのは不運でありましたが、火災が貨物室全体へ広がる前に、Dubai ILS RWY 12Lの周波数やAuto-pilotの設定をしておくべきでした。ベテラン操縦士でも墜落する危険性が高い非常事態では、充分な配慮なく自動操縦装置を解除してしまうものです。しかしauto-pilotが機体を安定して飛ばしているのであれば、解除せずに操縦をコンピュータに任せて、非常事態への対処や通信連絡に傾注した方が得策だった事が少なからずあります。Case-by-caseの航空機事故状況に対して、会社が作成したEmergency Manual Procedureが常に最適解とは限らないのです。
不可解だったのは、機長の酸素マスクが短時間のうちにダウンしたのは何故でしょう?煙で計器盤が見えなくなる事態は単発機の火災では常に深刻なのですが、大型機では稀です。SABよりゴーグルを装着したマスクを装備し、Seat beltを外して計器盤をのぞき込む方が簡便かも知れないです。操縦室内に火炎が迫ってくると、精神的に平静でいられるものではありません。とにかくあらゆる雑念を振り払って、一刻も早く着陸することです。ペルシャ湾に着水することも選択肢だったかも知れません。
B747Fに火災に限らず、長距離大型貨物機にはLi電池など危険な可燃物が搭載されるので、そういう便にはロードマスターがそのまま目的地まで乗務するのが人件費がかかっても万全ではないかと感じます。操縦しながらパイロットが遠隔操作で消火するのは、どう改良しても限界があるからです。


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