航空英語と管制のピットフォール:"You're number one..."
2024年正月に羽田空港で発生した日航機と海保機の滑走路上での衝突事故は、前日の元旦に起きた能登半島地震と共に、おとそ気分の日本国民をゾッと震撼させました。
この事故を検証する報道で、両機と管制塔との交信記録がテキスト形式で公表されました。その際に記録されていたのが、”(You're) number one"という管制塔から海保機への送信で、これが滑走路への誤進入を生んだとの見解が広まりました。更に一年近く経って、国交省事故調が海保機のCVR分析内容について、操縦士と搭乗員が能登半島地震のことを離陸前に話し合っていたと公表しています。ここでは”You're number one"という航空英語のフレーズについて、本事故の教訓を交えて考えてみたいと思います。
まず離陸前後の時間帯は操縦に集中すべきであり、どういう事情であっても航行に直接関係ない事柄は慎むべきです。どういう理由があっても、ワサワサした機内で操縦とは無関係の会話をしていたのであれば、集中力が削がれます。sterile cockpit rule(離着陸の大事な場面では、操縦室内ではおしゃべりを慎む決まり)は改めて遵守しなければいけないことを、この事故から教訓とすべきでしょう。
本事故から半年余り経過し、誤解を生むので暫く使用が控えられていた”You're number one"のフレーズが、ATCで解禁となりました。乗員にとって、何番目の離陸・着陸かを早めに教えて貰えるのはとても有難いことで、航空会社側から使用再開の要望があったようです。けれども、この文言は重大な指示(即ち、離陸や着陸)につながるニュアンスを含むので、使用する場合は何について1番目の予定であるかを、ATCで明確化することが前提です。面倒であっても、誤解の余地がある時には、安全安心につながる確認を取ることを、本事故からの教訓としなければなりません。
この事故は正月三が日の夕刻に発生し、離着陸で大変混雑した状況だったので、管制官はATCを一語でも削りたいとの思いがあったでしょう。けれども「何がNo.1なのかを意識合わせする習慣」は大切です。"Airwalks 102, you'll be number one departure, hold short of runway 34 Right at C5"といった表現が指示が簡潔かつ確実です。
北米では、"Expect (you're) number one (departure/arrival)"等と、何が1番目なのかハッキリしない交信は殆ど聞かれません。どのタイミングで1番目なのかを明らかにして、"Expect you'll be lining up first after the landing traffic"等と、どの時点でどうするのか、誤解が生じないように表現しています。
こういう航空管制上の気遣いは、英語が母国語でないとピンと来ません。微妙なニュアンスも和製英語では正確に伝わらないので、日本人同士の場合は遠慮なく日本語で確認してもよいと思います。実際、着陸直前のウインドシェアの情報等は、日本人同士が英語で説明すると分かりにくいので、日本語で操縦士がささっと状況を管制塔へ通報する事が多いです。離着陸情報のやり取りも、「プロは英語でATCをするもの」という原則に縛られた考え方は止めた方が安全です。時には英語ではピンと来ない曖昧な事柄があるので、一言日本語で「到着機のすぐ後に離陸です」等と言い添えても良いのではないでしょうか?
羽田空港は、今後ますます国際化が進んで、英語を母国語としない操縦士と日本人管制官が、慌ただしい離着陸状況で、複雑な滑走路や誘導路を利用する機会が増えるでしょう。地上の監視レーダーを確認するとか、出入り口に停止ランプを点灯させる等のインフラ改善策が事故後取られていますが、やはり最後は操縦士と管制官との直接的な意思疎通が重要です。どんなに慌ただしい状況下でも、多少時間がかかってでも、意識合わせの作業を重視する姿勢が最重要ではないでしょうか?日本の航空管制には、「プロだったらこうする筈、分かっている筈...」という一方的な期待バイアスが潜んでいないでしょうか?Cocpit Resource Management(CRM)と同じような考え方が、いま空港全体で関係者に求められていると思います。
これから公表される事故調査報告書では、事故原因につながった事実確認というより、操縦士と管制官のヒューマンファクターがどれだけ分析評価されているかが注目されます。今世紀に入って、日本では死傷者が発生した旅客機を巻き込んだ大事故はなく、まして滑走路上での航空機同士の衝突事故は皆無でした。同様な事故の再発防止のための提言が、どれだけ具体的にしっかりと盛り込まれるか、事故調(JTSB)の調査手腕が試されます。