見出し画像

航空機事故から学ぶ:恐ろしい単発機のエンジン火災

2008年7月26日、個人がグループで所有するJA4106(ソカタTB10型機)は、完熟飛行訓練のため3名が搭乗して、佐賀空港から長崎空港を24分で飛行した。帰投のため、同機は17:21に長崎空港Rwy 32を離陸した。風向変動、風速4kt、卓越視35km、雲底12,000ftで、天候は問題なかった。滑走路中央のT3付近でairborneしたが、Rt. downwind legへ入ろうとした頃から機体は右旋回を開始し、機内にプラスチックが焦げたような臭いと、操縦席の左側通気口から薄茶色がかった白煙が入ってきた。
高度はまだ250ftほどしかなく、右席に事業用操縦士が搭乗していたので操縦を交代し、管制塔に対して「着陸したい」と通報した。
煙はキャビン後方へ抜けて、前方が見えなくはなかったものの、管制塔からは夕陽のようなオレンジ色の丸い火が見えた。右席操縦士は「着水します」と云いながら、機体を右へ傾けたまま、海上自衛隊大村基地が使用するA滑走路と離陸したRwy 32があるB滑走路の中間、Rwy 32から200mほど東の大村湾へ不時着水した
海水が一気に機内へ入ってきて、機体はすぐに沈み始めた。後席にいた機長は水中で出口を探して脱出し、水面に上がると右席操縦士がいて、左席操縦士は、暫くして水面に出てきた。右席操縦士から、「泳いで行きましょう」と声をかけられたが、機長は脱出するのが精一杯だったし、泳ぎに自信がなかったので「だめだ」と言って、近くの浮遊物をつかんで救助を待つことにした。右席操縦士は岸壁へ泳いで行き、左席操縦士も近くの浮遊物を掴んで、ゆっくり泳いで救助を待った。岸壁から50~70mで大村消防署の救助隊員が浮き輪とロープを張りながら泳いできて、左席操縦士は救助された。右席操縦士は救助された時には顔面が水面下にあって心肺停止状態で、その後溺死と判定された。後席の機長は海上自衛隊の船舶に助け上げられ、一命を取り留めた。
機体は水深12mの海底から引き上げられ、損傷の検分が行われた。主翼はカウリング翼根から破断、エンジンやプロペラには損傷なかったが、左のホースフロント・マニホールドが排気管から外れていた。計器盤のスイッチ類は、離陸時の態勢に正しくセットされていた。
事故当時の同機の重量は2,398Lb、重心位置は基準点後方41inと推算され、いずれも許容範囲内と推算された。
事故発生時に操縦していた両名は、航空身体検査証明を所持せず、機長は後席に搭乗していた。機長は、「いずれの空港でも出発する時に行った飛行前点検やエンジン試運転時に異常は感じていなかった。長崎空港を離陸してからもエンジン音に異常は感じなかったが、上昇旋回速度は遅く感じた。またプロペラは最後まで回っていたが、エンジン出力が得られていないように感じた。」と証言した。
同機の整備記録では1999年に排気管を、2004年には排気マニホールド4本とクランプ8本をそれぞれ交換した記載があった。
TB10型機は、4本のエンジンシリンダーから延びた各排気マニホールドを通じ、排気管へガスを集めて機外に放出する。排気管の左右側面には、それぞれの排気マニホールドと接続するためのパイプが左右2本ずつあり、排気管の内側で溶接されている。また、排気マニホールドと接続パイプはクランプでつながれており、クランプ内側には締め付け用のスリップ金具が溶接されている。このスリップは、排気マニホールドと接続パイプの継ぎ目にあって、クランプを締め付けると排気マニホールドと接続パイプの相対するパイプの端部を締め付けて、排気ガスの漏出を防ぐ役目をしている。
損壊状況を細かく見ると、LHフロント・マニホールドが、その左前方接続パイプと共に排気管から外れていた。その排気管を切断し、接続パイプとの溶接部を内側から調査したところ、溶接部及び左前方接続パイプに亀裂が出来ていた。また各接続パイプは、クランプの耳と耳の間にあたるところで顕著な損傷がみられた。このうち左前方接続パイプは一部が欠損し、そこから縦に亀裂が延びて溶接部に達していた。また、LHリア・マニホールドが接続されている左後方接続パイプは、一部が欠損して変形していた。各スリップも端部が変形し、各接続パイプと共に腐食していた。排気管の左側面及びクランプには、灰白色の堆積物とすすが付着していた。また排気管に装着されていた熱交換器(heart exchanger)の左側前面が凹んで、排気管が後方にずれていた。
カウリングは外れた接続パイプ付近が触れる部分で顕著な焼損が認められ、機体の左側面は、機首から左主翼付近にかけてすすが付着していた。カウリング内側には、排気管の左右側面が相対する位置にアルミ製のマットが施されていたが、左側のマットは周辺のFRP部分と共になくなっていた。熱交換器と空気取り入れダクトとそれをつなぐホースが焼損していた。キャブレターにはすすが付着し、キャブレターに外気を取り入れるホースが焼失し、それに付随するエアフィルターも焼損していた。
エンジン、プロペラ、プロペラブレードは損傷しておらず、プロペラブレードを手回したところ、エンジンは引っかかりなく回転させることが出来た。またラダー、エレベーター、エルロンはスムーズに動かすことが出来た。
運輸安全委員会は、LHフロント・マニホールドが離陸後に左前方接続パイプと共に外れたため、高温の排気ガスがエンジンルーム内に噴出。排気管左側付近のカウリング及び排気管後方にあるキャブレターにつながるホースを焼いたことにより、事故が発生したと推定した。接続パイプが損傷したのは、接続パイプがスリップの径に合うようクランプを過度の締め付けたため、塑性変形を起こしていたと推定した。
排気マニホールドや排気管が接する付近のカウリング裏面にはアルミ製の耐熱マットが施されていたが、高温の排気ガスが耐熱マットで保護されていない範囲にまで及び、カウリングが燃えたものと推定した。同機はRt. downwindで高度を維持できなくなったのは、火災により空気取り入れダクトとエアフィルターが焼損し、高温で空気密度が小さい排気ガスや煙がキャブレターを通ってエンジン内に入ったことから不完全燃焼となり、必要な推力を得られず降下したものと推定された。プロペラブレードは着水時まで回っていたが、スロットル・レバー等が最大出力を出す位置にあったにも拘わらず、プロペラブレードに損傷がなかったことから、着水前にエンジンは停止していた可能性が考えられた。
接続パイプの劣化は、通常徐々に進行し、亀裂が発生し破断にいたるまでに一定の期間がある。整備業者は最後の定期点検時に上記のような不具合はなかったと証言したが、その兆候を発見できた可能性はあったと考えられた。他方、搭乗者が飛行前点検で排気管の異常に気付けなかったと推定された。

以前に双発旅客機の火災事故については、前述したことがありますが、単発機の火災では、出火直後から危機的状況に陥ります。TB10のエンジンルームを見ると、排気管がカウリングに接触しそうなほど隙間が狭いのに驚かされます。FRP製のカウリング内部に耐熱マットが貼付してあっても、排気管が外れたら即刻火災事故につながることを知らしめた恐ろしい事例でした。
キャビンに排気と火煙が充満しなかったのは不幸中の幸いでした。通気口を閉めても、煙で前方が見えなくなったら、墜落していたでしょう。エンジンルームで火災が起こると、高熱と煤煙でエンジン出力が直ちに低下することも知っておくべきです。カウルフラップが付いている機体では、エンジン出力維持のため外気を取り入れるべきなのか、それとも延焼を抑えるために閉じるべきなのか?悩ましいです。
TB10のドアはガルウイング構造で上下に開閉する設計のため、水没時に開けやすかったのかも知れません。また真夏の長崎で、微風で海水温が高かったのは幸いしました。無理に泳いで途中で溺れるよりも、浮遊物につかまって救助を待った二人が生存しました。
それにしても完熟訓練飛行に3名搭乗して、事業用操縦士と左席の2名は航空身体検査切れで、機長が後席に搭乗していたとは。自家用機と云えども杜撰な運航管理と思わずにいられません。
この事故で操縦士は、火災の通報をする間もなく海中に没しました。航空機の非常事態に備えるATC:小型航空機がエンジン火災を起こしたら|All Nippon Airwalks (note.com)には、単発機が火災を起こした際のATC想定問答を上げてあります。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?