見出し画像

航空機事故から学ぶ:緊急脱出事故から得た教訓

2016年2月23日、この日は北海道を寒冷前線が通過中であった。新千歳空港の未明の気温は-8℃、大気圧が数時間のうちに1,024から1,014hPaへ降下して、断続的に吹雪いていた。日本航空3512便(B737-800型機)は同地から福岡空港へ出発するため、14:36にSpot 15をブロックアウトした。H4誘導路方向へプッシュバックを終えて、タクシーしようと待機していたところ、降雪が激しくなってきた。外気温は2℃ほどしかなく、機長は防除氷雪作業が必要と判断し、管制塔から指定されたSpot 20へ向かうこととした。降雪はますます激しくなり、同機はSpot 22手前で一旦停止して安全確認していたところ、機内に異臭と煙が充満してきた。
更に第2エンジン後部から炎が確認されたため、機長は緊急脱出させることを決意。Taxiway T2上で脱出用スライドを展開し、乗客159名と乗務員5名の計164名を機外へ脱出させようとした。ところが乗客の多くが機内持ち込み手荷物を持って脱出口へ進んだため、客室乗務員はスライドへ飛び下りる前に手荷物を取り上げて、通路脇に積み上げていった。多くの乗客から手荷物を持っていたため脱出に時間がかかり、通路が手荷物の山で遂には塞がってしまい、脱出の妨げとなった。荷物の山をどけながら、乗客を次々に脱出させていったが、うまくスライド上に飛び下りられなかった者もいた。結局全員無事に脱出できたが、乗客1名が腰を打撲する重傷を負い、乗客2名が軽傷を負った。エンジンからの出火は拡大することなく、短時間で鎮火した。
運輸安全委員会(JTSB)は本件を重大事故と認定し、出火原因を中心に調査を行った。事故発生時に強い降雪が続いていたことから、第2エンジンのファンブレード及び低圧々縮機に雪が積もって着氷状態となり、エンジンへの流入エアが減少して、圧縮空気圧が不足していたことが考えられた。そうなることで、オイルシール部からエンジン内部に滑油が漏れ出したと推測した。実際エンジン内部を検証すると、テールパイプ内部にエンジンオイルが溜まっており、このオイルがパイプで熱せられて燃焼したことによる、すすが付着していた。エアコン(PACK)ダクトにもエンジンオイルが付着していた。
以上の検証結果から、漏れたエンジンオイルは霧状になり、機内へ流入したため、異臭を発したこと。またテールパイプに溜まったオイルは発火して炎を上げたものと結論した。
客室内部の状況を検分すると、座席上部のロッカーには機内持ち込み手荷物は殆ど残されておらず、多くの手荷物が取り出されていたことが分かった。それらが機外脱出前、乗務員に取り上げられて操縦室ドア前に積み上げられていた。
JTSBの事故調査結果を受けて、日本航空はエンジンへの着氷および異臭などへの対策として、強い降雪時のエンジン操作手順を改定した。また着氷によりオイルが漏出した場合、本事故で見られたような異常が機体の内外で発生し得ることを全運航乗務員へ周知した。
非常脱出時の対策として、機内上映の安全ビデオを改訂し、手荷物を持たないこと、脱出援助協力の内容を明確化させた。これはJALグループ社員全体への教育にまで、拡大して適用された

冬場の東北・北海道の空港では、前方が見えなくなるほどの地吹雪に襲われることがしばしばあり、滑走路の除雪だけでなく、機体の防除氷雪作業を頻繁に行わねばなりません。この機長もプッシュバック完了後、直ちに作業をリクエストしたところまでは良かったのですが、余りの着雪の多さに、タクシー中からエンジンの吸気不全に陥ってしまったのです。

その事故原因はさほど複雑でもなく、地上で過酷な天候が重なっただけのオイル漏れ事例(irregular operation)のようにも見えます。緊急脱出がなければ、重大インシデントにはならなかったでしょう。本件の最も重要な教訓は、非常脱出時の混乱への対処策にあります。多くの乗客が手荷物を持ち出そうとしたため、脱出口が大混乱となりました。幸い小型のB737型機で、エンジン出火も軽微であったため、左右両側から脱出が可能でした。
以後JALグループでは「緊急脱出時に手荷物は持ち出さない」という鉄則が徹底されたのですが、この教訓は8年後に活かされました。2024年1月2日に起こったA350型機の海上保安庁機との衝突事故で、乗客に一人の死者も出すことなく、緊急脱出させることに成功したのです。機内へ迫りくる炎のなかで、客室乗務員が「手荷物は持たないで!!」と声を張り上げて誘導していた動画を見ると、小さな事故からの教訓の継承が、後に大きな成果をもたらしたことを思い知らされます。
日本の航空会社では最早当たり前となった緊急脱出時の常識ですが、実は海外では定着していません。航空会社のお国柄が出てしまいます。旅客機の非常口の位置と数は、満席の乗客が90秒以内に全員脱出できるよう設計されています。あとは客室乗務員がそれを徹底させ、乗客が従うかに係っています。

余談ですが、真冬の機外脱出では1点考慮しなければならないことがあり、それは薄着だと凍死する可能性があることです。特に離着陸の失敗で滑走路からかなり離れた地点で機外へ脱出する際には、救助隊の到着が遅れるため、低体温症になる危険性が高まります。冬でなくても、航空機から出火している際の脱出には、体表面を火焔や残骸片から守るためにも靴、上着、手袋、帽子を着用しておくのが賢明です。けれども緊急脱出時に、いちいちロッカーからコートを取り出して身繕いしている暇はありません。そうとなると、用心深い方々は離着陸時に、外套と貴重品を身に着けて着席するしかなくなります。

いいなと思ったら応援しよう!