HIV+エアマン
HIV(ヒト免疫不全ウイルス)は、1980年代に米国サンフランシスコで最初の報告がなされてから20年余りは不治の病でした。エアマンの中にはMSM(男性同性愛者)が比較的多く、私が知っている何人かのエアマンは、AIDS(後天性免疫不全症候群)を発症して命を落としています。MSMのエアマンは心優しい人が多く、どうしてこんな素晴らしいエアマンが成す術もなく死を待たねばならないのだろうと、悔しい思いで一杯でした。
2000年半ばより抗ウイルス薬による多剤併用のカクテル療法が実用化され、2010年までには配合剤を連日服用するだけでAIDSの発症を抑えることが一応可能となったのです。HIV感染症は、もはや不治の病ではありません。けれども現時点でもHIV感染者は、一生にわたり抗ウイルス薬を飲み続けねばならなず、人生の質を落とす大きな障害となっています。HIV感染は軽快することはあっても、未だ治癒することはないのです。
そのためHIV感染症の医療費は莫大となり、日本ではHIV感染者の殆どは身体障害者1級の申請をして、医療費の免除を受ける手続きを取っています。健康保険を使った医療費でも月々の収入を大きく上回る金額となるからです。一方、身体に障害がなくとも、身体障害者を操縦士として雇用する航空会社は多くなく、実利を取るか?空を飛ぶ夢を追い続けるか?の二択を迫られるエアマンが殆どです。日本の場合、大半がやむなく身体障害者として福祉生活を選択するしかないでしょう。
米国ではHIV感染症はもっと身近で日常的な病気です。FAA航空身体検査ではAIDSを発症しておらず、血中ヘルパーT4細胞数が安定しているHIV感染者は、1stクラスでも適合状態と判定されます。ですからHIV陽性で航空会社に就職し、運航乗務しているエアマンは沢山います。しかしながらHIV感染による日和見感染の発症予防として色んな薬を併用しているエアマンも多く、その場合は治療担当医からの詳細な臨床レポートを元に、FAA本部が毎回判定することとなります。不適合と判定される事例もままあります。何よりも大変なのは、米国では民間の健康保険に加入するのが高額なことであり、収入の多くを莫大な医療費へ回さねばならない点です。
そういう厳しい社会状況と医療環境があるので、現在フライトしているエアマンには、現状をよくよく勘案して転職を考えなさいとアドバイスしています。米軍の場合、FAAとは別の軍人用航空身体検査があり、それに適合していればHIV陽性でもフライトが可能です。HIV感染にかかる医療費も軍の福利厚生費でカバーされるので、自己負担は僅かです。そういう福利厚生を捨ててまで、民間のパイロットになりたいのか?という問い掛けです。
それでも除隊して民間航空会社へ就職しなければならないのですか?と必ず尋ねるのですが、やはり隣の芝生は青く見えるのでしょう。多くの軍人パイロットが漠然と民間へ移籍すると決断し、新天地を目指します。中には軍隊で昇進すると、地上勤務となるのを嫌って決断するエアマンもいますが。こちらはただ指を絡めて、彼らの一大チャレンジが成功することを祈念するばかりです。