チ。感想ないし考察
読了後もうチ。のことしか考えられない。この著者、重度の地動説オタクだなと思う。
以下ネタバレだらけなので漫画かアニメ終わってから読んでください。
チー 知、地、血ー
1巻ラファウ
序章、いやーもうとにかく1巻ラストびっくりする!
世間と迎合してうまくやるのが得意でチョロい世界で生きてたラファウ、異端者フベルトに出会って地動説の美しさに魅入られる章。
今までのように都合の良い正解を選ぶ事ができず、「僕は地動説を信じています」と言い、
不正解を選んだ彼は、今までのチョロい世界から本当に美しい世界へ行ってしまった。
「僕の命にかえてでも、この感動を生き残らす」
彼の繋いだ次章が10年後に始まる。
2巻オクジー、バデーニ
代闘士の冴えない大男のオクジー。ある異端者の輸送中にラファウが残したと思われる石箱を託され、なんの事か分からないままバデーニの元へ行く。
石箱を開けて理解したバデーニがオロロロ…って吐いて「今吐き出したのはくだらん常識と積み上げた思い込みだ」って言うのが何回みても好きすぎる。
天動説による最大の謎である惑星の逆行が、地球が動く前提にすると美しい軌道を描く。
ここから物語は大きく動いて、バデーニは地動説を完成させようとする。
オクジーは例に漏れずこの世界に絶望していて、でもそんな世界でオクジーは、「今日の空、なんか綺麗じゃないですか?」と言う。
オクジー…!!!!
字も読めない教養もない冴えない大男が、『感動』の意味も概念も知らないのになんか分からないけど書きとめたくなる。その衝動がもうとても良いシーンで、
(4巻p10の「ちょっと本を書きたくて」へへへ、がとても良い…)(バデーニに「何で書き出したくなるんだよ!急に!」って言われて分からないみたいな顔するのがとても…)
人間の根幹にある感動、驚き、純粋なものって感じがする。オクジーのタウマゼイン。
オクジーがもう良すぎて、始めは冴えない大男が土下座して情けない😕って読んでたのが2周目、
オクジー、えっすぐ謝っちゃうのかわいい…大男が土下座しちゃうのかわいい🥹ってなる。
足止めする時の顔なんて騎士じゃん。
3巻ヨレンタ
掲示板に天文の問題を貼り付けたら回答者として出てきた女性、ヨレンタ。研究者見習い。
「あんま良くないことしてない??」
「でも悪いとかどうでもいいから、アレの答えが気になる」
ってもうマッドサイエンティストみ溢れる。完成してる。
4-5巻オクジー、バデーニ
このあたりでバデーニの地動説は完成する。が、ヨレンタのお父さんがノヴァク(異端審問官)でそいつにめちゃめちゃやられる。
拷問でオクジーの目を潰されそうになった時、バデーニは石箱の場所を吐く。全く理論的でない。
彼1人の理論的な世界ならば「黙って耐えるだけ」だったはずなのに信念より優先する何かに従ってしまう。
(もともとバデーニは後に何も残さないと言ってたけど拷問に屈したのは信念より何かを優先したという事)
そしてバデーニによって守られたオクジーの目には地獄の入口ではなく美しい星空が映り、2人の絞首台は天界の入口となる。
バデーニが守ったものは天界の入口だった。
完成したらそんなもの燃やすと言っていたオクジーの本を残す選択をして、それを「感動」と言ったバデーニ。
物乞いの頭に刺青、60ページも…随分通ったな…
強い『信念』に従って危うい場所へ行きかけたバデーニをオクジーは救ったと思う。
一方ヨレンタにも協会の手は忍び寄ってて、拷問の最中逃がされるけれど、父親(ノヴァク)には娘は異端者で火あぶりで死んだと告げられる。
司祭が虹の七色について答えられなくて誤魔化したり、拷問で痛めつけるC教に疑問を持つ教会の者がいたり、
「神は人間を造られた、よって人間は特別な存在」であるはずなのに、「この地球は汚れているから地に貼り付けにされていて、高貴な天体と分かたれている」というC教の教えは矛盾もしてて綻びが見える。完全な信仰は揺らぎはじめる。
6巻ドゥラカ
25年後。
C教を弱体化させる組織が存在する。変革期。
村に住むドゥラカはある日、書き写されたオクジーの本を見つける。
異端解放戦線の組織がそれを印刷し出版し革命を起こすという。大儲けする事が信念の彼女は着いていって一枚噛む。解放軍の組織長はヨレンタだった。
「信念はすぐ呪いになる」
「信念なんて忘れさせる何かに出会ったらその感情を大切にすべき」
『信念』について一過言のあるヨレンタ。ちょっと説教臭い言い回しだけど著者が何か伝えたい何かがあるような気がする。
ドゥラカはヨレンタから小瓶を渡されて本の印刷後に郵送を託される。
その後、追ってきた異端審問官の父ノヴァクの前でヨレンタは爆薬を使って自死する。
父と娘の目と目があった一瞬後の爆発。
追われるドゥラカの集団にも選択の時は迫っていて、印刷を託されたドゥラカは教会の司祭の元へ行って出版の話を持ちかける。
そして問う。「歴史上、地動説が弾圧された前例がありますか?」
司祭は「しかし確かに、他所で弾圧の話を聞いたことがない」
ここで歴史は動いた。
7巻ノヴァク
そこにノヴァクがやってくる。この老害め、元気だないつまで生きてる。
そいつは異端者だ!と騒ぐノヴァクにシラーっとする2人。
アントニー司祭は言う。
「ある所に宇宙論に厳しい権力者がいて、地動説は禁忌だという物語を皆が信じるようになった」
「一部の人間が起こしたただの勘違いだった、という訳だ」
もう時代が違うんだよノヴァクくん。
ゆっくり休みたまえ。
って言われても無理だよねー!
ノヴァクは教会に火をつけ、司祭とドゥラカは刺される。ドゥラカは逃げる時にヨレンタに託された小瓶の手紙を伝書鳩にくくりつけて飛ばす。
教会の火の中でノヴァクは最期、持ち歩いていたヨレンタの腕に手袋をかぶせる。
自爆したのが娘だと認める事はノヴァクにとって、罪のない人間を処刑してきたと認めること。彼らは悪魔でも反逆者でもなかったと認めることだったと思う。
(現代でも「もう時代は変わったんだよ」って言われても認められなくて暴れるオッサンいそうだなと思った)
教会も印刷物も司祭も全ては灰になった。
そのようにして石箱は教会の手に渡り、完成した地動説の論文は取り上げられ、物語の印刷は消えた。
ラファウが、オクジーが、バデーニが命を賭して後に残そうとしたものは全て潰えた。
ここまで読んで、何も残せなかったけれど彼らの目には星が映り天界の入口に立てた、それでいいのかなと思った。
何もなし得えなかった。出来なかった事を言えば、
ラファウには輝かしい未来はなかったし、
オクジーとバデーニは論文を発表できなかったし、
ヨレンタは女性が自由に論文発表する一助になれなかったし、ドゥラカは本を印刷できなかった。あまりにもついえた希望が多すぎる。
8巻アルベルト
1468年ポーランド王国。アルベルト。
青年になったラファウがアルベルトの家庭教師をしている。
疑え、信頼するなというアルベルトの父は研究成果を隠しすぎてラファウに殺された。自分の『信念』に従いすぎて殺人をしたラファウ。
ここでヨレンタの「信念はすぐ呪いになる」がなんとなく思い出される。
『タウマゼイン』を引き金にした『信念』の危うさを問いかけられるエピソードなのかなと思う。
思えば全編ずっとそうだったのかもしれない。
1巻で信念に従って毒を煽ったラファウに対し、5巻でバデーニはオクジーの目を守り、物語を後に残すという信念より別のものを優先し、7巻でドゥラカは信念である硬貨を印刷のために差し出した。
信念は、信念より大切な何かを優先する事ができる者にしか持てないのかもしれない。信念よりも別のものを優先する事こそが信念なのだと。
1~7巻はラファウ、オクジー、バデーニ、ドゥラカが紡いだファンタジーの物語で、
※「君たちは歴史の登場人物じゃない」の言葉
※15世紀P王国某所、C教という表記
ここ8巻で登場人物に初めて実在の名前と国名が出てくる。これは現実に繋がる1-7とは別世界線の章なのだと思う。一方その頃、みたいな。
アルベルトの歩く街で声が聞こえる。
「こんな郵便が届いたんだ、ポトツキ?全然知らないよ」「本の利益の一部を寄与しますだって」
ふたつの物語が交差した奇跡の一瞬。
それはラファウが書き記して、バデーニに燃やされて、でもオクジーが「覚えちゃって」伝え書いて、ドゥラカが伝書鳩で飛ばしたもの。
アルベルトの耳に届く言葉、
「書籍の名前は、地球の運動について、だって」
聞き流そうとした彼はふと足を止めて考える。
「?」
彼の名はアルベルト・ブルゼフスキ
後にコペルニクスを生徒に持つ師になる。
このp219の彼の「?」
たった一枚のシーン…!!この絵の持つ意味!!!!やばいやばいやばい
この「?」が最終章p165でラファウの言う
「タウマゼイン」
「知的探求の原始にある脅威、つまり『?』と感じること」であり、
ラファウから、バデーニから、オクジーから、引き継がれて何度も消えたように見えても燻り続けてきた。知的好奇心。
ここで確実に着火した。
私達はアルベルトを史実で知っている。ラファウから始まった物語は私達の世界で完結した。
硬貨を捧げればパンを得られる。
税を捧げれば権利を得られる。
労働を捧げれば報酬を得られる。
なら一体何を捧げれば、この世の全てを知れる?
懺悔室でアルベルトに投げかけられた問は、1巻の冒頭の言葉に戻る。
『一体何を捧げればこの世の全てを知れる。と思いますか?』
追記
「科学者はなぜ神を信じるのか」
理解の助けになる本。