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益田ミリさんの『永遠のおでかけ』を読んで

少し前に購入したものの読まないままになっていた『永遠のおでかけ』を読んだ。
読み始めたら止まらなくなり、数時間で読み切ってしまった。

実は益田ミリさんの作品を読むのは、これが初めてだった。
益田ミリさんの本はタイトルと装丁が魅力的なものが多く、気にはなっていたのだが、なかなか購入に至らなかった。
書店で本を選ぶ私はとても気まぐれなのである。
ある日ビジネス書を読むことに疲れた私は、本棚にあった『永遠のおでかけ』に手を伸ばした。

タイトルの『永遠のおでかけ』は死のことであった。
ミリさんの周囲の大切な人の死について綴ったエッセイとなっている。

しばらく会っていない親族の死も涙が溢れて、後悔の念が湧いてしまう。
私も遠方にいる祖父母はまだ健在で、父と母も元気に暮らしている。

しかし、その時は必ず訪れる。

後悔のないようにと、どのくらい何かをしたとしても必ず後悔はするはずだ。むしろ色々行動したときの方がもっとしたかったことがわいてきて後悔は大きくなるのかもしれない。
でも、動かずにはいられないのだろう。
それは一緒に過ごした時間が思い出となって、ずっと寄り添ってくれるからなのではないだろうか。
悲しいのに思い出せるようなことが少ないのはあまりにも寂しすぎるから。
それが良い思い出でなくても構わないのだと思う。
イライラしたとか、こういうところが気に食わなかったとかそういうことでさえ思い出で、亡くなった後に残された者同士で語り合うことができる。
母の手料理の味、父の好きだった食べ物、祖父母がすごく甘やかしてくれたこと、なんでも構わない。
思い出せることが多いに越したことはないのだ。

『永遠のおでかけ』を読みながら、どこか温かい涙が流れた。
辛かっただろうと同情の念を抱いているような悲しい涙ではなく、一つの命が失われたことに対する純粋な涙だった。
私も近しい誰かの死に直面したとき、悲しみの中に温かさがあるそんな涙を流したいと思った。

温かい気持ちになれて、そこまで文章量も多くないので読みやすい。
久しぶりに読書がしたい!という方は『永遠のおでかけ』を読んでみてはいかがだろうか。

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