好きは、海と似ている。 -凪のあすから-
音がするのは、絶えず動いているから。
寄せては返す、その動きがあるからこそ海は美しい。
変わるもの、変わらないもの。
変わってしまったもの、変わりたくないもの。
誰かを好きになるのは何かが変わることかもしれない。
もしくは変わったからこそ好きになったのかもしれない。
新しい出会い、新しい環境、時間の経過。
変わらざるを得ないものの中で、変わりたくないもの。
「全員片思い」を前面に推している作品はあまり好みではないのだけれど、どうして?って思うくらい全員片思いな『凪のあすから』は大好きなアニメのひとつ。
恋愛における様々な「変化」の描き方に魅了されます。
『凪のあすから』は圧倒的に世界観が美しい。
上のサムネイル画像、これは海の底の村なんです。
海の底にある海村、そして陸の上の学校。
海村の幼馴染4人に起こる、たくさんの変化。
(この先、若干のネタバレを含みます)
新しい環境
海村の学校が廃校になったため、中学2年になった幼馴染4人が陸の学校へ転校するところから物語は始まります。
海と陸。クラスメイトたちと反発し合う中、海が好きな紡だけは海村の4人に対して興味を持っていました。そしてそんな紡にまなかは段々惹かれていきます。
まなかが陸の男性である紡に惹かれていることに対してヤキモキしながらも、まなかの気持ちを尊重して応援していこうとする光。
まなかを好きな光が好きだからと気持ちを押し殺す、ちさき。
ちさきを想いながらもあくまでも傍観者でいようとする要。
今まで4人だけで仲良くしていたのが、紡に出会ったことによって少しずつ想いが外に溢れ出していきます。4人の気持ちに、4人の関係性に、変化が訪れ始めます。
海と陸
かつて人間はみんな海で暮らしていました。
いつしか陸に憧れたひとたちは海を捨て、陸で生活をするようになります。
光の姉・あかりは陸の男性と結婚を考えます。
しかし陸のひとと結婚するということは、海村を「捨てた」ことになるのです。海を捨てたひとたちは、もう海へは戻れません。海神様がくれた、海でも呼吸の出来る肌「エナ」は、海と陸の間に産まれてくる子供には無い。子供と一緒に海村に行くことは出来ない。海の者同士で結婚して子孫を作らない限り、海村の人口は減少し続けます。
まなかと紡が上手くいってしまったら、まなかはもう海村には戻れない。幼馴染4人で海村で遊ぶことは出来ない。今までと同じではいられない。
今までの環境を捨てることが出来るのか。
抱えている想いを無かったことに出来るのか。
あかりは海村を出て陸の男性と結婚することを決めます。
村の人には祝福されず、父に別れの挨拶を告げ、海から陸へあかりは暮らしを変えるのです。
変わってしまった5年間
凪のあすからは全26話。今まで書いてきたことは前半の13話までの内容で、このアニメは後半にガラリと変化します。一番の面白さであり、切なくて苦しい部分。
海と陸の環境の変化。
それに伴う海村の冬眠。
一斉に眠りにつく海村の人々。でも同時に起きることは約束されていない。ううん、それどころか確実に起きれる保証なんてどこにもない。
幼馴染の1人は、冬眠をせず地上に残ることになった。
そうなると、どうなるか。
・好きだった5歳年上のひとが同級生になった
・好きだった同級生が5歳年下になった
・好きだった同級生が5歳年上になった
・好きなひとの好きなひと、がまだ冬眠から起きない
登場人物の一人一人に感情移入していると、いくつ心臓があっても足りないくらいひとつひとつの台詞や行動に胸が締め付けられます。
自分だけが変わってしまったことを悔やむ人、変わってしまった街や人を見るのが辛い人、一緒に過ごしてきた5年間を大事に想う人、冬眠から目覚めない彼女のためにこれ以上変わるものかと決意する人。
嫌でも変わってしまったもの。
その中でも変わらない気持ちたち。
「お前変わってねえなあ」と笑い飛ばす好きな人
「変わったよ。綺麗になった」と言う5年間を共に過ごしてきた人
「変わったのかな…」と呟くのはかつて告白してきた人
みんなが眠っていた5年間の間に変わってしまったもの。
自分だけが5年分大人になってしまった。
進み続ける時間の中で、変えたくなかった気持ちだってどんどん変わっていってしまう。自分だけが変わるわけにはいかない、と無理に抑える気持ちはいつしか「わたしだけが幸せになるなんて」という自己否定に繋がっていく。
変わってしまった人も、変わってしまった人を見る人も、どちらもとても辛い。それでも、変わることは決して悪いことばかりでは無いのです。
好きは、海と似ている。
記事名にも使用したこの言葉は第25話のサブタイトル。予告でこの言葉を見て、あまりの美しさに胸を抑えてしまいました。
いっそ好きにならなければ良かった、なんて思った経験は無いでしょうか。わたしは経験があるし、さらに言うと「いっそ出会わなければ良かった」とも思ってしまったことがあります。
恋愛って、楽しいだけじゃないですよね。
悲しいことも、ムカムカすることも、どうしようもない程にやるせない気持ちになることだってある。
一方で、ポッと心が温かくなったり、両手を広げて飛びつきたくなったり、嬉しいことがあった時に真っ先に話したくなったり、幸せを感じることだってある。
ずっと凪いでいた心が、誰かを好きになると急に騒がしくなる。
寄せては返すさざ波、人によっては高い高い波かもしれない。
好きでい続けているからこそ、自分が嫌になることもある。現状の関係性を壊したくないから一歩を踏み出せないことだってある。
そういう身近な感情を「海と似ている」と表現しているところが、この作品のいちばん好きな部分でした。
好きは、海と似ている。
『凪のあすから』は人を好きになる片思いの苦しさと、それでも人を好きになることの喜びを描いた、大きくて美しい海のような作品。
海辺の近くに住みたくなるし、海の美しさを感じたくなるし、人を好きになるということがどれだけ素敵なことなのかを教えてくれる。
変わっていくものは沢山あるけれど、変化に流されるがまま、ではいたくない。変わっていくものの中にある、変わりたくないもの、変えたくないものにしっかりと目を向けていきたいなと思っています。
好きな気持ちは、ダメじゃない。