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自問自答ファッション教室とその後のわたし

先日、待ちに待ったあきやあさみさんの「自問自答ファッション教室」に行ってまりました!💛

どなたがいらっしゃるか、当日のドキドキにしたかったので事前には教室に行くことをTwitterには書かずに臨みました。

当日お世話になりました、いとさん・あんこさん・ころっけ丸さん・れいとうさん、そしてそしてあきやさん!💓

本当にありがとうございました🙌🏻✨

当日のことを書いていきたいのですが、自問自答ファッション教室の素晴らしさ&楽しさはすでにガールズの皆さんが素敵なnoteにされているので、ここでは自分への覚え書きというか、思ったこと・感じたことのまとめを書きたいと思います。

ただこれだけはまず皆様に言いたい。

ガールズさんたちが教室の感想noteで書かれている、

講座(1対1)も良いけれど、教室(グループ)も違った良さがある」ということ…

これは本当にそうです…!


私は1年半ほど前に講座のほうを受けての今回の教室受講だったのですが、「とはいえ、あきやさんと直接お話しする時間や密度は教室のほうがやや少なくなる感じかな?」とか「自分で考えるという自習的なワークが多いのかな?」と思っていましたが、全然そんなことなかった!

体感では、講座を受けたときの自身の発言量と今回、まったく変わらないどころか今回のほうがたくさん喋った気がする。
(自己開示と言語化能力が鍛えられたから、という見方もある)

そして喋っていない時間、つまりワークシートに書きこんでいる間とか他の受講者さんのお話しを聞いている時間は常に頭の中で自問自答が超はかどっているので、口には出していないが教室中は常に頭フル回転!という感じでとにかくエキサイティングだった。

そして教室にしかない利点、「自分以外の人の考えや価値観を知れる・リアルタイムで言語化されていく様子に立ち会える」というのもゾクゾクしてしまうほど楽しかった。

あきやさんはほぼずっと立った状態で(受講者さんごとの机の前に移動してくれながら)お話しされていたのに最後までとてもエネルギッシュで、あきやさん凄い…!(ゴクリ)となったし、本当に心からお好きなことを職業にされているんだな…✨と感服してしまった。

今、転職活動中の身なので「私も内側からどんどんエネルギーが湧いてくる仕事にいつか就けると嬉しいな」と秘かに思いながら教室を受けていた。

さて、ではここからは教室の内容についての振り返り🌱


事前アンケート

以下が、事前にあきやさんにメールでお送りした内容。

①洋服に迷うようになったキッカケ
…無難だし悪目立ちしにくいということで(たぶん高校生くらいからずっと)落ち着いた感じのアースカラーな色の服を着ることが多かった。アースカラーは好きだし、パーソナルデザインのプロ診断で「ナチュラル」と診断されて客観的に見ても似合うと思ってた。
しかし、長らく違和感がなかったのに最近は人から見て「穏やかそう」とか「優しそう」と思われることがなんだかイヤになってきてしまった。
ちょうど転職をすることになったので、これを機に自分の本当にやりたいことや本当にしたいファッションについて考えていきたい。

②制服化をして、どんな気分で過ごしたいか
…どんな場所でも「行きたい!」「やってみたい!」と思ったところには物怖じせずに行けるようになりたい。自己主張することや我を出すことに居心地の悪さや不安を感じなくなりたい。「私は私」と思いたい。


…というのがアンケートの内容✍️

実は、1年半前に講座のほうを受けた当時は、むしろ「穏やかそうに見られたい」と自分で発言していました。

そのときにあきやさんが、「相手に『落ち着く』と思ってもらうことを大切にしているんだな、というのが伝わります」と言ってくださって、そのことがすごく嬉しかった。

今だってその気持ちは変わりなくて、たとえば緊張してしまって口ごもってしまうことがあったりしたら、相づちで急かすようなことをしたりとか、相手がまだ話し終わってないのにそこに被せるように喋りだしたりとか、そういうの絶対にしたくない。
(逆にいうと、そういうことをする人がマジで嫌い。)

じゃあなんで今の私は「穏やかに見られたくない!」とも思うんだろう?

と思ってたんだけども、あきやさんが教室の最初のほうで「他人が何か言ってきても『はい!そうですね~☺️』と流していけたら良い。自分にとって嫌な人は自然と寄りつかなくなっていく」(※意訳です)とおっしゃっていて、速攻メモ取りましたよね

そう!そうなの!
それが理想なの!

その場で発言もしたのですが、「人と距離を置きたい・人が好きじゃないと思ってたけど、嫌な人に近寄られたくないだけで、好きな人は近寄ってきてくれたらすごく嬉しい」んです。
(あきやさんが「『仲間』はOK、ということですね!」と言ってくださって、こちらもすぐメモした)

「穏やか」自体がイヤというわけじゃなかったんだな〜。

私はまぁまぁの人ギライなのですが、こういう自分を自己開示できたのって自問自答ガールズになってからのことで。

今までもお互いの深い部分の話を言い合える友人というのは何人かいたんだけど、私が一番言いたい☝のコトは言えたことがなかった。

「人が苦手」なんて人には言えませんし、「こうやって話しているあなたのことは例外ですよ」と本心から思ってるけど、それを言葉にするとすごく嘘くさくないですか?取り繕ってるだけ、みたいな。

そもそも発言自体に引かれちゃうこともあるだろうし、だから今まではずっと言えなかったんですよね。

不思議なもんだ。
「嫌いな人のことはマジで嫌いだし、嫌いな人のほうが世の中ほとんどなんだけど、あなたのことは好きだし、好きな人には近寄ってきてほしい」という、そう言えば済むわりとシンプルな話だったのにね😗

当日のファッション

話は変わりまして、当日着ていったファッションについて。

アクセサリーは先日mmm jewelryさんにて購入したアバロンシェルのツイストリング。

透明感ある水色のリングは、教室当日に「エモアイテム」としても紹介しました!

この指輪をつけていると気持ちがシン…と落ち着いて、それが神社をおさんぽしているときの感覚を思い出すのです。

ネイルは「胡粉ネイル」の鮮紅朱(せんこうしゅ)という色。
サイトには「鳥居の色」でもあると紹介されていたのもあり、指輪とネイルを合わせてポータブル神社といった感じのつもりです。

トップスは憧れのあったシアー素材のシャツ。
シアー素材って存在がエモくないですか?

繊細な指輪の色にあわせたくて、理想のブルーを探して見つけたシアーシャツでした。

服にアクセサリーを合わせにいくことはあっても、アクセサリー起点で服を考えることは初めての経験だった!👀

アーバンリサーチ

中に何を着るか?ということについて、全体として澄んだ湖面のような静けさを出したくて、「インナーは黒だと重すぎるし、白だと爽やかすぎるな~」といろいろ試したりしました。

結局、⇩こんな感じのくすみグリーンのリブタンクトップに。

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ボトムスはシアーシャツの青色を邪魔しないような、控えめな色にしました。
センタープレスのパンツってオフィスカジュアルっぽくなっちゃうと思って似合わないだろうとずっと敬遠してたんだけど、ぜんぜんカジュアルに着れるし、品があって良いな〜。

無印良品

あと、脚が当社比で細くスラっとして見えますわね!✨

素材がスーツっぽいやつだったらもしかしたら自分的NGかもだけど、無印良品なだけあってナチュラル系の軽い生地だったからぜんぜん堅苦しい感じなくて良かった。

あと、薄くて通気性がよい。
「これ、マジで頑張れば手で引きちぎれるのでは?」と思うほど軽い生地だった。(※透けたりはしないし、実際は丈夫です)

シューズはNAOTの「オルガ」。

NAOT

裸足で履いてたくさん歩いても、私の場合は革がキツくて痛いというようなことは購入初期の頃からほとんどなかった気がします。

雨には強くないので、ここは新しいシューズを買うときのチェックポイントになりそうです。
まぁ現在、この1足しかシューズを持っていないので、雨の日でも履いちゃうんですけどね。


自分のキーワード探しの旅

1年半前に講座のほうを受けたときは「おだやか」「自然体」という右から二番めのグループに強く惹かれて、ものによっては一番右に位置するモード感あるグループもちょいちょい気になる…という感じでした。

今回もそこまで大きな変化はないけれど、やや「スン…」としたおすまし感あるワードに惹かれた気がします。

以下、なりたい・好き・似合う・違和感キーワードの羅列。
(教室のキーワード集にはない自分で出したワードもあります)

太字はその中でもコンセプトになりそうかも?と思ったもの。

〘なりたい(憧れ)〙
きれい
削ぎ落とされた
余白
本質的
凛とした
落ちついている
職人技
味わいがある(味わい深い)

〘好き(キュンとする)〙
個性的
非現実的(妄想)
個人主義
アイディア
デザイン
こだわり

〘似合う(よく言われる)〙
かわいい
マイペース
やわらかい
謙虚
穏やか
優しい

〘違和感〙
華やか
コンサバ
ミーハー
世話焼き
アーティスト
唯一無二
出世
リーダー・管理職
最先端

太字にしたワードを集めてみると、削ぎ落とされた・本質的・
凛とした・個性的・こだわり・味わい深い。

「削ぎ落された(美)」「凛とした」は、透明愛好家さんへの憧れから。
「本質的」は漫画『ちひろさん』の主人公・ちひろさんから。
「個性的」「こだわり」はARuFaさんやVtuberの月ノ美兎委員長から。
「味わい深い(世界観)」は作家の恩田陸さんから。

の着想からきていると分析。

スン…てしていたいし、この世や人間の本質的なところを理解したいと思う。
人を巻きこんで面白いコンテンツを作るような人に憧れるし、誰にも作り出せない独自の世界観を統べる主にもなりたい。

そんなことを思いつつ、色んなワークの結果をコネコネして…

コンセプト完成!

と、その前に実は教室を受ける少し前に「おさんぽ民俗学」というコンセプトを考えていたお話を。

これは、お散歩をしながらその街・町の文化(広い意味での「民俗学」)に触れて楽しんだり、以前から興味のあった民俗学について(専門的な知識はまだ全然ないけど)お散歩感覚で覗いてみよう、というスタンスです。

あきやさんにも素敵なコンセプトだと言っていただけて✨
自分的にもしっくり来ていたのでこちらはそのまま採用することに。

そして、教室内で完成させたコンセプトがこちら!

味わい深く、本質的で、凛とした、
街・町の見え方を変える
【おさんぽ民俗学】

渋い!
やってることはただのお散歩なのですが、かっこいい感じになっています…!🥰

あきやさんは教室で作ったコンセプトについては、「すぐに変えても大丈夫ですからね!むしろどんどん変えちゃってください🙆‍♀️✨」とおっしゃっていました。

より進化させたコンセプト…

【おさんぽ民俗学】は固定したままとしてもその前のキーワードたちは時間が経て、もっと練っていきたい…!

そんな野望を抱えつつ、帰りの電車に揺られて帰りました。
(もし時間が許すならいちばん最後までいたかった〜😭)


ちなみに教室の中でインターネッツ文化の理解度?の話題になったときに、あきやさんがそっと「Welcome to Underground…」と囁かれていて、ハッとなってあきやさんを見たら目があって一瞬通じ合うものがあり、とても良かったです。

私にもっと応酬のセンスがあったなら「ヤバイ奴らの集会所みたいなもん」と即座に返したかったところ。



実は、このnoteはいったんここまで書いたっきり、その後の自問自答がどうも上手く思考がまとまらず、自分が何にモヤモヤしているのかわからなくて、長くそのままにしてしまっていた。

そのまま完成としてよかったかもしれないけど、もっと掘る必要があるんじゃないかという感覚があって⛏️

後日に書き足しているため、これ以降はテンションが前半に比べるとジェットコースターのような高低差があったりする。
(情緒不安定とかではないのでご心配なさらず…!)

それでは続きをドウゾ。



当日のワークで「憧れの人」について書きだして時間があったのですが、上記に挙げた憧れの人たちにも書き忘れてしまった人たちがいて。

失念!

漫画『ミステリと言う勿れ』の主人公・久能整くんと、漫画『くるみ』の主人公・くるみ、です。

漫画『フルーツバスケット』といい、私は、傷ついてきた人たちがそれでも勇気を持って立ち上がるストーリーが好きなんだなぁ。

そこに、ちょっとオトボケなユーモアや、肩の荷が下りるような考え方の提案があるのも好き。

私自身が、決して辞めることのないと思っていた職場を退職するに踏み切り、な~んもわからん(が興味だけはある)業界に行こうと思っている今だからこそ、とくに『くるみ』という作品にはとても勇気づけられる。

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「私なんか」が口癖の主人公・くるみ(31歳・同い年!)があるとき出会ったマダムにかけられた言葉を機に、今の環境を抜け出し、自分らしく生きるための「冒険」に旅立つ物語。

「私なんか」と何回言った?
人生はアミダくじ 選ぶのはあなた
幸せじゃないのは自分で選んでないからよ

戦士(ウォリアー)におなり
人生は戦って勝ち取るのよ


「私なんか」という言葉は謙遜でもなんでもなくて、自分の勇気を挫き、卑屈な自己愛の中に自分を押し沈める、便利な言葉だ。

私自身、在職中も仕事を辞めた今も、もしかしたらもっとずっと前から多用してきた言葉だから、よりそう実感する。

変わらなくてはいけない。


noteを書くのをやめている間、いろんなことを考えた。
未来のことを。
妄想ではない、現実の未来のことを。

もしかしたら、これまで生きてきて今が一番シラフになっているかもしれない。

私はJJGさんならご存じのとおり、妄想が好きだ。
妄想の中に住んでいないと耐えられないような日々があったし、妄想を自由に膨らませられる自分が好きだ。

書くことも好きだ。
自分で自分の感情を言語化して把握しなければ内側から爆発四散してしまいそうな時代があったし、そんなティーンエイジャーだった頃の自分を今は愛しく思う。

フィクションも好きだ。
現実はグロテスクで薄ら寒く、いつも外側から私の人生の舵を切る。私は自分の人生を「そういう役回りの人生」というフィクションとして受け入れてきたし、人生を自分の力で切り拓いていく人たちのエピソードを聞くと「私にはそういう役は与えられてないから」と感じてきた。

逆境に強い自分も好きだ。
大きな出来事の前には意外にも力が湧いてきて大波に勢いよく乗ることができるし、逆境に強いので悲惨な環境や人間関係から「逃げる」という選択肢を取ることができない。


強さも弱さも、長所も短所も、すべてがゴチャゴチャに混ざり合って私と私の人生はできている。


それなりに穏やかで、それなりに楽しい娯楽を摂取して生きていけば、それなりに幸せな人生を送れるのではないかと思っていた。

気持ちとしては老後のような感覚で、残りの人生(うまくいけば50年くらい?)は今の人生をひたすらくり返して時間を潰していくようなものだと。

死ぬことは、たいして怖くない。
数年前に大病をして、てっきり30までは生きられないものかと(勝手に)思っていたので今はなんだか肩透かしをくらった気分でちょっとモジモジしながら生きている。

生きること自体も、当然怖くなかった。
なぜなら厳重に、幾重もの「フィクション」で囲っているから。
やけにグロテスクで生々しい夢だけど、ものすごく平坦でそれなりに幸福だから。

そういうのを「穏やか」だとか「楽しい」だと思ってた。
本当は神経を鈍麻させていただけなのに。

部屋の片付けやダイエット、転職活動にも前向きになれずに「どうせ自分に現実を変える力なんて」と思っていた。

いつまでも悩んで、悩むのにかけた時間にしては現実は1ミリも好転していないということばかりだった。


どこかでゴールというのは「綺麗な部屋になること」「痩せること」「望んだ職業に就くこと」なんだと思っていた。

綺麗な部屋に住んでどう生きていきたいかとか、痩せたらなんなのかとか、その職業につくのは何がしたいからなのかとか、そういうのは思い及んでいなかった。

もっと正直に言うと、そういうのを求めて頑張っている感を出して右往左往しているうちに時間切れのゴール(=死)が来るというプランだったんだろう。

そういうのはもうやめにしようと、長い時間をかけて考えた結論がそうなった。

ふとあきやさんの過去noteのことが思い出された。

Q8・自分を「作る」ことに違和感があります。最初から自分はあるものではないのですか?

「なりたい」を言葉にするときに、「自分を作る」「自分を探す」「自分はある」など色々な言葉があると思うのですが、私は個人的に「作る」が好きです。それは、私が今まで大好きで影響を受けてきた人たち、あるいは周りにいる人たちが「作る派」だったから、しっくりくるのです。

もちろん生まれながらの適性に合うものもありますし、「探す」も「ある」もその通りなのですが、“作る”と言う言葉は未来への希望があっていいなぁと思うのです。もちろん偽りの自分ではなく、あくまでも「自分のなりたい延長線上の自分を作る」という意味です。「作る」にしっくりこない方は「考える」から始めても良いかもしれません。

あきやさんnoteより引用


未来への希望、偽りの自分ではなく「なりたい自分の延長線上」を作る。

これらの言葉がすごく重みを持って腑に落ちた。

そう、私は今はじめてちゃんと自分の『なりたい』は何なのか、という問題について正面から向き合ったんだ。

ふと思い起こして、教室でいただいた「自分のキーワード探しの旅」のキーワード群からからあらためて今求めるキーワードを選んでみる。

強い・おだやか・前向き・自由・自分がある

「強い」というワードに自分が惹かれる日がくるとは思わなかった。
私にとって「強さ」とは自分の中にあるものではなくて、外部から攻撃性を持って自分に向けられるものだと思っていたので、自分がそれを所持するなんてことが想像できなかったからだ。

「自由」というのも表面上は認めている顔をするけど、内心では冷めた目で見ていた。
自由を求めることを標榜するということは、ホントは今の自分が自由ではないことを認める気がして怖かったから。

「おだやか」というのは強さと両立するものというよりは、戦いの先に見つけた場所で送りたい生活がそういうイメージ。

のんびりしていて、おだやかに日々を楽しみつつ、時には気になる場所にお散歩に行ったりビックリな体験をして、「人生、飽きないわ~」と言いつつ美味しい和菓子とお茶をすすってる感じ。

たぶんイメージは阿佐ヶ谷姉妹さんである。

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👆こちらの本は阿佐ヶ谷姉妹さんがリレー方式で書いたエッセイ集です。
私は手術で入院するたびにこちらの本を精神安定剤として持って行っていて、手術後に痛みで体を起こせなくてもこの本は読めるようにと枕元にセッティングして手術に臨んだのです。
今初めて気づいたけど、この本、幻冬舎さんから出てた…!
素敵な本を出していただいたおかげで苦難を乗り切れました。
幻冬舎さん、ありがとうございました…!


私がなりたい将来像はきっと阿佐ヶ谷姉妹さんのような、のほほんとしているけどたまにエッジが効いたことを言う、大人のお姉さまなのだ。

そして、その将来を自分で作るために、今、戦う必要がある。
冒険に出る必要があるのだ。

それがようやくわかった。


なんてこった。
なんとな~くおだやかな日々を送っていればそのまま「おだやか度」がなんとな~く上昇していって人生上手いこといくのだろうとたかをくくっていた。

本当はそのなんとなくおだやかな日々というのにも、点々と黒いシミのような影が潜んでいることを見てみぬフリしていたというのに。


もしかして、もしかしなくとも、私は将来的に阿佐ヶ谷姉妹さんになるためにその過程の中で「のほほん」とも「おだやか」とも遠く離れた、強くて前向きで自己主張のある、必要とあらばモードなファッションたちに身を包んで、拳を握りながら前に突き進んでいく人生を通るんじゃないだろうか。



だとしたら 『『『  コト  』』』 だぞ?

(by オモコロ)


え~?
じゃあ将来、のほほんとしておだやかな湖森さんの一人住まいの小さなおうちは狭いながらもあたたかい陽が入る居心地の良い雰囲気で、朴訥ながらも可愛らしいインテリア、クローゼットにはミナペルホネンのワンピースとかもあったりするのに、その奥のほうには周囲の人が「あの湖森さんがまさか…!?」と思われるようなゴリッゴリでツヨッツヨの真っ黒アイテムたちが眠っていたりするの?

それって最高すぎない…?

『有吉の壁』のサバゲー回で世紀末感溢れるコスプレをされる阿佐ヶ谷姉妹さん。引用



いや、待て待て。

安易に、強くて自由を求める武装ファッションアイテムとして「モード」「真っ黒」をイメージしてしまったけど、必ずしもそうとは限らないんじゃないか?

だって意外にも、いっけん優しくておだやかそうなアイテムに「武器」としてのパワーを見出すこともあるんじゃないか~~~~~???!?

強くて前向きで自由でおだやかな、自分を持っている勇者(冒険者)になるために、自問自答すること山ほどなんじゃな~い?


とりあえず試着!
試着をせねば!

今年の下半期は試着の年にしましょう、と教室であきやさんと約束したのです🤝🏻

想像してるだけじゃわかんない!
私にとっての「強い」が何なのか、言語化してるだけではきっと足らない。


まずは靴を探していこう。

教室で教えてもらった「理想の靴」は、履いたときに「誰これ!?」「こんなに自分のこと美人だと思ってなかった…」と感じたり、履いている姿を全身鏡で見てみると足元の床が光って、自分にスポットライトが当たっているように感じられること

そんな靴を見つけて、次の装備を探しに出かけよう。
※吟味はしよう。試着100回チャレンジもできるだけ頑張る。

くるみ この仕事をオマエにまかせたのはボクだ
確かに冒険してみろと言った

ただ冒険には周到な準備と適切な武器が必要だ

目を開けてしっかり状況を見ろ

油断はするな そして怯(ひる)むな

漫画『くるみ』より


解決できる問題はどんどん前向きに片づけて、解決できそうにないことはすべて諦めて、そうして人生を進めていく。

わからないから怖い、怖いからこそ楽しい。

「恥ずかしい」は気持ち良い、そうやって切り替えていこう。
先日のあきやさんの幻冬舎大学講座ですごく勇気をもらえた言葉だった。

あるのは成功か成長だけ。失敗というものはない。
「自己理解」の八木仁平さんに教わった考え方だ。


さぁ、冒険に出よう。
周到な準備と適切な武器を忘れずに。

フィクション(まやかし)ではない、本当の冒険に。














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