自問自答ファッション講座当日のお話👀🌱
今月のはじめに、自問自答ファッション通信・あきやあさみさんの自問自答ファッション講座を受けてきました!
どうせなら講座当日からではなく、講座を受けられることが決まってから当日までドキドキ💞しながら準備していた期間のことも書きたいと思います。
自問自答ファッション講座の抽選に応募して、当選のメールが届いたとき、私という人間は懸賞やビンゴの類にぜんぜん当選しないタイプの人間(そんなのはタイプではなく運である)だと自負していたので、驚いた。
応募したのはこの度が2回めで、まぁ命あるかぎり応募しつづけようと心に決めていたので気長に構えていたんだけど、年々応募者の方の数が増えていらっしゃるし(広がるJIMONJITOUの輪!👐)、今回もたぶん無理かなーと思ってた。
嬉しかった。
でも!結果から言って、自問自答ファッション通信さんを知ってから(自分にとって)1回目の講座の抽選に応募して、惜しくも当選できず自分なりに自問自答をしていた日々(twitterやnoteのアカウントを開設して書いたりガールズさんの発信を拝読したり)というのが、すごくすごく大切というか下地になったなぁという感覚がある。
あきやさんの御本が出版されたり、インスタライブや講演会のアーカイブを拝聴できたり、ガールズさんたちの日々の発信を参考にさせていただいたり、そういった皆さんの素晴らしいJIMONJITOUはまだまだ「すごい…!」と感嘆するばかりで自分の中にインプットしきれてないところが多くあり、「もし今回も落ちちゃっても2023年も、自問自答ガールズとしてやりたいこと・インプット/アウトプットしたいことは山ほどあるなぁ…!👀」とワクワクしながら計画していました。
「講座や教室をまだ受講していなくても、『自問自答ガールズ』!」というのがすごくわかります。
「JIMONJITOUしたい…!」と思った人の前に、もうその瞬間から門戸がひらかれているというのが、自問自答ファッションの最もすごいところであり、自分と向き合って考えることの大切さと楽しさをあきやさんは全人類(全人類!?)に発信してくださってるのだな~と思っております。
ぴょえ~!今日もこりゃあ長くなりますねェ…。
それで、短所である「先延ばし癖」すら忘れてソッコーでお振込みをし、次なるステージである事前アンケートの提出(講座前日までに送れば大丈夫!という先延ばし重症者にはありがたいお言葉…!✨)と、当日の資料やワークをダウンロードして読みこむという作業に移りました。
事前アンケートには、現状のファッションやお悩みなどについて書く項目があるのですが、これはなんだか講座当日までに思考が二転三転しそうだなぁという予感があったので、期限ギリギリに送ることに決めていました。(本当に前日のギリギリなタイミングで送ってしまいました…!)
一方、同じく事前に送ってくださった当日の資料やワークはカラー印刷。かわいい資料ダ…💘
そしてA4サイズのノートにペタッ!
A4サイズのノートって、高校生の頃の古典の授業のノートづくりを思い出すから好きだぜ…。
まさに古典ノートのようにして、ノートを横向きにして使いました。
上のページに講座のワークを1枚ずつ貼って、下のページは何も貼らないでメモスペースに。
一個一個の項目をじっくり検討しつつ、メモスペースに単語でもイラストでも思いついたことをとにかく書いてみます。
で、「当日はこの項目はこんなことを話そう!」と決めました。
決めました。
が、結果的にはノートに書いたことと全然違うことを喋っておりました。恐ろしいですね~。
事前アンケートだけじゃなく、ワークも二転三転しておったようです。
思うに、ノートに書いた自問自答の結果は、やや糖衣が多めだった気がします。
「こういうことを書けばいいのかな…」といったような、誰かの顔色を伺いつつ書くような感じ。(※念のため申しますと、あきやさんの反応を恐れてとかではなく、もっと抽象的な「社会」とか「誰かから見た自分の姿」とか、そういう感じ)
でも、今思うと「ワークは当日になって言うこと変わるなら事前にやらなくてよかったなぁ」とは思わず、むしろ「当日言ってることとの差を見返すのオモシロ!」という感じでございます。
あきやさんは「ワークは当日になって初めて見るのでも大丈夫です👌!」(※プリントアウトもしてきてくださる)とのことなので、どっちもアリだと思います。
私の場合は、講座当日までソワソワドキドキが止まらなかったので、つい熟読してしまいましたが…!
このワークを考えている時期に、あきやさん×ムーンプランナーさんのコラボ講演会の第2回めが開催されました🌸
アーカイブ組だったので、タイムラインの皆さんのご感想ツイート(#自問自答ムンプラ)を見るのがとても楽しく、そして皆さん何やらあまりにも素敵すぎるネイルやアクセサリーをつけた手元と手帳や素敵雑貨を写真に収めたものをあげてらっしゃる…👀✨
くわしくはnoteのマガジンを購入して講演会を観ていただくのがいいかと思いますが、好きなものをギュッと凝縮した1枚を撮ってみるワーク、とってもトキメキました。
しかし、自分だったら何色のネイルを塗るだろう?というのがわからない。
ワークの質問の1つにも「本当に好きな色」という項目がありました。
単純に「好きな色は?」と聞かれたら、黄色!と答えると思う。
でも「『本当に』好きな色は?」と聞かれたら、これはどうも考えてしまう。
黄色って本当に好きな色なのかな?
そりゃ大好きであることには違いない。着てたら明るくてパワフルな気持ちになるし、親友から「湖森ちゃんはこの色のイメージだから」と誕生日に送ってくれた花束の色でもある。
でも『ほんと~~~に』好きな色かと自問自答してみると、うむ、それは違う。
黄色というのは自分にとって、やや糖衣成分多めの「社会性をまとった自分」「愛されキャラを演じているときの自分」という感覚がかなりある、気がする。
私の中の大部分を占める根暗成分の存在がなんだか塗りつぶされて隠されている、気がする。
いやはや、これは自分にとってしっかり向き合うべき質問ですゾ…と思いつつ、とりあえずドラッグストアや化粧品系のお店に行ってはネイルのサンプルのやつに人差し指をスチャっとはめて、ときめく色を探してみる。
なにもときめかねぇ…。
ネット上で「ネイルカラー 種類」などで調べてみる。
すると…おっ?
抹茶色ってめちゃくちゃ良いよね…
抹茶色のことは以前から憎からず思っていた。
なんなら抹茶のお菓子が出る時期はコンビニでパッケージを眺めているだけでも眼福で、もう大大大好きな色だった。
でもね〜…。
私は学生時代に茶道部に入ったものの、正座に耐えらえないからという理由で1年で退部した人間なのですね。
抹茶色を見るとその過去を思い出すので、恥ずかしくってねェ…👵照
あと、私に黄色の花束を贈ってくれた親友はまさにその茶道で出会った子なのですが、その子は部に入る前から茶道をやっていた子なので、社会人になった今でもたまにお家で自分で薄茶を点ててたりして、なかなかのガチ勢なのですよ(もちろん私が茶道部を退部したあとも、卒業までしっかり勤めあげて?いた)
そんな抹茶ガチ勢を前にして、「抹茶色が好き!」と名乗るのは自分的に憚られましてねェ…。
別にその子はそんな些細なこと気にもしないわけで、これは徹頭徹尾わたしの自意識過剰の問題なのですがね。
「抹茶に顔向けできねェよ俺ァ…」って感じだったのですよ。
でも、あきやさんが「似合うとか気にせず、好きな色を塗っていい」とおっしゃってるワークなのだから…。これはワークなのだから…!という心地で抹茶色のネイルをすることにしました。
選んだのはコレ!
SUQQUの「葉詩(HAUTA)」です。
理想通りの抹茶色(薄茶と濃茶のあいだって感じ)で、何より最高なのは小さくピンクのラメが入ってること。
趣深~い!
いうても、茶道とのつながりなんか気にしなくとも世の人々はコンビニで抹茶スイーツを買って楽しんでいるわけで、そこ気にしててもしゃあなくない?と途中で完全にふっきることができました。
何かにつけ、そういうところの潔癖なポリシー(という名の自意識過剰)があるから困っちゃいますよ…。
抹茶色が好きなのは、色自体が深みがあって哲学的で落ち着きがあるからっていう理由もあるし、やっぱり「この人とずっと友達でいたい」って思えたマブであるところのその元茶道部のダチを連想させる色であるってことも大きな理由です。
そして、そもそも私が茶道部に入ろうと思ったキッカケである叔母の存在もあります。
母の兄の奥さんなので血のつながりはないのですが、この叔母さんが知的で品がありながらとってもチャーミングで可愛らしい方で大好きなのです。
茶道の教室を開いている人で、と言っても教える側ではなく「みんなで茶道教室をやって、先生を呼んで一緒に学びましょ~🌸」と呼びかけるイベント発起人?みたいな方です。
私は一緒に暮らしてる家族や親族に対しても人見知りするタイプの人見知りなので、親族の集まりで会ったときにはたぶんとっても絡みにくい子どもだったと思うのですが、とっても可愛がってくれて、私も大好きでした。
ちょっとお母さん的なあたたかさを感じていたのもあるかもしれません。
一度叔父夫妻の住んでいるマンションに泊まりに行かせてもらったことがあって、私の髪をドライヤーで乾かしてくれている叔母(湖森を猫かわいがりしてくれる叔母)にモジモジしつつ「茶道に興味がある」と伝えたら(事実が40、「叔母ともっと話したい」が60)とても喜んでくれて、茶道の教本やDVDを貸してくれて、主催している茶道教室にも後日連れていってくれました。
叔父夫妻は母を亡くした私のことを心配してくれていて、「うちに住んで、ここから大学に通ってもいいんだよ」と言ってくれたり、「おじいちゃんおばあちゃんのことやお父さんのこと、一人で支えようとしなくていいからね」と言ってくれていました。
私は実質一人っ子なので、こういうときブラザーやシスターがいる人は羨ましいなぁと思いました。
親や祖父母の世話の分散、という意味で。
叔父夫妻のところに住めたらどんなに幸せか…!と当時は思ったりもしました。
しかし、当時はけっこう二人とも結婚してまだ数年という感じだったので邪魔するのも悪く(とってもラブラブ)、それはお気持ちだけいただいた形になったのですが。
というわけで、抹茶色は私の大好きな人たちとのつながりを思い出すあたたかい色なのです。
まだ事前ワークの一つの項目までしか話していないのに4,000字にいってて、この記事がどれほど長くなるか想像もつきませんね。
そういうわけで抹茶色。
そして、私は抹茶色といったら絶対の絶対に合わせたい色がある!
それが桜色なのです。
これは自分の中でなにが起源なのか、思い出そうにも全然わからないのですが、抹茶色×桜色という組合せが狂うおしいほどにLOVEなのです。
桜色単色に対しては華奢で繊細な女のコって感じがして、自分には似合わないだろうなぁ…と避けがちだったのですが、でも心の中では秘かにお慕いしておりました。
つまりは春を感じる色が好きなのかも?
黄色も含め。
それで、講座当日は抹茶色のネイルをしていこう!と決めました(やっと講座の話に戻ってきた)
講座当日は何を着てくかは悩んだけど、久々に東京に行くんだし、まともな服を買って着ていったほうがいいかな…とも思ったけど、自分らしい服を知るために行く講座のためにテキトーな服を買うのもなぁと思ったので、普段の油断しきった洋服で行くことにしました。
アウターはマブいダチが誕生日プレゼントにくれた白いアウター。
自分で選んだ服を着ていったほうがあきやさんへの情報提供(情報提供ってなんだ)になるかとも思ったのだけど、これとってもあったかいし、手触りが雪見だいふくみたいにモッチモッチで落ち着くので着ていくことにしました。
やっと講座当日の話。
待ち合わせの駅につくも、「線によって同じ駅名がいろいろある」みたいな東京あるあるの洗礼を受けて道に迷いながらもなんとか到着。
改札の外でさきに到着して待ってくださっていたあきやさんが、改札から出てくる人を見ながらスッと姿勢よく立っていらっしゃって。
ドキン❤と胸が高鳴るのと同時に、すごくホッとしたのでした。
私、待ち合わせ相手が待ち合わせ場所で手元のスマホをじ~っと眺めて没頭して待っていられるのが、なんか心折れるんですよね。
ちょっと、淋しくなるんですよな。
たぶんスマホを見ているときの人間の顔で空っぽだから怖いんだと思う。
だから、私は誰かを待ち合わせ場所で待つときはスマホは見ずに(いや、もちろんLINEで直前までやり取りすることもあるし、それはそれなんだけど)、やってくるその人を迎える準備を全身全霊で発している。
全然関係ないけど、マブ友がたまに待ち合わせに遅刻してきたときにギリギリまでイヤホンをつけて音楽を聴いてくることに、イラついている自分がいる。
「私を待たせているあいだにも己は娯楽をギリギリまで摂取していただと…?」と憤懣たる気持ちになる。
「必死に急いできました!」のパフォーマンスだけはしてくれよ!…などと心の狭いことを思ったりする。
話がズレました。
別に私はそれで相手も心の中でジャッジしてやろうという気もまったくないのですが、改札の外であきやさんがほんわりしたお洒落なオーラを放ちながら改札から出てくる私を探してくださっている様子(外見の情報は身長のこと以外はノーヒントですのに!😳✨)を見た瞬間に「あきやさんはきっとそういう方だろうな」という己の中の直観が現実だった安心感と、(ただでさえある)あきやさんへの信頼感がもうミッチミチに満ちてゆくのを感じました。
そのくせに出会い頭からもうモジモジの極みですみませんでした…!
糖衣をまとえば人見知りしないキャラでいけるのですが、なんかもうありのままの私という感じでございまして、社会人生活で鍛えられた部分はあるものの、私のメンタルなど高校二年生くらいから大して成長しておらんのだな…なんて恥ずかしいかぎりでした😌照
有料のフリースペース的なところに案内していただき、いよいよ自問自答講座が始まりました。
メモを準備して(ロルバーンの抹茶色のミニノートを買ったぜ!)挑むものの、最初のあきやさんからの「自問自答ファッション」というものに関するご説明からもう勉強になること、新鮮なことだらけで、「けっこう本やnote、映像を見まくってきたつもりではあるけれど、自問自答ファッションって奥深い…!」という楽しさで目が眩みまして、序盤はほぼほぼメモを取れておりませんでした…!
とくに印象的だったのは、ファッションブランドさんたちがブランドを立ち上げるとき、ブランド名やコンセプトはもちろんのこと、出店するお店の場所(表参道~とか)や建物にもすべてこだわっているんだというお話し。
思い出されるのは、キッカの元ブランドクリエイターの吉川康雄さんがご自身のブランドとして立ち上げた「unmix(アンミックス)」の広告モデルさんに一般女性を起用している、という話でした。
そのことをあきやさんにお話ししたら、まさにその通り!ということで、ブランドを立ち上げた人やクリエイティブディレクターさんのこだわりを私たちはしっかり受けとめていきたいですね☺とおっしゃっていて、「そっか、コンセプトやポリシーというのは表現されるすべての物事に適用されるんだなあ…」と思いました。
ここからはメモと記憶を元に、箇条書きで振り返ります。
・オモコロトークがたくさんできたのがめちゃ嬉しかった!私はARuFaさん推しです。余談ですが、ARuFaさんや私のマブダチ、大好きな叔父叔母やその他の人たち、なぜか私が好きな人は全員千葉県の人です(出身だったり住んでるところだったり)。なので私は千葉県が好きです(謎)
・ARuFaさんの目線とマルジェラの匿名性がつながるあきやさんのお話しがめちゃくちゃ面白い。ARuFaさんの素顔(台湾DVDのハナシ)のお話しができる人が周りにいなかったのでそこも嬉しさの極み。
https://arufa.hatenablog.jp/entry/2015/04/01
・「自分の世界、できてますよ!」と言っていただける。嬉しい。自問自答ガールズさんからそう言っていただけることが以前あって、めちゃくちゃ嬉しかった。でも、私は自分にはそういうのないと思ってた(今も思ってる)ので、なんか嬉し恥ずかしながらもし本当にそれがあるのだとしたら私には視認できないので何かのバグかしら、と思う。客観的に自分を眺めてみてェ~と思ったりもする。
・「(自分は)薄情なんです」と申し上げたら、ソッコーで「いいですね~!✨」と笑ってくださったので、「ガールズさんのおっしゃってたことは本当や…!(どんなことも否定したり非難したりせず笑って受けとめてくださる)」と、私の中で最後の糖衣がペロリと剥がれる音がした。
・お菓子「ひよ子」をお茶請けにくださって、いろいろ時間配分をミスって朝ごはんと昼ごはんを逃してた身としてはひよ子ちゃんの味が五臓六腑にしみわたってエネルギー補給されました…!(なのでトップ画はひよ子)
・「こう言われたらどう思うか?」のワークにて、「自分がない、自分の意見がないのが悩み」とお伝えしたら、その前にひよ子をいただいた際に私が言った「ひよ子、いいですよね!」という言葉にもちゃんと何か意味があって言っている感じがしましたよ☺とのことで、その場で深く自問自答してみる。
私が「自分がない」と思うのは、過去に部活だったり職場だったりでまあ些細ながらももめ事だったり話し合いの席があったときに「湖森さんはどう思う?」と聞かれて、それについて何にも言葉が浮かんでこなかったという幾たびの経験に起因する。
うーん、もしかしたら「文章で自分の気持ちを書くのは比較的得意だけど、その場でパッと自分の感情を言葉にするのは苦手なのかも…」と気づく。「話しだしたら長くなっちゃうし、話しだすまでに皆を待たせるのも悪いから、『何も考えてません』っていうフリをしちゃうのかも」という結論に講座中にたどりつくことができました。
・「反骨精神はないと思う。反骨精神って何なのかよくわからない。わからないから、その気持ちが自分の中にあるかもわからない。」的なことを伝えたら、あきやさん「隠れてるけど、あると思います」と。
反骨精神ってロック!とかパンク!っていう浅いイメージしかないので、どうも自分とは結びつかないんだけど、もしかしたら反骨精神というものに対する解像度が低すぎるのかもしれない。
・キーワード探しの旅にて、意外にもモード寄りのキーワードに〇印がついてゆく!
・途中、あきやさんから「物語性やゲーム性の元はなんですか?漫画とか?」というご質問があり。私の作ったもののことをおっしゃってくださると思ってなかったのでボンヤリとしてました!😳💦笑
あると思ってなかったけど、強いて考えて見るならなんだろう…と考えてみると、漫画やゲームとかではなくて「進研ゼミ」という結論に至りました。スキ考のnoteのスタンプラリーとかは、姉のチャレンジの付録冊子が発想になってるのです。
いろんな分野の世界をよりみちして、その世界を見終わったらスタンプを押して次の世界に行こう…みたいな趣旨の冊子。
この冊子、大好きで今もずっと取ってあります。今のチャレンジよりも(厳密には今のチャレンジがどんなかはそこまで知らんけど)大人向けというか、洗練されたデザインな気がします。
私はこういうちょっぴり子どもを置いてきぼりにするテイストが好きです。本だって、100%理解できる易しい読み物よりも「うーん、これは難しい。この世界はまだまだ自分の考えの及びもつかないことだらけですなぁ」と思える余地を全体の40%くらい忍ばせてる本のほうが読んでて楽しいものですから。
・コンセプトを考える段階へ!
事前アンケートを送った時点では、自分の中にある2つのコンセプト(仮)をお伝えしていました(ぜんぜん変わっちゃってもOKです!ともお伝え)
一つ目は、「散歩愛好家」。
散歩大好きだからね。
「愛好家」っていうのは、大好きな「透明愛好家」さんからいただいてます。
https://tomeinohito.studio.site/
お料理やスイーツ、インテリアなど「透明」に縁のあるものをSNSで発信されているアーティストさんです。
もうyoutubeの作品がすべて癒しで、瑞々しくて、どこかノスタルジックなのです。
ほかにも「電線愛好家」さんだったり「苔愛好家」さんだったり、愛好家と名のつく方たちは、(良い意味で)オタク的かつのほほんと自分のLOVEをマイペースに極めてらして、そこが尊敬ポイントなのです。
なので「散歩愛好家」。
二つ目は、抹茶色が好きだと気づいたことから生まれたコンセプト(仮)です。
抹茶色×桜色が好きだ!と気づき、早速イメージボードをつくります。
抹茶色と桜色アイテムを配置しつつ、前回のnoteに書いたように今後は黒も身に着けていきたい…!
抹茶と桜色といったら普通は焦げ茶とかが合いそうだけど、いいんや!とにかく好きなもん全部盛りや!と思い、黒のアイテムと気になってるマルジェラのショルダーバッグも入れる。
あれ?意外といけるじゃん。
じゃ、この際「似合う」要素であるイエベ春な私に合う朱色のリップも入れちゃお。
それらをひっくるめたのがコレ!
意外と調和してませんか?
もっとガチャガチャしちゃうかなあと思ったらいい感じ。
抹茶色の懐は広いのぅ。
スマホの壁紙も抹茶色のなにかにしたいなあと思い、マブ友と遊びに行った時のLINEアルバムに良い写真はないかと物色してみる(たまに一緒にお店に抹茶を飲みに行くので)
そしたら、1枚の写真と邂逅する…!
これもうアレじゃん…!
こんなんさァッッ 絶対アレじゃん! 御茶屋さんのさァ!…と私の中のハチワレが騒ぎだす。
そりゃあ調和するわけですよ。昔の日本人が「この色の合わせが雅です」って言ってるんだから(そう言ったかは知らない)
というわけで、二つ目のコンセプトは「御茶屋さん」でした。
「お茶屋さん」だとお茶っぱを販売しているお店になるけど、「御」にすると私のイメージどおりの意味になるので。
「庭園の中の御茶屋さん」なんて、いいなと思いました。
六義園とか浜離宮恩賜庭園のね。素敵な風景をみつつ、一服できる場所。
物思いに耽っていても、誰にも邪魔されないし「なに考えてるの?」なんて聞かれない場所。
最高です。
とはいえ、私が「御茶屋さん」となって誰かにサービスをする人になるのか?なんかそれは自分のパーソナリティ的にピンとこないぞ?
とも思ってました。
かといって、「散歩愛好家」というのも自由気まますぎて、もう少し他人の役にたちたい。というか既存の職業名なコンセプトに憧れがある…。
こういう二律背反を抱えていたので、ここのところは講座当日にあきやさんに助けていただこうと思ってました。
で、当日の行きのハナシに戻っちゃうのですけど。
久々に東京行きの電車に乗っていて、それは偶然にも大学時代に乗っていた線を一緒だったので、車窓の外に見える景色は見慣れたものだったんですね。
私は赤羽駅近辺の景色が大好きです。
ブラタモリ的な土地の知識がないんでよくわかんないんですけど、赤羽周辺って電車から眺めたときに手前から奥に伸びる階段がいくつもあるんですよ。
学生時代からその階段たちを眺めるのが大好きで、「今すぐあそこに瞬間移動してお散歩してみたいなァ…」と思ってことをそのとき思い出したのでした。
やっぱり一番大切なのは「お散歩」だと思いましたね。
そして、そのときフッと思いついたのが「散歩道(さんぽみち)」と書いて「散歩道(さんぽどう)」と読んでみる、というアイデア。
道(どう)と名をつけるなんで大げさすぎますが、お散歩という行為も音の響きも気の抜けた物事に「道(どう)」なんて堅苦しい言葉をつけるそのギャップが面白いな、と思いました。「サ道(どう)」みたいなね。
あとは、子どもの頃から書道・弓道・茶道(茶道は1年ごときでここにあげていいのか…!)をやってきていたので、それら「道(どう)」と名のつく物事への親しみと惹かれるものがあったことも理由です。
文字を書く、的に矢を当てる、水分を摂取する…そういうことが目的なのではなく、心の持ちようや他者への心配り、自分を律することを目的にしたお稽古ごとというのに惹かれます。
まあ「お散歩道(どう)」にはそんな深いポリシーなどはないのですが。
・コンセプトがテーマのときだったか、私が「寂しさ」というものにすごく惹かれる、不思議とあたたかい感じがする…というお話をしたときだったのですが、あきやさんが「HIPHOPは寂しさを歌にしたものなんですよね」(言い方はこのようなニュアンスだったかは失念…!)とおっしゃっていて、HIPHOPって陽気なイメージを勝手に持っていたので、なんだかすごくおもしろかったです。
※ちなみに湖森の中の「寂しさ」と「淋しさ」は使い分けがあって、ネガティブな意味のほうは「淋しさ」です。
「さみしい」は本当に心細くて凍えそうな哀しい感じがするけど、「さびしい」は柔らかく濁った温かさと重厚感があって落ち着くからです。(これは言語学的なところで説明がつく理屈なのかもしれない)
漢字も「淋」は骨に沁みるような冷たさを感じさせるけど、「寂」はウ冠で包んでくれてる感じがいい。ライナスの毛布。
・お散歩の話をしていたら、あきやさんに「菊池亜希子さんや甲斐みのりさんの雰囲気を感じますね!」と言われて(いえ、私自身が似てるという意味ではないと思うのですけどね)、好きな方たちだったので嬉しかったですねぇ…。雑誌『OZ』の表紙のKanocoさんとか、ことりっぷの装丁とか、ああいう雰囲気が好き。
・「でも『リンネル』とかのナチュラルで優しい感じは好きだし通ってきた道だけど、だからこそココにどっぷり入りこむのはなんか違うなって感じます」ともお伝え。なんか居心地悪くなっちゃうのですよね~。部分的に尖りたい気持ちがある。
・自分らしいモチーフについて、今までまっっったく検討がつかなくてそんなもの自分にはないと思っていたのに、講座では「🌱」(新芽)だと思いますと言っていたので不思議なもんだ。
🌱は新しい何かが生まれて育っていくワクワク感とヒラメキ感があるし、未熟で弱々しいのにどこか前向きで瑞々しい雰囲気もあって、好き。つい多用してしまう絵文字。(次点で🌸)
そういう自分になりたいな、と思う。頭から🌱を生やした人間になりたい(キャラデザ的な意味)
・将来的になりたいのは「教養のある聡明な人」。知識として物を知ってるだけじゃなくて、自分で考えたり何かに感じ入ったり、曖昧なものを受容してみたり、曖昧なものの輪郭を手探りでさがしてみたりする人になりたい。
・アクセサリーはあんまり持ってなくて、当日も一つもつけていかなかったのだけど、あきやさんがつけてらっしゃった指輪をはめさせていただけることに…!かわええーーーー!!!!ボストンテリアちゃんともご厚意で撮らせてくださいました❤
全部可愛いし、「あ、指輪集めよう」とも即思ったのですが、とくに愛くるしかったのがm.m.mジュエリーさんのD ring “Queen”。
「細い指輪って骨格ストレート的には目立たないから勧められないんで避けてたけど、他人から見てとかじゃなく、自分視点からはよく見えるんだし、関係ないなって思いました!」と小興奮しながらお伝えしました。
帰り道、どうしても気になってmmm jewelryさんのサイトを覗いてみる。すると!Queen ringのちょうど予約期間ナウで、しかも締め切りが明日ではないですか!…となりまして。
ひとまず今日のところは眠って、いったん冷静になろうと思い、早々にサイトを閉じて帰宅しました。が、やはり翌日になっても忘れられない。写真を見返しても、やっぱり可愛い。今度はサイトをじっくり見てみる。
すると商品紹介文のこんな一文が…。
え~!助かる~~~!
実はわたくし、左側の腕が過去の手術の後遺症で浮腫んでおりまして。
腕、手の甲、指が右に比べてムッチリしておるのですね。
他人からはよくよく見ないと気づかないレベルではあるのですが、自分的にはちょっぴりコンプレックス。
でもしんみりはしないでくださいね。
主治医の先生から「術後は重いものを持ったりして左腕に負荷をかけることはやめてくださいね。人によっては浮腫みの後遺症が出てしまうことがあります」と何度も注意されてたクセに、サイドプランクをがっつりやってた湖森の自業自得なのですから。(筋トレブームだった)
まぁ以前よりはだいぶ浮腫みのレベルも落ち着いてきてはいるのですが、やはり日中に少し重いものを持ったりすると浮腫みも多少大きくなることがあり。
コンプレックス+浮腫みの度合いが読めないという理由もあって、腕時計や指輪はつけるとしても右側ばかりだったのです。(あきやさんの指輪を左手につけさせていただいてるのは、右手のネイルがしっちゃかめっちゃかだったためです🌟ベースコートやトップコートの重要性を知るッ…!)
ファッションや自分を飾ることにおいては左腕は無視。自分的には勘定に入れないものとして「戦闘に於いて左手は絶対使わねえ…」という轟焦凍くんみたいなことを思っとったのです。(注:実際の台詞は「左手」ではなく「熱(ひだり)」)(ヒロアカっていいよね。)
事前アンケートの体型の悩みに関することでも送っていたのですが、私は「食の楽しみ追求期」と「ダイエットはまり期」が交互にくるので、体重変化がもう10kg以上は余裕で上下する。
だから、せっかく高い服を買ってもすぐ合わなくなっちゃうし、アクセも(指は体ほど太さは大きく変わらないけど)合わなくなることがあったので、それがファッションにお金と気持ちをかけられない理由だった。
でも、そこに寄り添ってくれるアクセサリーがあるんだなぁ…としみじみ感動し、予約購入のボタンをぽちりとしたのでした🙌🏻❤️
手元のアクセサリーは妄想を表現しやすいところで、手元を飾ってみたら次は耳飾りのほうに広がっていくのもいいと教えていただけて、俄然アクセサリー探しに熱が入りそうです…!🔥
・コンセプトについて。「創作」というものをどんどんやっていくのが良いんじゃないか、とオススメしていただきました。
正直私はこの先の人生をTwitterとAmazonプライムビデオとNetflixとYouTubeのショート動画を巡回するだけで終えるんだろうなぁという現代人的すぎる未来予想図を持った受動的な気持ちでいたのですが、まさか自分が何かをつくる側に回る可能性があるとは思わなかったので、なんだか人生に対する見方が大きく転換したというか、映画館でポップコーンを食べつつボンヤリ映画を眺めていたら突然スポットライトで自分が照らされたみたいな(絶妙に下手な例え。映画泥棒か?)、なんかとにかく驚きでした。
でも、驚きつつもそのとき唐突に思い出してあきやさんにお話したのは、私が以前の職場を離れようと決心したのはある尊敬するブロガーさんの記事にあった言葉が理由だったという体験談でした。
私はその記事を読んで、職場でのパワハラを甘んじて受けていた状況からオサラバする勇気を得たのでした。
「娯楽」として気楽に見てただけのつもりだったコンテンツに、まさかそんな風に自分の人生が動かされるとは…という驚きと感動があって、私もいつかそういう文章が書ける人になれたらなぁとそのときから思っていたのでした。
「エッセイスト、どうですか?」と、あきやさんにおっしゃっていただけた瞬間、さらなる驚きの極地に飛ばされます。
エッセイスト!!?
日記もろくに書けない(続かない)、夏休みの一行日記は最終日にまとめてテキトーに書く、そんな私に出来るのか…!?と。
転職を勧められてるわけではなく「コンセプトとして」のお話ですのに、もう「私なぞにそのようなこと…できませぬッ…!」という気持ちでした。
でもあきやさんから「まずは自分を楽しませるところからでいいんです」と言っていただけて、あれ…それならめちゃくちゃ楽しそうだぞ…👀と心がソワソワしだす。
こういうスタイル(媒体というか)で自分の世界を表現してみるのとかいいんじゃないか、というお話をしてくださって、なんだかだんだん自分の中でポジティブなビジョンが見えてくるのを感じました✨
・そして、ここでコンセプトから再びワークの内容に戻ったとき、(もちろん終始ウキウキわくわくの講座ではありますが)もっとも私の鼓動が高鳴った瞬間がありました。
ワークには「理想の自分に近づくには?」というニュアンスの質問があるのですが、前もって自分でノートに向かってこの質問を考えてたときには「痩せる(着られる洋服の選択肢を増やす)」とか「怒りっぽくならず平常心で穏やかに過ごす」ということを書いてたのでした。
それは今も別に間違いではなく、目指したい自分ではあります。
しかし、書いてたそのときの気持ちとしてはなんかしっくりこないというか、とりあえず書いた感がめちゃくちゃ強かったんですよねぇ。
嘘ではないけど、真実でもない感じ。
でも、講座のその質問のところまででお話していた事柄たちによって、なんか正面から自分と向き合え感じがあって、「頭の中でいろいろ考えているだけじゃなくて、色んな場所に行って色んな経験をしたいです。そして、それを体験しただけで終わらせるんじゃなくて、自分の中に響いたものをちゃんと形にしたいです。」っていっさいの迷いがなく言いきることができたのです。
あきやさんは私の言葉の端々に「うん!うん!」と熱くうなずいてくれて、なんだか独りよがりなことを言っちゃいますけど、あの瞬間あきやさんと私の中には同じ確信に満ちた何かが通じ合ったというか、難解な数学の問題を前にしてあきやさんに教えていただいた公式をもとにさまざな途中式を乗り越えて(自分にとっての)正しい答えに辿りつけたような、そんな研ぎ澄まされた爽快さがあったのです。
道は目の前にあった。あとは自分らしく一歩ずつ歩んでいこうと思います。(願わくば獣道ではなくお散歩しやすいほのぼのルートであってくれ〜〜〜)
・「勝手に自分の中で『連載』を始めちゃっていいんですよ!」と言っていただけて、気負いのプレッシャーがなくなりました。落ち込んだことがあっても、自分には〇〇(コンセプトとしての活動)があるし!と思えれば心の薬になるんですという言葉にもこの先幾度となく救われそうな予感がします。春のうららかな天気のような世界が好きですが、現実にはオシゴトやらストレスやらが存在する世界に生きているわけで、そういう物事にどういうスタンスで向き合えばいいかわかんなかったんですよね。「フィクションは終わり」って気持ちを切り替えて向き合ってましたけど、本当はそういうときにも寄り添ってくれるコンセプトであってほしい。これからはつらいときも、心の中にポッ🌸と可愛くてあたたかい花を咲かせておきたいです。
講座当日の話はここで終わり。
本当は具体的なコンセプトのことと、後日送っていただいたファッションレポートと制服のこともこの記事に書きたかったのですが、確実に3万字を越えてしまうと思うので次回つづきを書きます。(今17,000字を超えました)
そういえば講座内でふと「コミックエッセイとかTwitterで見てると嫉妬しちゃうんですよね」(※自問自答ガールズさんとは関わりのないアカウントの人たちのことを言ってます)と申し上げたら、「それは好転反応ですよ!良いことです!」とあきやさんに言われて、めっっっちゃ驚きました。
確かにその嫉妬心というものは、嫌悪感とか軽蔑とかそういうのとは違って、とにかく「悔しい!なんかイヤだ。見ないようにしよ!」って感じ。今思うとこれぞ雫ちゃん現象。
でもそのあきやさんのお言葉で気づいたのですが、その「悔しい!」のうしろには(本当は私もそんなことがやりたいのに…。そんな風になりたいのに!)(でも〇〇という理由でできないから悔しい!この人は自由になんの制限もなくそれができていて羨ましい!)だったんだなぁと気づきました。
そっか。そう気づいてみると、私って「なんか悔しい」で避けてきてことケッコーあるかも…と思い出すことがいくつか。
その筆頭が、最初にあげましたけども吉川康雄さんのメイクブランド「unmix」の公式があげている、とあるルック。(unmixのアイテムを使ってフルメイクしているモデルさんの写真)
その写真をtwitterで初めて見たとき、やっぱり自分の中で何か心が動くものがあって、でもそのモゾモゾ感が気持ち悪くて(名称をつけられないので)、「これは自分にとっては好ましくないものなんだ。だからこんな気持ちになるんだ」と思って避けてたのですね。
講座後にあらためてそのルックを眺めました。
あぁ、私は本当はこんなメイクがしてみたいんだな。
でも「似合わないから」とか「良い歳して、もっと落ち着きのある目立たないメイクをしないと誰かに笑われるかも」とか、「なのにこの人は堂々とそのメイクが楽しめて羨ましい!ズルい!」みたいな卑屈な思考に陥っちゃってたんだなぁ〜と。
だから、ここいらでそういう感情にも向き合って、逃げずにやろうと思います。
ちょっとファッションレポートの話の先どりになっちゃうけど、レポート内で私の好きで尊敬する人やキャラクターの名言をいくつも載せてくださっている素敵ページがあります。
私はそこにある『耳をすませば』の月島雫ちゃんの言葉を見たとき、ワッと泣いてしまったのでした。
すべての物事は、画面の向こうでもページの向こうでもなく、私を取り囲むこの世界で起きている。
脳コポ人間(※湖森の自己認識像。身体感覚が薄くて自分の思考外の物事にはあまり関心を持てなかった自分。脳みそだけが培養液にコポコポと浸かってるイメージから)だった私に、足が生えてどこへでも行けるようになった。手が生えればもっとできることが増えるでしょう。
以前のnote(自問自答ガールズになりたての頃だったと思う)にこういうことを書きました。
でも、失ったものを取り戻すことはできない。
遠い昔に帰ることはできない。
なぜなら時間の流れは一方通行で、そしてこの世に変わらないものなんかないからだ。
ただ、視点を変えてみれば私は大切な何かを失った分だけ、別の何かを得たのかもしれない。
講座の数日後、あきやさんにお礼のメールをご返信した際にこのように書きました。
失ったものたちと等価交換で得た何かで私はできていて、その何かを使って私はこれからも人生を創って生きていく。
講座内のワークで私が座右の銘にあげた「絶望の果ての明るさ」 とは、そういう諦観と爽快さが混じったものなんではないかしら?と考えたりもする。
ひとまずは、大きな鏡を買わねば。(まだ買ってない系ガールズ)
そして、30日間チャレンジは「スキンケア」をやりましょう。
だって、せっかく嫉妬や自己嫌悪を乗り越えて「やりたい!」と思ったこのメイク、100%めいいっぱい楽しみたいですから。
次のnoteでは、わくわくのファッションレポートとコンセプト・制服案と、初🎉伊勢丹の試着ツアー(講座当日の帰りに行きました)をまとめて書こうと思います。
なんとか2万字に行く前に終わらせることができて良かった。
ここまで読んでくださって、どうもありがとう。