手のひらサイズのノート
台所に小さなノートを置いている。子供と交わす会話を忘れないようにすぐメモするためだ。数年前に書いたものを読み返してみた。
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冬のある朝、横断歩道で誘導をする黄色いベストを着た交通指導員に、子供が元気に挨拶した。「ママ、あいさつすると体がぽかぽかするね」
雨で外遊びができない日に呟いた。「つまんないってきもちは怖いな。雨が降っていたらつまんない。つまんないっていつも言っていたらどんどんつまんなくなる」
休暇明けの初日、学校から帰ってきたら一日が楽しすぎたという。何が一番楽しかったか尋ねると、「ぜんぶ楽しすぎて一番はない。ねえママ、どれも楽しかったら一番楽しいはないんだよ!」
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握った小さな手のぬくもりや、恨めしげに窓の外を眺める横顔、後部座席で興奮気味に話す姿が瞬時に蘇ってくる。
しかし、子供はなんと素直に感じたことを言葉にできるのだろう。限られた語彙を駆使して色彩豊かに言葉の糸を紡いでいる。
日々の暮らしに散りばめられた、儚くも尊い言葉の数々。書き記さなければあっという間に消えてなくなってしまうから、できるだけ注意深く耳をすましている。
子供はこのノートの用途を知っていて、話している最中に私がノートに手を伸ばすとこう尋ねる。
「ママ、何書くの?ぼく今なに言った?」