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ぼんやりゆらゆら
4月13日/2019
平日の昼下がり、日本の家の前で久しぶりに煙草とコーヒーを手に、この通りで生きている人々をぼんやり眺めていた。冬がもうすぐ終わろうとしている。心も体も太陽に当たれることを幸せに感じている。
日本の家があるLeipzigのEisenbahn Strasseは私にとって二つ目の故郷になりつつある。
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暗い冬がゆっくり過ぎ去り、太陽が久しぶりに出てきたある日、Tinoが寝起きのスピードでゆっくり歩いてやってきた。朝ご飯を一緒に食べたくて来たらしかった。Eisiも一時間前に日本の家に来て、朝ご飯の準備をし始めていた。Tinoと煙草を吸い、小さく話していた。
ゆっくり太陽に当たりながら。
日本からドイツに逃げ出してきて、そろそろ九か月が経つ。沢山の人に支えてもらいながらぬくぬくと生きている。
日本社会の流れに乗ることが出来なかった自分は、自ら海底に沈んで行き、社会から身を隠し、闇に消え去ろうとしていた。
結局最後は虫のように太陽につられて出てくるのだが。
ある頃、有り余る自分の時間と体をボロボロにしていく耐え難い孤独にうんざりしてきていた自分は外の世界をぶらつき始めていた。そしてふらっと入った本屋で手に取った本を何も考えずに買った事があった。 初夏の午前、気持ちのいい爽やかな晴天。夜、眠らずに朝まで起きていた自分はだらだらと布団の上で息をしていた。天気もいいし寝る前の散歩に出かけた。そしてぼんやりとバス停で立ち尽くし、電車にぼんやりと乗り込み、気が付くと尾道商店街の前に立っていた。誰か知らない観光客と一緒にツーショット写真を撮らされている芙美子像には目もくれず、商店街をゆっくり歩いていく。やはりすぐに商店街の本筋を歩くことに飽きてきてしまった。路地に入り込みたくなり、魚屋の横を通り抜け路地に迷い込む。そこには一軒の民宿とCafeがあった。
Cafeに入りたかったわけでも、むしろ入りたくなかったのだが、孤独に負けてしまい、入って適当にぼんやりとしていた。するとオーナーが降りてきて、どこから来たのか、何をしているのか等、質問攻めにあい、対人に慣れていない自分はどもりながら質問に答えていた。何故ここに来たのかと云う問いにつまずいた。自分でもなぜ尾道に来たのかわからなかった。尾道の観光名所なんて興味もなかったし、何が有名なのかさえも知らなかった。 オーナーは40代のおっちゃん。適当に来たことをオーナーに伝えると、面白がってくれて、ここで働く代わりにここで寝泊まりしてもいいことになった。 その日の夕方、自分は親に連絡した。
「今日は帰らんわ。二週間以内に帰るわ」
親はまずどこからどこに帰るのかさえも理解が追い付いていなかった。自分が自室で寝ていると思っていたらしい。今すぐ帰ってこいとは言うものの、自分が何も聞いていない事を知ると、最後は渋々頷いた。 その夜、眠る直前、いつか買った本のことを思い出した。その本から尾道という名前が出てきて、死ぬ前に行ってみようかなと考えていたことがあるのを思い出した。
翌日から、ずっとそのカフェと民宿に留まっていた。オーナー以外にもいろんな人に可愛がってもらった。特にお姉さま方には。師匠と呼んでいたカッコいい音楽家もいたし、みの兄に仕事を教えてもらった。 尾道で生活しだして、一ヶ月か二か月経った頃、ドイツから丸眼鏡をかけたひょろっとしたおじさんがやってきた。ドイツのLeipzigで日本の家を運営しているらしい。二十年前にドイツに居たオーナー、みの兄、師匠とも気が合い、尾道の滞在期間中にちょくちょく僕が住み着いているCafeに顔を出した。
そしてその頃、日本での生活が自分にとって、耐え難くなってきていた。
そろそろ死ぬための場所を探そうかと考え始めていた。
その賢いひょろっとした何でもそれなりにこなすことが出来る面白い丸眼鏡のおじさんに、日本の家に来たらと誘われたとき、あともう少し向こうで生きてみるか。向こうで死ぬのと、こっちで死ぬのも変わらないと適当に考えた。
親を説得するのは簡単だった。ドイツに行くことを許可しないなら、自殺すると脅しただけ。二か月で帰ってくると嘘の約束を親と結び、丸眼鏡のおじさんを頼って日本を、自室を飛び出した。
Leipzigにある日本の家までの道のりは長かったように感じる。最低限の着替えと貴重品、大きなリュック一つでやってきた。丸眼鏡のおじさんは自分が二週間か三週間程で帰ると思っていたらしい。親と二か月で帰る約束をしたけども、二、三年はここに住みたいと伝えると、驚きながらも了承してくれた。
自分が今寝泊まりしている日本の家で、色んな人と出会い、お世話になった。 元やくざの健さん、隣町のHalleに住む瞬発力のお兄ちゃん、難民のカタモト、ゲイで料理人のTinoと優しくて神経が細いEisi、同じく難民で妹と一緒に逃げてきたザラー。 色んな人にお世話になって、色んな人にたくさんの経験を与えてもらって、生かされている。 ドイツで生きてみようと思い、はや九か月。しっかり自分の庭のように街を歩いているのにも関わらず、ふと自分が踏みしめている地が一体どこなのかを考えさせられる。