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【短編小説】12/11『山に棲むモノ』
山にはいろんなモノが棲んでいる。タヌキに鹿、サルや野兎、たまに熊。
それから天狗に神様。妖精、妖怪……。
実体のない存在を見ることができるのは、一部の【能力者】だけだった。つい先日までは。
音が聞こえたと皆が言う。突然【バツン】と、なにかが切れたような音。そして、一瞬の暗闇のあと、見える世界が違っていた――と。
この世とあの世の境界線をなくしてしまったかのような光景は、国民の大半を驚かせた。
博識だという触れ込みの霊能力者が言う。
『おそらく、どこかの結界が破られたのだと思います。私たちにも見えていなかった存在まで、見えるようになってしまったので』
特集を組まれた番組は対象地域にある街頭の大型ビジョンでも放映されて、道行く人はそれを見つめていた。生きている人も、そうでない人も。
結局真実は自分の足で探さなければならないのか――。
諦めに似た感情を引きずりながら、馴染みの山にやってきた。
登山する人にイタズラを仕掛けるのが好きな天狗は少々不服そうだったけれど、真の能力者を試すときがきたと嬉しそうでもある。
『おヌシはハナから見破りよったもんなぁ』
「それはまぁ……あからさまにおかしかったですもん」
『普通は登山でそんなに見る余裕なんぞないもんだがの』
「高校から山岳部で鍛えていたので……」
天狗がフォッフォッフォと笑った。
『ワシらもまだまだ修行が必要だのぅ』
天狗は翼を広げ、バサッと羽ばたかせた。そのまま空へ飛んでいく。
『気をつけて登るのだぞ』
「はい、ありがとうございます」
俺の返答を聞くと満足そうに頷いて、空高くへ消えていった。
「俺も行くか……」
山腹にある神社の敷地から出て、山頂を目指す。
独自に修行して元々持っていた霊能力を鍛えたから“見えるほう”だけど、いまのこの地域は異常だ。
龍が空を舞い、麒麟が地を駆ける。それを万人が見て取れる。そんな土地ができてしまった。
ネットで横行している噂の中に本当が混ざっているなら、この山のどこかに結界となる社か祠が存在するはずなのだ。それを顔なじみの天狗に聞いてみようと思ったのだが、うまくはぐらかされてしまった。
ここにはない。もしくは、自力で探せ、ということだろう。
「自力ったってなぁ……」
山の中の“人目に付かぬ小さな目印”など、広大な砂漠に落ちた星の砂を探すようなもの。人間の足ではそうそう見つけられない。
それに――見つけて、見つかったとして、俺はそれをどうするつもりなのだ……。
たかが人間にできることなどありもしない、そんな大規模な事故なのだ、この現象は。
ただ、中には大層喜んでいる人がいるという。
いわゆるオカルト好きだが見る能力を持っていない人や、物好きな物見遊山客が【見える地域】に集まってきてるんだとか。
観光地となった近辺の商店では、ここぞとばかりに【見える地域】に因んだデザインの土産物が大量に売られ、観光客にはそれが人気となっている様子。この国らしい順応方法だ。
フレンドリーな妖精や妖怪などは案内役を買って出ているそうだが、なかには良くない存在もいるから油断は禁物だ。
いつか起こらなくて済んでいた事件や事故が起きるんじゃないかとハラハラしている俺のような人も中にはいるだろうに……一長一短ってこういうときに使うのかな。
はぁ。
登山で溜まってきた疲労を吐き出すように息をする。山頂まではあと少し。山全体を見ることができれば、なにかしらの歪(ひず)みを見つけることができるだろうけど……見つけてどうするのだろう。解けてしまった結界を結び直すような力は持っていないのに。
俺もまた、興味本位で原因を探っているだけなのかもしれない。
もうすこしで山頂へたどり着く。
山頂にある神社に祀られている神様はなにか事情を知っているだろうか。
もう少し、あと少しと何度も自分を励ましながら、一歩を踏み出す。
視界が晴れたら、解かれた結界の場所と共に、自分がなにをしたいのかも見つけられるかもしれないと期待しながら。