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【短編小説】12/16『霊界スマートフォン』

 身に覚えのない荷物が届いた。
 お届け先欄には俺んちの住所と氏名、荷送人欄の住所には【天界】と書かれている。
 怪しい。怪しいけれど開けずにはいられない魅力がある。
 開封して箱を開けたら、エアパッキンの上に置かれた返送用の伝票が目に入った。【※通話終了後に自動で送り先が記載されるので、なにも書かずにお待ちください。】というメッセージが書かれた付箋が貼られている。
 通話終了後ってなんだ?
 伝票を横に避け、緩衝材を開くと中に一台のスマートフォンが入っていた。
 買った覚えも交換依頼した覚えもないけれど……なんだこれ。
 ほかに何か入っていないか確認しようと手に取ったら、スマホが鳴った。電話の着信画面が表示されている。発信元は……
「おばあちゃん?」
 見覚えのある祖母の氏名が表示されている。けど、おばあちゃんは数年前に亡くなっている……。
「……はい」
 恐る恐る応答したら、電話の向こうから聞き覚えのある声がした。
『あらぁ~! ホントにコウちゃんだ!』
「おばあちゃん? え、なんで?」
 恐怖よりも先に疑問が出たのは、祖母が化けて出るようなタイプの人じゃないからだ。
『電話届いたのね! 良かった』
「届いたけど……え? どういうこと?」
『それねぇ、“霊界すまーとほん”っていうやつなんですって。鬼籍に入った人と生きてる人とが電話できちゃうの』
「そんなのあんの」
『そうなの、あんのよ。おばあちゃんもこっちに来て知ったんだけどね?』
 祖母は生前同様、カラリと明るい口調で続ける。
『誰と話そうかなぁって考えたんだけど、コウちゃんが一番しっかりしてるかな? と思って』
「はぁ」
 あまりのことに素っ気ない返答しか出てこない。
『おばあちゃん事故で突然、だったでしょ? みんなに伝えそびれたことたくさんあったから、コウちゃんにお願いして伝えてもらおうと思って』
「え、それはいいけど、なんで俺?」
『おじいさんじゃ伝達ミスしそうだし、あんたのお父さんお母さんじゃ泣いちゃって話にならないだろうし、えっちゃんはまだ子供じゃない?』
「そうだねぇ」
『コウちゃんだったらちゃんとみんなに伝えてくれるかなーと思って』
「責任重大。メモするからちょっと待ってて」
『うん、ありがとう』
 そうして、おばあちゃんから聞いた宛名とメッセージを書いていく。いまは箇条書きだけど、あとで文章に直すつもり。
 伊達に小説家目指して勉強してるわけじゃない。
『ふぅ。これで全員かな?』
「そうだね、じいちゃんと父さん母さんと親戚たちと……」
『じゃあ最後に、コウちゃんへ』
「え。あ、うん」
 忘れてた、とは言えなかった。
『コウちゃんはしっかりしてるからって色々任されちゃうと思うのよね。おばあちゃんもお願いしちゃってるけどさ』
「うん……」
『元からちゃんとしてるんだから、しっかりしなきゃ、って思いすぎて、抱え込みすぎないようにね』
「うん」
『ここだけの話、コウちゃんとはオタクな話ができるから、おばあちゃんいっつも楽しみにしてたのよ。相手してくれてありがとね』
「……うん」
 泣きそうになるのをこらえながら、おばあちゃんの最期の伝言を聞く。
『おばあちゃん、こっちでも元気にやってるから心配しないでって、みんなにも伝えておいて』
「わかった」
 これでおばあちゃんとは永遠に話せなくなっちゃうんだって思ったら悲しくて……
『じゃあ次は三年後かな』
「……はい?」
 零れそうになった涙が引っ込んだ。
『いま予約がいっぱいで三年待ちなんですって。三年後に予約入れておいたから、そのときはビデオ通話とかしちゃおうかしらね』
「え、あー、そうなんだ」
『うん。だからみんなも三年間、元気でね!』
「おばあちゃんも」
『ありがと! じゃあね!』
「はい、また」
 生前と同じように挨拶をして通話を終えた。
「三年」
 あの世の三年って、この世の三年と同じなのだろうか。聞くの忘れた。
 おばあちゃんからの伝言をメモした紙を見つめて、どう伝えようか考える。
 果たしてみんな、信じるだろうか。
 あぁ、生前おばあちゃんから聞いてたこととして手紙にして送ればいいか。
 そういえば、と気づいて傍らに置いてあった伝票を見たら、荷送人欄の住所は変わらず、お届け先欄に次の発送先が記載されていた。どこか遠い国の言語のようだ。
 スマホを箱に戻して梱包し、伝票を箱に貼る。
 箱はふわりと浮いて窓をコツコツ叩いた。
 カーテンと窓を開けると、箱はそのまま夜空へ消えていった。きっと次の住所に飛んでいくのだろう。
 机の引き出しに入れてあった便せんと封筒を取り出し、おばあちゃんから聞いた伝言をしたため始めた。
 ちょっと脚色は入るけど、みんな疑わないでくれるだろう。俺の一族は、案外単純な人ばかりだから。

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