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【短編小説】11/5『えにし』
パァン!
どこかで大きな破裂音がした。私はそれをキッカケにした。
目の前で音の出所を探す彼に頭を下げ、口を開く。
「ごめんなさい」
「えっ」
「そういうの、私あの、ちょっと……ごめんなさい」
もう一度頭を下げて背を向け、走り出す。逃げたのだ。
悪いのは私。そう思いたくて、思われたくて、考えうる対応の中で一番“嫌な奴”になった。そうすることで、すべてが終わると思った。
走り続けて、彼が追ってこないことを確認してから立ち止まった。大きく深呼吸して息を整える。
ズルいな、私は。
人見知りで消極的で魅力なんてなくて。だからなんで告白されたのかも、了承したあとどうしていいかもわかんない。だから……やだ、涙出てきた。
ポケットからハンカチを取り出して目元を拭った。
私と同じようにトボトボ歩き、自転車を手で押す女性とすれ違う。
この人もなにか落ち込むようなことがあったんだろうか。
明日、学校で会ったらどうしよう。最近よく話しかけてくれてたけど、まさか好意を持ってくれてたなんて……。
私なんかに彼みたいな人はもったいないから、だから……。
明日からまた一人で休み時間を過ごすんだと思ったら、気分が暗くなった。
「はぁ……」
ため息と一緒に心の重りも出ていけばいいのに。
* * *
パァン!
どこかで大きな破裂音がした。
思わず気を取られて周囲を見回していたら、目の前で声が聞こえた。
「ごめんなさい」
「えっ」
驚いて視線を戻したら、彼女が頭を下げていた。
「そういうの、私あの、ちょっと……ごめんなさい」
彼女はもう一度頭を下げて背を向け、走り出した。
あまりの展開にあとを追うこともできず、その場に立ち尽くす。
あの音がキッカケになったのは間違いない。あれがなければ告白は成功してた? いや、告白した瞬間から表情曇ってたし……どの道ダメだったんだろうな……。
せめて理由が知りたい。そしたら諦める理由もできたのに。
明日学校で会ったら、いつもと同じく声をかけていいのだろうか、と悩んでいる時点でまだ彼女が好きなのだと気づく。
「はぁ……」
告白する前の関係に戻すことができるだろうか。いまはそれだけが気掛かりだ。
* * *
パァン‼︎
すぐ近くから大きな破裂音がして、流れる景色の速度が落ちる。
乗っている自転車が止まった。前輪のタイヤが破裂したのだ。
「マジか」
数日前から走行中にガタゴトするなーとは思ってたんだけど、やっぱ空気入れすぎたか。
タイヤを確認した時に謎の出っ張りがあったことを思い出しつつ自転車から降りた。
もうだいぶガタが来てたし潮時かなぁ。にしても音響いたなー。けっこう遠くまで届いてそう。この音がキッカケで誰かの人生が動いたりして。ははっ。
心の中で笑いながら、タイヤ交換か自転車買い替え費用が発生することに心が重くなった。
「はぁ……」
自業自得とはいえ、メンテナンスを怠った自分にウンザリした。
* * *
三人が同時に吐いた息は、青い空に溶けていった。
* * *
自転車を押しながら歩く春子が落とし物に気づく。
自転車のスタンドを立ち上げて、小さな手帳を拾い上げた。中身を確認すると、最終ページに学年とクラス、氏名が書かれていたが連絡先までは書かれていない。表紙には校章が箔押しされているが……
「ん」
手帳と同じ校章が印刷されたバッグを持った男子がトボトボと歩いてくるのが見えた。
「あのぅ」
「はい」
「この手帳って、あなたが通ってる学校のものでしょうか」
「え……あ、はい、そうですね。うちのです」
「そこで拾ったんですけど、預けてもいいですか?」
「あ、はい……わかりました」
和明は少々面倒だと思いつつ、手帳を預かった。
会釈して別れ、中身を確認する。
「えっ……」
中を確認し、礼を言おうと振り返るが、春子の姿は和明から見えなくなっていた。
翌日、和明は昼休みを待って茜を呼び出した。昨日の告白のことで困惑しているようだが、言わずにはいられない。
「これ、昨日落とさなかった?」
「え?」
茜が制服のポケットを探る。入れてあったはずの手帳がない。
「ごめん、中、見ちゃった」
「えっ……!」
後退りする茜を、和明が制す。
「待って。これ、俺、少し希望を持ってもいいのかな」
中に挟まれていたのは、二人で撮った証明写真だった。
「……気持ち、悪くないんですか」
「悪いわけないよ。むしろ嬉しい。だって、いまも好きだから、キミのこと」
少し黙って、和明が続けた。
「……少しずつでいいから、一緒の時間、増やしませんか」
「……はい」
昨日の帰り道に流れたのとは違う涙。
嬉しくても泣けるって、本当にあるんだ。
茜はそんなことを思いながら、笑顔のまま泣いた。