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選択バイアスと生存者バイアス

嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか


普段プロ野球は全然見ないのですが、この本は面白かったです。中でも印象的だったのが、いわゆる選択バイアスとか生存者バイアスに関係するようなエピソードでした。

(ネタバレになるので、本書を読みたい人は先に読んでからこの記事を読んでください)

2010年のシーズンから、6年連続でゴールデングラブ賞を受賞していたセカンドの名手荒木雅弘が、「お前らボールで目を追うようになった。」という落合監督の言葉とともに、ショートの井端弘和とポジションをコンバートされた、というエピソードです。コンバートされた2010年はリーグで2番目に多い20エラーを記録。それでも落合監督は理由も説明しないし、評論家やメディアは落合監督への批判を強めた。ただその年、ショートがそれだけのエラーをしたにもかかわらず守備は崩壊せず、4年ぶりのリーグ優勝を果たしました。

本書で落合監督の意図が説明されています。

「例えば、なんで俺が荒木と井端を入れ替えたのか。みんな、わからないって言っていたよな?」
落合は私の胸の内を見透かしたように、問わず語りを続けた。
「俺から見れば、あいつら足でボールを追わなくなったんだ。今までなら届いていた打球を目で判断して、途中で諦めるようになったんだ」
(中略)
だが落合が見ていたのはボールをとった後ではなく、その前だった。前年の二十失策と今年の十六失策の裏で、これまでなら外野へ抜けていたはずの打球を荒木が何本阻止したか・・・。記録には記されず、それゆえ目に見えないはずのその数字が落合には見えていたのだ。失策数の増加に反して、チームが優勝するという謎の答えがそこにあった。
つまり落合が見抜いたのは、井端和宏の足の衰えだったのだ。

これはなかなか恐ろしい気づきです。起きたことは記録されるけれども、起きなかったことは記録されない。

選択バイアスというのは、統計でよく出てきます。アンケート調査をするときに、1000人ぐらいに電話をかけたりして調査をするんですが、その1000人はランダムに選ばないといけません。そうしないと何が起きるかというと、例えば固定電話の番号をランダムに選んで電話して聞くとすると、固定電話を持っていない人たちは調査に選ばれません。最近は特に若い世代で携帯電話しか持っていない人も多いので、若い世代の意見がアンケート結果に反映されず、推定した結果が誤っている、誤差が大きい、という問題が起きます。これが選択バイアスです。

生存者バイアスというのも、選択バイアスの一種です。例えば成功したビジネスマンに成功の秘訣を聞きまくって、「いやー、根性ですよ」みたいな回答がたくさん得られたとします。そこから「なるほど、ビジネスで成功するには根性ですね」と結論づけてしまうのは間違いです。なぜなら成功した人の裏には失敗した人も数多くいて、その人たちの意見は全く反映されていないからです。失敗した人たちも「ビジネスには根性ですね」と考えていたとすると、根性では失敗した人も多く、結局成功することの秘訣とは言えないですね、という具合です。これが生存者バイアスです。平たくいうとビジネス書のタイトルがだいたい生存者バイアスです。「○○するには○○しなさい」「○○は○○が9割」みたいなのは、一人の成功した人がこれまでにやってきたことを語っているだけなので、生存者バイアスの可能性が高いです。

生存者バイアスの有名な例で、Wikiにも書いてある第二次世界大戦中の爆撃機の分析があります。撃ち落とされずに基地に戻ってこれた爆撃機の被弾跡から、爆撃機のどの場所を強化すればより爆撃機が撃ち落とされずに戻ってこれるようになるか、という分析です。当初は戻ってきた爆撃機の被弾場所から、そこを強化したら帰還できる率が上がるのでは、と考えていたそうなのですが、逆に被弾されていない場所の強化が必要だ、という提案をコロンビア大学の統計リサーチグループがしたそうです。なぜなら被弾されたところというのは、被弾されてもなお帰還できたということだから、そこを強化しても仕方がなくて、戻ってこれなかった爆撃機はどこを撃たれたかというと、帰還できた爆撃機が被弾しなかった場所だ、という推測が立てられるからです。

普段はデータをとっていろいろな指標をモニタリングしているのですが、ひょっとして同じような選択バイアス、生存者バイアスのかかった指標を見ていないか、正しいモニタリング指標を追えているか、気をつけないといけないと思いました。

落合監督は生存者バイアスなんていう言葉は知らなかったと思いますが、自然と同じ思考法が身についていたようです。プロ野球監督の話から思いがけず統計のよくある間違いが出てきて、この人面白いなー、と興味を持ち、オレ流チャンネルというYouTubeを見ています。

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