箸にまつわる思い出
前回、箸置きについて書きましたが、今回は、箸にまつわる思い出などを綴ります。
1.象牙に化けたマイ箸
僕は、25歳の夏でお肉を食べるのをやめましたが、同じ頃に始めたのが、外食でマイ箸を使うことです。
※お肉を食べるのをやめた詳しい経緯については、著書『亭主啓白』に書きました。
当時は、肉食に対する問題意識と共に環境保護にも関心があって、森林を伐採して防カビ剤や漂白剤を使用した、木の割り箸を使い捨てることに抵抗感がありました。
さて15年くらい前のこと。
勤めていた会社の出張で、一週間ほどハワイのオアフ島に行きました。
滞在先はワイキキのホテルで、朝食はホテルのレストランのバイキング形式で食事。
もちろんハワイにもマイ箸を持参していたので、朝食でも使っていました。
ある日のこと、食事を終えたトレーにマイ箸を置き忘れたことを、午後になって気付きました。
あわててレストランに取りに戻りましたが、ビュッフェはとっくに終わっています。
マネージャーらしき男性に不得手な英語で尋ねましたが、箸の忘れ物はないとのこと。
明日、朝食のキッチンスタッフに確認してみる、と親切に対応してくれました。
そして翌朝、レストランに行ってみると、昨日のマネージャーらしき男性が笑顔で近づいてきました。
彼の言うことには、やはり僕の箸は見当たらず、おそらく捨ててしまったとのこと。
そのお詫びとしてこれをプレゼントする、と差し出されたのが、ケースに入った中国製の箸でした。
中華料理店に行くと出てくる、あの白くて長い箸です。
ケースに20本入った新品でしたが、象のイラストがあり、明らかに象牙で作られています。
たかだか一膳の箸を失くしただけなのに、こんな貴重なものをいただいてしまうとは驚くばかりでしたが、せっかくの好意なので、日本に持ち帰りました。
しかしながら、ずっと使いそびれていて、未だに一度も使っていません。
2.マイ箸で奢られる
20代の頃、所属していた劇団の地方公演で、広島県のある街に行きました。
14時過ぎに宿に着くと翌朝まで自由時間となり、遅めの昼ご飯を食べに、初めて来た街の国道沿いを一人で散策しました。
ほどなく、昔ながらの定食屋のようなお店を見つけて中に入りました。
入り口から見て左側がテーブル席で、右側がカウンター席。
カウンターの奥が厨房となっていて、年配のおかみさんが一人で調理をしています。
そして店の奥にはソファー席があり、真っ昼間から、強面の男性が若い女性と二人で、お酒を飲みながらカラオケを歌っていました。
ここは広島、映画『仁義なき戦い』に登場しそうなお兄さんです。
他にお客は、一人もいません。
「まずい!まずい所に入ってしまった!」
と頭では思いながらも、引き返す勇気もなく、そっと気配を消すようにカウンター席に座り、うどんを注文しました。
おかみさんは無言で注文を聞くと、すぐにうどんを出してくれました。
持参したマイ箸を使ってこそこそと食べていると、いつの間にかあの男性が僕の真後ろに立って、こちらをのぞき込んでいます。
「にいちゃん、なんや、自分の箸持ってるんかい。」
と言われ、僕は内心ビビりながら、あわてて「あ、はい」とだけ答えました。
すると男性は、僕の肩を、力強くパーン!と叩いたのです。
「えらいなぁ~。おばちゃん、この子の分も付けといて。」
そうおかみさんに伝えると、男性はトイレに入っていきました。
驚いておかみさんを見ると、早く食べ終わるようにうながされて、僕は大急ぎでうどんをかき込み、お礼もいわずに足早に店を出ました。
マイ箸を持ち歩いていて、他人に食事を奢られたのは、後にも先にもこれ一度きりです。
おまけ.箸置きがない時の、箸の置き方
食べている最中に、箸を置こうとして箸置きがなければ、たいていの人は、茶碗や皿の上に置いているでしょう。
僕は、箸置きを使わないときは、テーブルの端に箸先を出すように置いて食べています。
この方法は、以前に西邨マユミさんから伺ったもので、「久司道夫先生の自宅で修行していた頃、アヴェリーヌ偕子夫人から教わった」のだそう。
和食のマナーとしてどう評価されるのかは分かりませんが、茶碗の上に無造作に置くよりは見た目が良いかと思っています。
でも、この置き方をしている人を、他所で見たことは一度もありません。