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納骨
沖縄の葬儀屋から聞いた話。
沖縄では通夜を行わないことも多いが、今回の家では通夜があった。その晩、葬儀屋のYさんは家の外で駐車場の案内をしていた。ふと視線を上げると、向かいの電信柱の影から、誰かが半身だけ覗かせてこちらを見ている。
年配の男性で、手元にはうっすら煙が見えた。タバコを吸っているのだろうか。弔問客のひとりかもしれない。気にはなったが、Yさんは仕事を続けた。
だが、ふと気がついた。
「あれ? どこかで見た顔だな……」
胸騒ぎがして、家の中に飾られた遺影を思い出す。
似ている。
いや、似ているどころではない。ほとんど同じ顔だった。
しかし、そんなはずはない。故人の兄弟や親族かもしれないと自分に言い聞かせた。それでも奇妙だったのは、その男が一向に家へ入ろうとしないことだ。普通なら線香をあげに来るはずなのに、電信柱の後ろから半身を出したまま、じっとこちらを見ている。
次第に気味が悪くなり、意識から追い出すようにしてYさんは仕事に集中した。
しばらくして、家の台所へお茶出しの手伝いに入ると、親族らしき人々が忙しそうに動いていた。台所の中央には四人掛けのダイニングテーブルがあり、その椅子に、さっきの電信柱の男が座ってタバコを吸っていた。
「あぁ、やっぱり親族だったのか」とYさんは一瞬安堵した。
だが、何かがおかしい。
忙しく動き回る家族たちは、誰ひとりとして彼に注意を払っていない。
明らかに邪魔な場所に座っているのに、誰も声をかけない。まるで、そこに誰もいないかのように。
Yさんはぞわりとした。
それでも仕事を終え、その日は無事に終わった。
翌日の告別式。
Yさんは会場の外で、再びあの男を見かけた。
やはりタバコを吸っている。しかし、昨日とは違い、ひどく不機嫌そうだった。顔をしかめ、何かに怒っているような表情をしている。
「やっぱり、遺影にそっくりだな……」
違和感を拭えぬまま、葬儀は進んでいった。
告別式の後、遺族と共にお墓へ向かう。
沖縄の墓は本土と異なり、「亀甲墓」と呼ばれる大きなものだ。読経の声が響く中、墓の扉を開け、骨壺を所定の位置に収める。そして、扉を閉めようとした瞬間——
年配の、親族であろうおばーが、突然叫んだ。
「インジランケー!インジランキヨー!ナーカンカイイチョーケー!」
(出てくるな! 出てくるなよ! 中に居ておけ!)
手を大きく振り、墓の中へ向かって必死に追い払うような仕草をしている。
Yさんは、突然の大声に驚き、その方向を思わず振り返った。
そこにいた。
首から下が真っ黒な人影が、墓の中から這い出ようとしていた。
その顔には、まるで紙のようにペラペラな遺影の写真が貼り付いていた。薄っぺらいそれにはシワが入り、その歪みが、まるで不気味な笑みを浮かべているように見えたのだ。
Yさんは凍りついた。
しかし、おばーが必死に叫び続けるうちに、その異形の存在はゆっくりと後ずさりを始めた。じりじりと墓の奥へと押し戻されるように、やがて闇の中へと消えていく。
最後にその薄っぺらい顔が歪んだ笑みを浮かべたまま、墓の闇に溶けるように消えた瞬間、おばーはふうっと大きく息を吐いた。
その出来事を目の当たりにしたYさんは、その後、葬儀屋の仕事を辞めた。新人で経験が浅かった彼にとって、この恐ろしい出来事はあまりにも衝撃的で、もう二度とあんな仕事はできないと思ったという。
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