めがね
ボクは自分が眼鏡で生活することを受け入れるのに時間がかかった。
視力の低下が始まったのはおそらく中学1年頃。ベッドに潜って買ってもらったばかりのiPhone 4Sを触りまくっていた時からか、pspに夢中に取り組んでいた時か、そのあたりからボクの視力の低下は始まった。
眼鏡でいることは嫌だった。フレームにもよるが、眼鏡があるとないとでは人の印象はガラリと変わる。ボクは眼鏡がない顔の方がいいと思う節があって、掛けるのが嫌だった。とは言っても視力は0.1ほどなので、部活の先輩にすれ違ったことに気づかずに、後で呼び出されなんで無視するのって怒られたこともある。
それでもボクは眼鏡をかけ続けることは嫌だったのだ。
中学2年から今日に至るまでずっとコンタクトである。病気の時や、目に炎症が起こった時以外はほぼ365日コンタクトをつけている。便利に時代に生まれてしまった。小さなレンズで、世界が変わる。初めてコンタクトをつけて、くっきり外を見た時の感動はなかなかのものだった。管理が悪くて、目を痛めたことも何回かあったけど、コンタクトは、なんだかんだボクの最愛の目のパートナーとして今も居続けてくれている。
時はたって、ボクももう22になった。今も主パートナーコンタクト、夜は眼鏡の組み合わせだ。日常生活なんて眼鏡でも全然いいのだが、主はコンタクトである。メリットは、目が大きくなる気がするのと、やっぱり眼鏡していない自分の顔の方が好きなことだ。好きな方で過ごした方が、いろいろ自分に良さそうだ。好きに勝ることはない。
それどころか今日では、眼鏡もいいやんとかいう思いもあるが2021年眼鏡が曇ることが多すぎる。曇りは、眼鏡人類にとって結構な害だと思う。曇り止めを使えばいいんだけど、毎日塗るのめんどくさい。めんどくさには抗えない。
最近は寒い冬が続く。ボクの日課は夜のいっぱいの紅茶になっている。ポットでお湯を沸かして、紅茶を入れる。
完成。そして一口飲もうとしたその時、視界が透明になった。やっぱりまだボクは眼鏡が好きにはなれない。