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「君がいなくなって」
20分程度の短編想定シナリオです。
1◯ 黒画面
廊下を歩く音。
靴を履く音。
要 「忘れ物、無い?」
菜 摘「うん、たぶん。いや、絶対」
カバンを持つ音。
菜 摘「じゃ、さよなら」
扉を開ける音。
扉を閉める音。
無音。
タイトル。
2◯ 要の部屋・玄関
閉まった扉を見つめる要。
扉の鍵を閉めようと手をかけるが、かけずに手を離す。
3◯ 同・外
扉が開き静かに外に出てくる要。
階下を恐る恐る覗く。
引越し用のトラックが走り出し、菜摘がタクシーに乗り込もうとしている。
じっと見ている要。
菜摘は振り返ることはなくタクシーに乗り込み走り出す。
走り出した瞬間、部屋に飛び戻る要。
施錠した音。
4◯ 同・リビング
部屋に戻ってきた要。
部屋を見回し一つ息を吐く。
その場でアキレス腱を伸ばしたり、腕を大きく左右に振る運動をしてみたり、シャドーピッチングをしてみたりする。
大きく動くのをやめてまた一つ息を吐く。
部屋の角のすっぽり空いたスペースを見る。
要(声)「バランスボールなんて買ってどうすんの?邪魔になるだけだよ?」
菜摘(声)「いいでしょ安かったんだから。体幹が鍛えられてシェイプアップできるんだって。要も私がスタイルいい方が嬉しいでしょ?」
目を逸す要。
テレビのスイッチを入れてキッチンへ向かう。
5◯ 同・キッチン
ケトルに水を入れスイッチを押す。
コーヒーの粉を棚から出して、食器棚を開く。
そこには同じカップが二つ。
それを少し見つめて片方を取り出し閉める。
カップにコーヒーの粉を入れてから、食器棚に戻り開いてもう一つのコーヒーカップを一番上の段に置き直す。
6◯ 同・リビング
コーヒーカップを持ってソファーに座る要。
リモコンを触りサブスクの動画サービスを開く。
が、会員登録が外されている。
要 「…あ、パスワード…あぁ」
天を仰ぐ要。
テレビの電源を切りリモコンを投げ捨てる。
ソファーに横になる要。
ソファーの肘掛けの破れている部分が目に入る。
菜摘(声)「もう!そこ弄らないでって言ったじゃん!破れてきてるよ、もう」
要(声)「ああ、ごめん、つい」
菜摘(声)「きっと要の左手が悪いんだ。私がそっち座る」
要(声)「そしたらなっちゃんの膝が破れるよ。こんなふうに触るから。ほれ、ほれ」
菜摘(声)「ちょっとやめて!こそばいよ!」
要、頭を掻きむしり座り直す。
ボサボサ頭の要、コーヒーを一気に飲み干す。苦そうな顔。
菜摘(声)「ブラック飲めないなんておこちゃまだねぇ」
要、大きくため息を吐く。
部屋を見回す。
スカスカになった本棚。
要(声)「また漫画買ってきたの?好きだねぇ」
菜摘(声)「面白いから要も読んでみなって」
大きめの観葉植物。
菜摘(声)「毎日水あげるの忘れないように。特に私が忘れてるときに忘れないで」
壁の色が少し違う明らかにポスターが貼ってあったであろう壁。
菜摘(声)「うん、サイズぴったり!これで部屋に足りなかったイケメン要素が満たされる」
要(声)「ちょっと、俺俺」
菜摘(声)「あ、大丈夫でーす。あはは」
キッチン横の棚の上に置いてあるタバコの箱。
要(声)「なんでそんな目に入るとこに置いとくんだよ?」
菜摘(声)「見ないようにって意識しないようにする禁煙より、目につくところに置いて意識する禁煙の方が効果的なんだって」
要(声)「へーそうなの。詳しいね」
菜摘(声)「知らない。私の理屈」
要(声)「なんだよそれ」
立ち上がりタバコの箱を手に取る。
7◯ 同・ベランダ
ベランダに出てくる要。
腹が立つほどの快晴。
タバコの箱を開けると紙が入っている。
開くと『禁煙中でしょ!一本でも減ってたら私出ていくからね!』と書いてある。
要 「…吸わなくても出ていったじゃねえか」
一本取り出し火をつけ吸い始めるが、めちゃくちゃ咽せる。
ため息をつきながら遠くを見つめる。
菜摘(声)「アレぇ?不動産屋さん、天気いい日は富士山見えるって言ってたのになぁ」
要(声)「別にいいじゃん、富士山見えたって、富士山見えたねぇ、そうだねぇ、で終わるんだから」
菜摘(声)「またそういう情緒がないこと言う。富士山って日本一の山なんだよ?すなわち、ベランダから富士山が見えるってことは、そんなベランダのある家に住んでる私たちも日本一ってことになるんだよ。分かる?」
要(声)「さっぱり分からん…痛っ!肩パンするなよ!」
思い出しながら少し微笑む要だったが、そんな自分に嫌気が差しまたタバコを吸う。そしてめちゃくちゃ咽せる。
8◯ 同・リビング
戻ってきた要。
まだ数本残っているタバコを箱ごとゴミ箱に投げ捨てる。
ゴミ箱の中にあるコップの破片が目に入る。
コップの割れる音。
菜摘(声)「そんな言い方ないじゃない!私だって…私だって…」
要(声)「そんなに興奮すんなって。何怒ってんの?」
菜摘(声)「…もういい。もういいよ」
要、痛々しい顔をして、まだまだ入るゴミ袋をまとめ始める。
9◯ マンション・ゴミ捨て場
ゴミ袋を投げ捨てる要。
マンションの中へ戻ろうとするが立ち止まる。
要 「…腹減った」
10◯ 商店街
賑わっている商店街を部屋着姿のまま歩く要。
中華料理屋の前で立ち止まる。
菜摘(声)「ほんと、ここの麻婆茄子は世界一だよね」
要(声)「麻婆茄子ってとこがいいよね」
菜摘(声)「そう!麻婆茄子なのがいいの」
入らずに去っていく。
× × ×
ラーメン屋の前で立ち止まる。
菜摘(声)「あそこのラーメン屋分かる?あの商店街にあるさ。めちゃくちゃ不味かったよ。どうやったらあんなに不味く作れるのってくらい」
ラーメン屋に入る要。
11◯ ラーメン屋
店 員「はい、ラーメンお待ち」
要の前にラーメンが置かれる。
蓮華でスープを飲む。
首を傾げる。
麺を食べる。
首を傾げる。
それを繰り返す要。
それを見ている店員。
× × ×
レジで会計をしている。
店 員「740円になります」
要、千円を払う。
店 員「260円のお返しです」
要 「あんなに言われるほどではなかったです」
店 員「はい?」
要 「あ、こっちの話です。すいません」
店 員「…ありがとうございました」
店を出る要。
12◯ 映画館前
いくつか貼ってあるポスターを見ている要。
恋愛映画とSF映画と可愛らしいアニメ映画のポスター。
菜摘(声)「やっぱり映画館の大画面で映画観るならSF映画でしょ」
不機嫌そうに映画館に入っていく要。
13◯ 映画館ロビー
受付でチケットを買う要。
要 「(上映作品一覧の恋愛映画を指さし)これを一枚」
受 付「かしこまりました。『ずっとそばにいるよ』14時30分の回ですね?」
要 「ずっ…やっぱりやめときます…あ、このアニメのやつは」
受 付「はい…『劇場版シャイニングフラワープリンセス』14時45分の回でよろしかったですか?」
要 「…やっぱり、SF…いや、さっきの、その、ずっとなんたら、ってやつで」
14◯ 劇場内
一番後ろの席の真ん中に座っている要。
一人としては大きめのポップコーンを食べている。
菜摘(声)「映画館は大きいスクリーンで見るんだから、より大きく見える前の方の席がいいの」
要(声)「いいや、視界で全部が収まらないと画面の端っこを見落としちゃうかもしれないから、後ろの方がいい」
菜摘(声)「じゃあ別々に座ろっか。どうせ観てる最中は会話なんてしないしね」
要(声)「不貞腐れるなよ。いいよ前の方で」
菜摘(声)「その、いいよ、ってのが気に入らないの!」
要 「…めんどくさいなぁ」
客席が暗転し上映が始まる。
15◯ スクリーン
男女が街角でぶつかり落としたお互いの荷物を拾いあっている。
16◯ 劇場内
つまらなそうにポップコーンを食べながら見ている要。
17◯ スクリーン
男女が楽しそうにドライブデートを楽しんでいる。
18◯ スクリーン
どこか懐かしむような顔で見ながらポップコーンに手を突っ込んでいる要。
19◯ スクリーン
女性が男性をビンタし去ろうとするが男性が腕を掴み引き寄せて抱きしめる。
20◯ 劇場内
少し前のめりになりながら映画に夢中になっている要。
21◯ スクリーン
夕日をバックに男女が見つめ合いながらキスをする。
「fin」と字幕が出てエンドロールが流れ始める。
22◯ 劇場内
明点する客席。
大泣きしてた要、泣いてたのが他の客にバレないように誤魔化すような仕草。
23◯ 映画館ロビー
余ったポップコーンをどうするか思案しながら歩いてくる要。
ふと受付を見ると映画のパンフレットが売っている。
菜摘(声)「ねぇねぇパンフレット買おうよ」
要(声)「どうせ買っても帰ってからペラペラめくって終わりなんだから勿体ないよ」
菜摘(声)「それがいいんじゃん!わかってないなぁ」
少し考えてから受付に向かう。
24◯ 公園(夕方)
人気の少ない公園のベンチに座ってパンフレットを読んでいる要。
読むというよりはペラペラめくっているだけ。最後のページまで見終わり隣に置く。
ポップコーンを食べながら公園で遊ぶ子供達を見る。
菜摘(声)「要は子供は何人くらい欲しい?」
要(声)「え…1人か2人かなぁ」
菜摘(声)「え、少ないでしょ!私は野球チームできるくらい欲しいなぁ」
要(声)「別にいいですけど、産むのあなたですよ?」
菜摘(声)「え〜2人くらいは要が産んでよ〜」
足元を見ると鳩が9匹寄ってきている。
ポップコーンを与える。
要 「(鳩を数える)…野球できるね、君ら」
5時のチャイムが鳴り公園の子供達がどんどん帰っていく。
公園に一人になる要。
二つ並んでいるブランコを見る。片方だけがさっきまで子供が使っていたのか、揺れている。
要、移動して止まっている方のブランコに座る。
隣の揺れているブランコを見つめる。
揺れているブランコもやがて止まる。
止まった様子を寂しげに見つめる。
スマホを取り出し菜摘の連絡先を見る。
少し考えるが、菜摘に電話をかける。
アナウンス「おかけになった電話番号への通話は、お繋ぎできません」
分かってはいたが、動揺して目が泳ぐ。
要 「…もしもし。俺。どう、引っ越し落ち着いた?次の部屋どう?ベランダから富士山見える?見えるといいな。俺?別に、寂しくなんかない。久々の一人暮らしだから、好きなもの買って、好きなもの食べて、好きな時間に風呂入って、好きな時間に寝れることが楽しみで楽しみでしょうがないよ」
鳩が寄ってくる。
ポップコーンを与える。
要 「…正直、この前別れるってなって、今朝君がいなくなるまで、全然平気だって思ってた。でも、君がいなくなって、まだたった数時間だけど…俺は駄目だなぁ。部屋とか街のそこら中で君の声が聞こえる。辛い…自分勝手でごめん。気付いてあげられなくてごめん。気の利いたこと何も言えなくてごめん。バランスボールなんてしなくたってスタイルいいよって言ってあげられなくてごめん。君の好きな漫画を一緒に読んであげなくてごめん。さっきタバコ吸っちゃってごめん。なんでも別にいいよすましちゃってごめん。映画見た余韻でパンフレットをペラペラめくる喜びに今頃気づいてごめん。子供たくさん欲しいって言ってあげられなくてごめん。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい…」
ポップコーンの箱を落とし両手で顔を覆う。
ポップコーンに鳩が集まる。
嗚咽して泣く要。
顔をあげる。
要 「…あのラーメン屋、君が言うほど悪くなかったよ。じゃ」
スマホをポケットにしまう。
少しだけブランコを漕ぐ。
25◯ 商店街(夕方)
パンフレットの入った手提げ袋を持って歩いてくる要。
『本日開店』という看板や幟が立っている弁当屋を見つける。
『本日開店』の文字を見つめる要。
× × ×
弁当屋から出てくる要。
弁当の手提げ袋を持っている。
店 主「ありがとうございました!今後ともご贔屓に!」
振り返り会釈する要。
前を向き歩き始める。
26◯ 要の部屋・リビング
電気をつけて入ってくる要。
弁当をテーブルに置く。
袋の中に紙を見つける。
紙を見ながらベランダに出る。
27◯ 同・ベランダ
紙を見ながらベランダに佇む要。
紙には手書きで『今日が素敵な一日で終わりますように』と買いてある。
微笑みながら外の景色に目をやる。
要 「…あ、富士山」
END