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「料理本の読書会」連載13回目のテーマは、美味しんぼ談義

双子のライオン堂書店の店主、竹田信弥さんとライターの田中佳祐さんの2人による連載、「料理本の読書会」13回目です。今回は田中さんが大きな影響を受けたという漫画『美味しんぼ』を取り上げます。連載開始から約40年、単行本は111巻まで刊行されているというロングセラーで、食、料理を媒介に、社会や経済、そして私たちの食や自然環境などへの鋭い批評性もあり、時に物議を醸すこともあった作品。膨大すぎるエピソードと食知識の中から、2人が取り上げたものとは? それどんな食材? あのキャラか? など、それぞれの『美味しんぼ』知識を動員させながらお楽しみください。

全100巻越えのグルメ漫画の金字塔『美味しんぼ』


田中
 みなさん、こんにちは! レシピ本から調理の歴史の本まで、さまざまな料理本を紹介する「料理本の読書会」が始まりました。ライターの田中と双子のライオン堂書店の竹田の2人が、わいわい本と料理のお話をお届けします。
竹田 今日の読書会のために、田中さんから夏休みの宿題が出たので、ちゃんとやってきましたよ。
田中 まさか竹田さんが、この期に及んで『美味しんぼ』(作・雁屋 哲、画・花咲アキラ 小学館 1984年~)を全巻買って読んでいないなんて驚きました。
竹田 ちょっと読んだけど、全巻は買わないよ。100巻以上あるんだよ。
田中 そこで、今回は読書会のテーマにすることで強制的に読ませることにしたんです。
竹田 いや、連載を私物化するなんて、”東西新聞”の記者じゃん!
田中 あ! すっかり『美味しんぼ』のとりこじゃないですか!
竹田 推しは団社長です。
田中 読書会を始める前のちょっとしたポイントをお話しておきます。『美味しんぼ』には、料理に対する間違った知識や社会に対する偏った認識などが登場することがありますが、今回の読書会ではあくまでも「グルメ漫画」としての『美味しんぼ』について、その魅力を語っていこうというものです。
竹田 どんな書籍でも、「完璧な本」にはなり得ませんからね。料理好きの僕たちから見た『美味しんぼ』の面白いエピソードをお話しようというのが今回の趣旨です。
田中 それじゃあ始めましょう!

『美味しんぼ』(作・雁屋 哲、画・花咲アキラ 小学館)
『ビックコミックスピリッツ』にて1983年より連載開始、2014年より休載中。現在111巻まで発売。


確執のある美食家父子の料理対決を軸に展開するストーリー


田中
 アンパンマンのように、子どもの頃に一度は好きになる『美味しんぼ』ですから、みなさんご存じだと思いますが、念のためにあらすじを紹介しておきましょうかね。
竹田 それは田中さんだけだよ!
田中 物語の舞台は東西新聞社。文化部の新人記者の栗田ゆう子とぐうたらな先輩である山岡士郎は、社運を賭けた大きな企画「究極のメニュー」特集を任されるのです。実はぐーたら記者の山岡は、世界的な美食家である海原雄山の息子であり、一流の食の知識と料理の腕前を持っていたのです。しかし、雄山と士郎は犬猿の仲。次第に物語は、海原雄山が帝都新聞社で監修する「至高のメニュー」と山岡士郎の「究極のメニュー」の料理対決を中心に展開していきます。簡単に言えば、なんかトラブルが起こって、山岡が美味しい料理を出して、みんなで食べて万事解決!というのがお話のパターンです。
竹田 第一話は王道にして、痛快な始まり方でしたね。遠山の金さんスタイル。遊び人の山岡が、嫌味なオトナを最後にぎゃふんと言わせる。
田中 キャラクターもわかりやすくて読みやすいですよね。ツンデレの元祖とも言われる海原雄山がいい味出してる。彼のモデルは、北大路魯山人第9回目「魯山人の鮎」参照)です。魯山人は美食俱楽部という会員制の食堂で、自分の焼いた陶器を使って料理を出していたんですが、漫画にも美食倶楽部が出てきます。海原雄山が主宰しているという設定で、全く同じ名前の料理屋です。
竹田 ツンデレの元祖っていう海原雄山への認識、田中さんだけですよね?
田中 というわけで、あらすじも紹介したので『美味しんぼ』について詳しく語っていきましょう。

国際目玉焼き会議とは!? ~第7集「黄身と白身」~


田中
 じゃあ、みんなが好きな「IFEC」の話ですけど……。
竹田 常識みたいに言ってますけど『美味しんぼ』読んでない人にはわからないですから。「国際目玉焼き会議」のことね。ちなみにIFECは、International Fried Egg Conferenceの略称です。
田中 日本で世界中の目玉焼き好きが集まった会議が開かれて、焼き方や好みの食べ方について議論するという回です。
竹田 『美味しんぼ』はだれでも作れる料理の話も語ってくれるところがいいですよね。いろいろな目玉焼きの作り方をマネしたくなる。
田中 僕の料理のアイディアは『美味しんぼ』で基礎付けられているといっても過言ではないんです! 『美味しんぼ』で知り、今も続けている食べ方の1つに「カツオにマヨネーズ醤油をつけて食べる」っていうのがあります。
竹田 この回で、目玉焼きの好みを社員に聞き回っているとき、東西新聞の大原社主が「私はごくふつうの目玉焼きだよ。仕上げに七味唐辛子をたっぷりふりかけたやつだよ」っていうのがツボだった。
田中 ふつうじゃない! 竹田さんはどんな食べ方ですか?
竹田 やっぱり理想は、黄身が生焼けで、味付けは醤油ですね。
田中 僕はやっぱり、ハムエッグにして、半熟に仕上げた目玉焼きですね。ハムと半熟の目玉焼きをご飯に乗せて、ぐしゃぐしゃにかき混ぜて、醤油をタラリでいきたいね。
竹田 ハムはズルいじゃないですか! ルール違反ですよ!
田中 IFECで、ルール違反かジャッジしてもらいましょう。
竹田 ないよ! IFECは架空の団体です!


高級料理VSノビル ~第32集「お見舞いのキメ手」~


田中
 次は、みんなが大好きな『美味しんぼ』唯一の良心である、団社長の話をしましょうかね。竹田さんも推しって言ってました。
竹田 団社長は、山岡の恋のライバルなんですよね。幼いころに両親を亡くして苦しい生活をしていたのですが、自分で努力して会社を立ち上げて、財を成した努力家です。初期のエピソードではちょっと意地悪な面もありますが、恵まれない子どもたちのために支援をしたりと、本当にいい人なんです。
田中 山岡とは正反対の人物だと思います。僕が栗田さんだったら、絶対に団社長を選びます。
竹田 だけど、団社長の恋は実らないんですよね。
田中 入院した栗田さんに、2人がお見舞いに行くエピソードがあるんですけど、これも団社長がカッコイイお話です。
竹田 団社長は、自分の生涯をかけて努力して手に入れたお金を使って全力で栗田さんをはげまそうと、高級料理店のシェフをキッチンカーで連れてきて病室で美味しい料理を食べさせてあげるんですよね。
田中 一方、山岡は栗田さんに何も連絡せずに、夜に急に現れたと思ったらノビル(*1)を持ってくる。それは栗田さんと一緒に食べた思い出のノビルで、彼女はとても喜ぶんです。
竹田 そこで、団社長は自分の負けを認めてデートの約束を無かったことにする。
田中 彼の潔い心根を知れる良いエピソードです。
竹田 団社長は「美味しんぼ」の良心ですね。

*1 ノビル:野蒜。ユリ科ネギ属の多年草。長く伸びた葉をもつ形状はネギに似ているが、根本にタマネギ状で直径2cmほどの鱗茎(りんけい。地下茎の一種)があり、この鱗茎は食用とされる。らっきょうとにんにくの中間のような味とツンとくる香りが特徴。


アイスクリームを一刀両断? ~第7集「氷菓と恋」~


田中
 中松警部も個性的なキャラクターです。中でも「氷菓と恋」では、優しい一面が垣間見れます。
竹田 中松警部がアイスクリーム屋の店主の女性に恋をするんですが、そのお店のアイスが全然売れない。理由は美味しくないから。そこで中松警部は、流行っている他のアイスクリーム屋に行き、強引に美味しさの秘密を聞き出そうとする。
田中 めちゃくちゃ迷惑な客ですよ。もちろん、お店から追い出される。それで困った中松警部は山岡に相談します。すると山岡は、警部にアイスクリームを居合切りさせて、その断面の違いでアイスクリームの美味しさを説明する。
竹田 わざわざ居合切りを出してくるのが『美味しんぼ』の面白さですね。刀でアイスを切る必要があるのかなんて野暮なことは言ってはだめです。
田中 すっかり『美味しんぼ』にハマっているじゃないですか。
竹田 まわりくどさこそ『美味しんぼ』です。
田中 まわりくどいといえば「北海の幸」もそうです。海原雄山の美食倶楽部で働いている宮井くんが、昆布をゴキブリに食べられてクビになったところから始まります。
竹田 パワハラですね、海原雄山の。その日の営業も臨時休業にして、徹底的に掃除をさせます。漫画の中で居酒屋の店主も言ってますが、飲食店はどんなに清潔にしててもゴキブリやねずみとの闘いですからね。宮井くんをクビにする理由にはならない。
田中 クビになって元気のない宮井くんは、たまたま会った山岡にそのことを話す。山岡は、昆布にできた穴がゴキブリのせいじゃないことに気がつきます。ふつうの漫画ならここで説明して終わりですが、山岡は北海道の最北端の利尻島まで、みんなを引き連れて出かけるのです。
竹田 そんなに遠くまで行って、昆布の穴はウニが食べたものだということを教えるだけ。
田中 バブリーな時代ですね。
竹田 そもそも、海原雄山もすぐにそのことに気がついて、宮井くんを呼び戻してますからね。北海道に行く理由は全くない。
田中 このまわり道が『美味しんぼ』の最大の魅力です。

ジャズバーとサブカルとピーナッツ ~第8集「SALT PEANUTS」~


竹田
 ジャズバーの主人が出てくる回は、おしゃれでちょっと鬱陶しい回ですね。
田中 山岡が若い頃通っていたジャズバーが舞台の話です。ジャズの生演奏を聞いた山岡は、仲間とともに顔馴染みだったジャズバー「ソルトピーナッツ」へ。行ってみるとお店は閑散としていて、マスターも居眠りをしているありさま。話を聞くと、レコードをわざわざお店に聞きにくるお客も減ってしまい、お店を閉める決意をしているといいます。
竹田 僕もジャズバーで働いていたことがありますが、流行り廃りの波があるんですよね。この漫画の時代はちょうどCDプレイヤーが普及し始めた頃のようです。生演奏は盛り上がっているけど、レコードをかけるジャズバーは廃れてきている。僕が働いていたお店やその仲間のお店なんかは、アンティークで貴重なスピーカーを導入して、家ではなかなか再現できない音質を売りに、繁盛していました。
田中 この回は、お酒やジャズのウンチクがウザったいところがいいんですよね。山岡が「ストレート・ノウ・チェーサー」と言って、指を東急ハンズのマークの形にして、マスターにサインを送るところとか、恥ずかしくてできない。ダサカッコイイ。
竹田 あれ、やってみたいと思いました。でも実際にやる勇気はないです……。店員さんに「それ、なんですか?」とか聞かれたら恥ずかしい。
田中 会話の節々にジャズの曲名をあてて使うんですが、サブカル好きでも少し引いちゃうくらい。でも、そんな洒落くさいマスターは嫌いじゃない。小学生だった僕はこの話でチャーリー・パーカーなどジャズの神様のことを知りましたね。
竹田 ませた子ですね。
田中 内容の話をもう少ししておきますと、店の名物のソルトピーナッツがお店を救うことになります。
竹田 山岡が新聞社の同僚に記事で取り上げてもらおうとお願いすると、条件として偏屈な美食家を唸らせてくれと言われる。
田中 ”全ての高級食材を食べた”人ね。この漫画、偏屈な美食家ばかり出てくる。
竹田 この美食家は、自然の食材をそのまま食べることこそ真の美味であると言って、胡麻とか松の実とか煎った大豆とかをバリバリ食べる。
田中 そこで素朴なマスターのソルトピーナッツを勧める。自分が食べているピーナッツよりも美味しいピーナッツなんかない! と怒るけど……。
竹田 マスターのソルトピーナッツを食べたらあら不思議。こんなうまいピーナッツを作れるお店をやめてはいけない! と山岡の勝利となり、記事にしてもらえることに。
田中 さて、『美味しんぼ』のいろいろな回を紹介してきましたけど、まさに『美味しんぼ』は僕にとっての「MY FAVORITE THINGS私のお気に入り」ってことですね。
竹田 出た! ジャズのタイトル締め!


全巻読みたくなったら……


竹田
 そろそろみんな『美味しんぼ』を読みたくなってきたんじゃないですかね。
田中 日本の銭湯と中華屋と床屋に全巻あるからね。
竹田 全巻はないだろ! ゴルゴとかも置くんだから。
田中 きっと、スタンプラリーみたいに街のお店を巡ると『美味しんぼ』をコンプリートできますよ。
竹田 ちゃんと買えよ!
田中 あ! 言いましたね。それじゃあ、竹田さんにも全巻買ってもらうか!
竹田 ぐぬぬ(海原雄山風)。
 
(その後、田中に付き添われて、『美味しんぼ』を全巻買いに行く竹田であった)


文・構成・写真
:竹田信弥(双子のライオン堂)、田中佳祐
イラスト:ヤマグチナナコ


著者プロフィール:
竹田信弥(たけだ・しんや)

東京生まれ。双子のライオン堂の店主。文芸誌『しししし』編集長。NPO法人ハッピーブックプロジェクト代表理事。著書に『めんどくさい本屋』(本の種出版)、共著に『これからの本屋』(書肆汽水域)、『まだまだ知らない 夢の本屋ガイド』(朝日出版社)、『街灯りとしての本屋』(雷鳥社)など。最新刊は、田中さんとの共著『読書会の教室――本がつなげる新たな出会い 参加・開催・運営の方法』(晶文社・写真下)。FM渋谷のラジオ「渋谷で読書会」MC。好きな作家は、J.D.サリンジャー。

田中 佳祐(たなか・ けいすけ)
東京生まれ。ライター。ボードゲームプロデューサー。NPO職員。たくさんの本を読むために、2013年から書店等で読書会を企画。編集に文芸誌『しししし』(双子のライオン堂)、著書に『街灯りとしての本屋』(雷鳥社)がある。出版社「クオン」のWEBページにて、竹田信弥と共に「韓国文学の読書トーク」を連載。好きな作家は、ミゲル・デ・セルバンテス。好きなボードゲームは、アグリコラ。

双子のライオン堂
2003年にインターネット書店として誕生。『ほんとの出合い』『100年残る本と本屋』をモットーに2013年4月、東京都文京区白山にて実店舗をオープン。2015年10月に現在の住所、東京都港区赤坂に移転。小説家をはじめ多彩な専門家による選書や出版業、ラジオ番組の配信など、さまざまな試みを続けている。

店舗住所 〒107-0052 東京都港区赤坂6-5-21
営業時間 水・木・金・土:15:00~20:00 /日・不定期
公式HP https://liondo.jp/
公式Twitter @lionbookstore

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