スケッチブック

私の弟は変わっていた。他人の死ぬ時がわかるのだ。

弟は絵を描くのが趣味だった。ほとんど唯一の趣味と言ってもいい。その絵は私が見る限りすべて人物画だった。

弟の絵ははっきりと特徴があった。1枚の絵に複数の年齢の状態を描くのだ。例えば顔なら、鼻を中心に4つに分割し、ひとつを20歳くらい、ひとつを70歳くらい、ひとつを40歳くらい、ひとつを10歳くらいという風にバラバラに描く。

右目のあたりが皺くちゃでミイラのように描いたかと思えば、左目のあたりは玉のようにすべすべな顔となっていることがある。ひとりの人間のあらゆり年齢の時を刻みつけているようだ。

なぜそんな絵ばかり描くのか?弟は、その人の若い時から死ぬ間際の時までが見えると言っていた。それを1枚に描こうとすると、こういう絵になるのだと。


子供の頃、祖母が死んだ。弟は祖母が死ぬ日を私に教えた。弟にこのような力があること知っているのは、たぶん私だけだ。

私は大学へ入学すると実家から出て一人暮らしを始めた。弟と疎遠になり、この力のことも記憶の片隅にちょっぴり残るだけだった。

20歳の夏に、実家に帰省した。大学入学以来、はじめて家に帰った。両親と弟は歓迎してくれた。

帰省した日の昼下がり、弟が外出したときを見計らって弟の部屋をのぞいた。今思い出してもなぜそんなことをしたか、理由がよくわからない。奇妙な衝動だった。

弟の部屋はきれいに整理されてあった。私がいた時は片づけをしないだらしない人間だったはずだ。几帳面な人間なのを隠していたのだろうか?

黒檀のような棚の中に何十冊ものスケッチブックが並んでいた。橙や竜胆色などカラフルなカバーのスケッチブックを開くと、あの絵が何十と描かれていた。

老若男女が複雑怪奇に描かれていた。その中に見知った顔を見つけた。Aくんだった。

Aくんは私が小学生の時の友達だった。よく家に遊びに来ていたから弟も知っていた。

Aくんは10歳で死んだ。父親の心中に付き合わされたのだ。ひどい話だ。

弟の絵の中のAくんは右手が赤ん坊の手をしていて、左手はもう少し大きく、顔だけは10歳くらいの私がよく知るAくんの顔をしていた。体が歪で変な生き物に見えた。

ホワイトカバーのスケッチブックを見つけた。中を開けると、私の絵があった。私の絵は他の人のように年齢がバラバラではなく、ある時期に統一された姿だった。ある時期とは、今この瞬間である、ということが分かった。

その絵に描かれた私の姿は、今ちょうど私が着ているシャツとパンツ、髪型に至るまですべて同じだった。

弟は私がこの絵を盗み見ることを分かっていた。

弟が帰宅した。私は弟とほとんど口を聞かなかった。

夜、眠ることができず、私の内側に恐怖が生まれたのを感じた。私の絵は20歳の姿だけだった。弟は生まれてから死ぬまでを1枚の絵に刻む。それなら私は20歳で死ぬということだろうか?それともただの悪い冗談なのだろうか?

鈍痛のような恐怖と居心地の悪さと自分が恥をかかされたような気持ちが消えず、一刻も早くこの家から出たかった。

私はそれから大学を卒業する直前まで家に帰らなかった。できればそのまま帰りたくなかった。


Bが妊娠した。Bは私の交際相手で同じゼミに所属し、大学でも借りているアパートでも一緒にいた。

私は父親になれない、と感じた。就職は決まっていても、将来どうなるか分からない。

そしてあの絵だ。忘れかけていたのに思い出してしまった。弟の絵。20歳から今まで何事もなく過ごしてきたが、本当にこのまま生き続けられるだろうか?

死ぬかもしれない。不思議と20歳の時のような恐怖は薄らいでいた。しかし一方で親になるという重圧が、鎖のように自分の足を縛り付けているような感じがした。私は死ぬよりも親になること、他人の生命に対する責任を負うことの方が、より現実的な恐怖だった。

堕ろしてほしい。私は一生誰かに懇願することはない望みを抱くようになった。そして弟の絵の現実味を頼みにするようになっていった。

私は近い将来に死ぬ。弟の絵は死の宣告だ。この死の宣告だけが、私を解放してくれる。死んだ方がこの鎖から逃げられる。

私は実家に帰った。Bと話さなければならない。だが一度逃げたかった。いや、そのまま逃げて死んでしまいたかった。

私は自殺して人生を終わらせるかもしれない。自殺させてほしい、という願いが生じたのを感じた。

両親が私を迎えてくれた。母が弟が私が今日帰ってくると言ったと伝えた。母や父も弟の変わった力を知ったようだった。

弟は自分の部屋で私を待っていた。弟はホワイトカバーのスケッチブックを開いた。

そこには赤ん坊の絵が描いていった。私は涙を流していることに、はじめて気づいた。いつから泣いていたのかよくわからない。

弟は「わかった。」と言った。

弟は自分は近くあの世に行くことになっている、と言った。Bのお腹の子は守り神だから、そばに寄り添って生きるように言った。

そこから先はよく覚えていない。私は弟に懺悔の気持ちをぶつけた。どれほどの時間をそこで過ごしたか、気が付くと弟は消えていた。

弟の部屋から出ると、両親が居間に座っていた。奥に仏壇があり、弟の写真があった。

弟は二年前、私が20歳のころに死んでいた。私は葬式に出たことも忘れていた。


それから5年たち、実家にまた戻ってきた。今度は妻と5歳になる息子を連れて。

息子と弟の部屋にやってきた。ホワイトカバーのアルバムを開くと新しい絵が描かれていた。弟は死んだのか?私にはよくわからない。







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