見出し画像

エネルギー

もう10年くらい前になるが、大雪の冬だった。
その日の仕事を終え、帰路の32キロを車で走る。
仕事より、毎日2時間かかる通勤に、命をかけている状況が、時々、馬鹿らしくなったりした。

除雪車が頑張ってくれていて、幹線道路は普段の半分に狭まってはいたが、走る事はできた。雪が降り、しかも道路幅がわからないところを走るのは、毎日のことだから慣れはするが、マジで命懸けだ。ただ、考えてみれば、雪の少ない晴れたアイスバーンの方が、やっぱり怖い。こっちの方が、滑らずハンドルが効くだけ、アクセルも踏める。

ところがその日は、それだけで済まなかった。
自宅まであと300メートルという路地に入った時だ。
降雪と雪煙がひどくフロントガラスは真っ白だが、脇の空き地の木は見えているので、道は逸れない。が、あと50メートル程度のところで、車が止まってしまったのだ。

エンジンはかかっている。それなのに、いくらアクセルを踏んでも前に行かない。1分くらいためして、いよいよこれは変だと思い、外に出ようとした。が、ドアが開かない。
無理に押してこじ開けて、やっと自分は、自分と車の置かれている状況を理解した。

なんと、路地に入ってから、わが愛車は、50センチも積もった雪を掻き分けて走っていたのだ。これは、通常なら考えられない。腹をこすって、タイヤが空回りする。降りたての柔らかい雪だったのが幸いしたのか。一瞬驚き、でも、これはやばい、とすぐに家まで走った。雪かき用のスコップを取ってくるためだ。大雪すぎて、除雪車が追いついていなかったのだった。

この時の、自分の除雪スピードは驚嘆に値する。残り50メートルを、50センチ以上も積もった雪をかいていくのだ(雪かき=雪はね)。この時の心の中は、無理だろ、という思考が一瞬湧きあがったが、やらねばならないという意志に、あっという間に蹴散らされた。

実際、みるみる10メートルくらい掻いてしまった。普段のダラダラ雪掻きからは想像もできないパワーだ。この時は幸い、ご近所のKさんご夫婦が気づいてくれて、3人であっという間に終了した。無事に、家まで車を動かすことができたのである。

今になって、あの時のエネルギーは、今はどこに行ったのかと、若干、切なくなる。今でも、一大事には、思いっきりエネルギーを発揮できるだろうか?歳を取ったら取ったなりのエネルギーというものがあるのだろうか?

なんとか、人の役に立つようなエネルギーを搾り出したいと、これを一年の計にしようと思う。

おわり

いいなと思ったら応援しよう!

リズムエッセイ【小松甘雨】
現在、「自分事典」を作成中です。生きるのに役立つ本にしたいと思っています。サポートはそのための費用に充てたいと思います。よろしくお願いいたします。