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WEGO退職エントリー①

最近、社外の人と会ってるときに「丸本さんってWEGOで働いてたんですね」ってビックリされることも多くなってきて、自分の中ではWEGOのイメージがすごく強いと思ってたので落差あるなぁと。そういえばWEGOを退職してもう3年も経ったと気づいた。

ある種の踏ん切りというか、退職エントリーを書くことで自分がWEGOでやってきたを振り返る意味も込めて書こうと思う。

勘違いのないように言っておくと、今もWEGOの子会社であるレキシントンとは業務提携してるし、WEGO MAGAZINEやWEGOの店舗を使ったプロモーションはやっています。

↑こういうやつね。事例としても結構たまってきたので、WEGOの客層=オシャレが好きなティーン層をターゲットにしている企業の方々は問合せくださーい。

はい、ということで振り返りなんですけど、僕がWEGOに入社したのは2011年の9月。今から9年前。当時僕は編集者として関わっていた雑誌が休刊になり途方に暮れ、当時出てきたアメブロで人気の高校生であるこんどうようぢ鈴木勤、休刊になった雑誌のモデルだった北村諒米重らと一緒に、ウェブマガジン『DOKUMO MAGAZINE』を作っていました。

その頃のキャッシュポイントとしては、みんな事務所に入っていなかったのでアパレルのモデルをやって、そのデータを売っていました。出版社の中でやってたので、資金がなくて全然スケールしないなぁって常に悩んでました。そのときにクライアントのひとつであるWEGOからアウターカタログというのを作ってて、そこに読者モデルのキャスティングを担当してくれないかという依頼があって、WEGOのお店を見に行くと店内にめちゃくちゃ若者がいました。雑誌を販売していた書店の数倍の若者がWEGOには集まっていて、そこに僕はメディアの未来を夢見ました。

つまり雑誌の中でコンテンツを作るよりも、WEGOの店舗の中でコンテンツを作るほうがより多くの若者が見てくれるはず。これだ!と勝手に納得していた頃に、DOKUMO MAGAZINEの北村諒から、WEGOでアルバイトを始めたっていう話と、WEGO原宿のマネージャーの宮田さんという人が僕と会いたがってると。

その頃WEGO(正確にいうと原宿エリア)では雑誌の読者モデルを販売員にして集客を増やそうと作戦を立ててたらしく、そこをやってもらえる人を探してて旧友である中村トメ吉氏が僕を推薦してくれたようでした。

そんな経緯でWEGOに入社することになるのですが、僕の野望としては雑誌から全国に当時100店舗くらいあったWEGOの店舗をメディアとして活用するという気持ちを秘めて働くことにしました。なので入社してすぐにDOKUMO MAGAZINEに代わるウェブメディア、DOKUMO BOYS&GIRLSを立ち上げました。サイトの中身としては読者モデルの私服を毎日アップするという内容で、プレスルームで撮影してたので私服の中に自然にWEGOの服が組み込まれるという仕組み。これ自体はぶっちゃけ効果があるわけじゃないんだけど、WEGOという場所にみんなが集まって毎日撮影をしながらプライベートな話をしたりして、WEGOで友達の輪が広がっていく仕組みを作れたことがでかかった。

そして兼ねてからWEGOがやろうとしていた読モを店員としてお店で働いてもらうプロジェクト。読モスタッフという名前で、僕が出版社時代からの付き合いのある読モをお店で働いてもらいました。ようぢ、米重はもちろん、いまやタレントとして女優として有名になった佐野ひなこちゃんなんかも働いてもらった。WEGO店舗に突然美男美女が働き始め、お店にショッピングに来てたお客さんの中からWEGOスタッフのファンなるものが現れ始め、いつの間にかWEGOのスタッフになればファンがつくという逆転構造が噂になり、何もしなくても僕のところに未来のスターの卵たちが連絡をくれるようになりました。

この子は絶対に売れるなと思ったらDOKUMO BOYS&GIRLSのメンバーとして向かい入れ、そしてWEGOの店舗でも販促物としても登場する。極めつけはSNSを通して全国にファンができたので実際に地方の店舗で会えるイベントをやり始めました。DOKUMO BOYS&GIRLSのメンバーになれると、地方にみんなでファンと会えるツアーに行ける、それは遠足のようなものだったし、本当に楽しい仕事だった。SNSと店舗というリアルな場を組み合わせた当時では究極のメディアになった。

そこからWEGOの店舗の中だけでは人数的にも対応できなくなってきて、外でのイベントをやることになる。それがLOOPというイベントだった。その辺は退職エントリー②で語ることにします。

やはりめちゃくちゃ長くなってきた笑。


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