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『舞姫』(森鴎外)が映し出す文学の可能性とその時代背景

現代語訳舞姫 (ちくま文庫 も 8-18)であるが、現代語訳、原文、解説、さらに関連資料までが一冊に収録された充実の内容となっている。原文が収められているため、別の書籍を購入する必要がない。

現代語訳は完全な口語体ではなく、原文の雰囲気を損なわないよう配慮されている。そのため、読書に親しみのない人には難しい部分もあるが、原文よりは読みやすく、テンポ良く進められるのが魅力といえる。

この作品が持つ最も印象的な特徴は、物語の進行における「偶然の重なり」の巧妙さだ。豊太郎とエリスが初めて出会ったとき、エリスは厳しい状況に置かれていた。さらに、豊太郎が大臣邸を訪れる場面ではエリスの体調が悪化し、密約がエリスに知らされる際には豊太郎が意思を伝えられない状況に陥る。このように絶妙なタイミングが重なり合い、物語に深みと緊張感を与えている。偶然を織り交ぜながら進む物語の構成が、本作を名作として際立たせているのだ。

しかし、こうした余韻を残す物語は、現代では受け入れられにくい。現代の市場は、読者が求める明確なハッピーエンドや極端に残酷な結末を優先し、曖昧さや余白のある作品が評価されにくい傾向にある。そのため、『舞姫』のような物語が現代に新たに生まれるのは難しいだろう。このような現実を踏まえると、過去の文学に触れることの意義が一層高まる。

本書を通じて『舞姫』に触れることで、鴎外が描いた時代背景や文学的技巧を味わえるだけでなく、過去の名作が持つ力を改めて実感できる。偶然と余白が織り成す深い物語は、現代の読者にとっても心を震わせるものであり、再びこのような文学が評価される環境の重要性を感じさせてくれる。『舞姫』はその象徴的な存在と言えるだろう。


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