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短編小説|星を忘れて暮らすこと

 星が降る夜に少女は外へ飛び出します。大人たちは寒いからと家にこもっています。信じられません。少女は初めて星が降るのを見ました。「久しぶりね」と母はこともなげに言い、「あした電車動くかな」と父は天気予報を眺めていました。
 マンションの駐車場で少女が上を向くと、白い息が消えた冬空から星が青くきらめきながら舞い降りてきます。手を伸ばしました。手のひらに星が載ります。ちょっと冷たくて、体温で溶けて消えました。さわやかな香りだけが手に残ります。

 アスファルトに薄っすら星が積もりはじめています。長靴で踏みしめると、足跡を縁取るように星が青く輝きました。傘もささず、少女は駐車場を歩き回ります。楽しくてたまりません。両手で星をすくい、頭の上に放ると、光がまたたきます。
 なぜ大人たちが外へ出ずにいられるのか、ふしぎでなりません。人影はほとんどなく、面倒くさそうに星かきをする人が見えるくらいです。時が経つにつれて、星は深まっていきました。誰の足跡もない場所で、少女は仰向けに寝転んでみます。

 少女はため息をつきました。思えば、大人はいつもこうです。春、大人たちが平気で踏み去る桜の花びらを、少女は自転車のカゴいっぱいに集めました。夏、海辺で大人たちが気にも留めない貝がらの色あいを、少女はひとつひとつ調べました。
 秋、せっかくポケットに詰め込んだドングリを家に持って帰ることは母に許されませんでした。ばっちいからと言われた言葉が、少女には今も理解できません。宝物にしか見えないのです。大人と子どもの見ている世界はちがうのでしょうか?

 少女は家に帰りました。寝る時間になっても、目が冴えてなかなか眠れません。両親が先に寝息をたてます。少女は寝床を静かに離れました。冷凍庫の引き出しの奥から、ないしょで拾ってきていた星を取り出して、少女は寝室に戻ります。
 眠っている父と母の真ん中に少女は寝そべりました。手のひらを開くと青い光が布団のうえで淡く揺れます。少女は嬉しくなりました。照らされた寝顔を見たのです。二人は忘れていた大切な何かを思い出したかのように、微笑んでいました。







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小牧幸助|文芸・暮らし
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