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小説|めをふいて
悲しいときは上を向く。その木から少女が教わったことです。近所の公園で空へ向かって青々と茂っていた木は、少女にとっては口数の少ない先生のようでした。昨夜の嵐で折れてしまった先生に小さな手を触れて、少女は上を向きます。
いじめられた日の放課後、少女は木に登りました。飼っていた金魚を看取った夜、少女は木に登りました。親友が転校してしまった日、少女は木に登りました。上を向いて先生に登れば、涙はこぼれなかったから。
木の上で吹く風と木漏れ日は少女の瞳を乾かしました。地面から離れて、夏空へ近づき、青々とした空気を吸い込んで、夕方のチャイムが鳴るまで眺めた景色は、しかしもう見ることができません。
上を向いても、どうにもならないことがある。少女は知りました。来る日も来る日も少女は木肌に触れて泣きました。そうして少女は先生からまた教わりました。下を向いて流した涙で、芽吹くものもあることを。
ショートショート No.385
photo by Kosuke Komaki
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