【うたスト】世界の約束 /PJさん
歌からストーリー︓歌を聴いて物語を作ろう︕
▼課題曲A
『世界の約束 /PJ』
▼小説
達(ダチ)[2525文字]
同窓会に向かう車中。
車窓に映る自分の顔を眺めながら、ヤツのことを思い起こしている。
ヤツは今ごろ、何処で何をしているのだろうか。そしてボクのことを覚えているだろうか。ボクはこんなにヤツのことを思い、こうして同窓会へと赴いているというのに……
しかもヤツが同窓会に来るのかどうかも、ボクは知らない。
長い間、窓ガラスを見つめていたせいだろう、ガラス越しの風景が吐息で滲んでいる。
民家の灯りだろうか、それとも街灯だろうか、滲んだ光がダイヤモンドダストのようにキラキラと輝いている。
息でくもったガラスに「達」と、指でなぞってみた……
なぞった箇所だけがくっきりと景色を透して、いっそう文字をきわだたせている。
そう、これからヤツに会いに行くのだ。
「ダチ」、胸の奥で呟くつもりが、つい口に出てしまった。
気恥ずかしさから周りを窺ってみたが、意に介している者はいないようだ。
もしかしたら、このような思いを抱いて車中の人となっているのは、ボクだけじゃあないのかも知れない。
同窓会の会場へは、もう暫くかかりそうだ。
ヤツを知ったのは、小学校の低学年の時だった。
当時の遊び仲間は、町内会の単位であったし、小学校への登下校もしかりであった。
今でもそうだと思うのだが、通学路を二列縦列で登校して行く。その面々が遊び仲間でもあったのだ。
したがって、隣町に住んでいたヤツのことは、見たことがある、程度の存在でしかなかった。
しかし、出会いは鮮烈なものであった。
野球が流行っていた。
王・長嶋選手の人気を引き継いだ格好の、江夏・田淵選手が活躍していた時代である。男の子の遊びといえば野球、と決まっていた。
実際、六年生が中心となって、空き地を見つけては草野球をしていた。
そんなある日、その六年生がヤツの住む隣町との試合を取り付けてきた。
試合が始まり、回が進むにつれて実力の差は歴然。我がチームの圧倒的優勢。
勝ち試合というものは、大人・子供にかかわらず、愉快なものである。ボクを含めて我がチーム全員が快い気分で試合を楽しんでいた。
ところが、突然のことだった。
ヤツが言い放った言葉に、皆が仰天した。
「おまえら、試合放棄するんか。なら、わしらの勝ちじゃ」
よほど負けず嫌いな性格なのだろう。しかし、小学校低学年にあるまじき発言である。
いきさつは……
ヤツは、我がチームの一人がふと漏らした「あーあ、弱い相手とはやってられねーな」、の一言に逆上。
「おい、やってられねー、とは何だ。試合放棄じゃねーか」
「えっ?」と、我がチーム員が言ったか、どうか。
「試合放棄ってことは、おまえらの負けじゃ。帰ろ、帰ろ」とたたみかけて、隣町の面々を引き連れて退散してしまったのだ。
これが小学校低学年の為せることなのか……
その気概を羨ましくも、ボクには真似のできない「魂」を持つヤツに、強烈な嫉妬を覚えたのだった。
同じ中学校に進んだボクとヤツは、何故か気が合った。
ボクはどちらかというと、いじめられっ子だったのかも知れない。
成績は中の上、といったところだったが、教師からの評価は良かった。教師には「やればできるのに、勉強しない子」と、見られていたようだ。
実際のところ授業と宿題以外、勉強をした記憶がない。
唯一、授業は真面目に受けていた。というか、そういうものだと思っていた。
試験勉強などはしないもの。そうして受けた試験の結果が本当の実力を反映している、と信じていたのだ。
対して、ヤツは努力家であった。自分に無いものを持つ者同士、お互い気になる存在であったのだろう。
やがて三年生ともなると、クラスの中では志望高校ごとのグループに分かれるようになった。
ボクは少し勉強すれば進学校に進めるものと、たかをくくり優等生グループと行動を共にしていた。
しかしながら、勉強をしている様子はないのに、教師からは可愛がられ、また優等生グループにいるボクを疎ましく思うだろう一人にSがいた。
Sは成績はしんがり。そして粗暴で、教師からも遠ざけられる存在であった。
当時、「落ちこぼれ」という言葉があっただろうか…… 嫌な言葉ではあるが、Sはそのものずばりであったし、ケンカも日常茶飯事であった。
Sの乱暴は、日に日にエスカレートしていった。
そしていつの日かその矛先は、ボクに向けられるようになった。こづく、蹴る、消ゴムを投げつける……
いずれも怪我に及ぶものでは無かったが、毎日この様なことをされては気が滅入ってしまう。
しかも陰湿にも、人目につかないように隠れてするのである。
したがって、ボクに振りかかった災難に気付く者は少なかった。実際、気付いた者もいたはずだが、進学を控えた中学三年生のこと、波風を立てたくないのか、皆見て見ぬ振りを決め込んでいた。
しかしながらある日、とうとうヤツの知るところとなった。
ヤツは怒りに震える声で、怒鳴った。
「こらぁ、何しよんじゃ」
さすがにSも一瞬ひるんだ。だが、すぐに切り返した。
「おまえには関係ねーじゃろう」
Sは、ずるがしこくもSとボクとの二人だけの問題として、ヤツを排斥する手段に打って出たのだった。そして、Sとヤツとの睨み合いとなった。
次の瞬間、ボクの口から出た言葉は、ヤツに向けて、
「おまえは部外者じゃけえ」
なぜ、あんなひどいことを言ってしまったのだろう。
ヤツに「借り」を作りたくなかったのか、あるいは「照れ」なのか。
その後、ヤツとはしだいに疎遠となり、別々の高校ヘと進んだ。
わだかまりだけを残して、去って行ったヤツ。いや、悪いのはヤツではなく、ボクであることは百も承知している。
だが……
不意に、同窓会会場の地名を告げる車内放送に、現実へと引き戻された。
頭が重い。
まるで目の前に霧が立ちこめているかのような、冴えない感覚だ。
ヤツへの負い目なのだろうか……
いや、それを払拭するために、こうして同窓会へと赴いているのではないか。
しだいに鮮明になってゆく意識の中で思う。ヤツは必ず会場に現れる。それは、今では確信へと変わっていた。
数分後にはヤツに会えるのだ。
そして、言いたい……
「ダチ」と。
(了)