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【150年の歴史の幕が下りる時】

神戸の、瓦せんべいで有名な「菊水總本店」が閉店するといふ。

湊川神社の目の前にある老舗で、創業は明治元年といふから、155年前。まだ湊川神社も創建されてゐない頃だ。(神社創建は明治4年)

設備が老朽化し、更新にお金がかけられないといふ理由らしい。つまり、販売も振るはなくなったといふことだ。

確かに私も身銭を切って買ったことは一、二度か。

甘くて柔らかくて見た目も綺麗な和菓子や洋菓子がたくさんある今の世の中、硬くて色合ひも地味な瓦せんべいの不人気は察しが付く。

「もう食べられない」と思ふと、最後にもう一度だけ、食べたくなった。

そこで閉店の3日前、時間をやりくりして出勤時に途中下車し、神戸駅からすぐのお店に向かふ。

平日の雨の朝といふのに、なんと、9時の開店時間前にすでに行列ができてゐる。考えることは誰しも同じだ。

大きな窓ガラスのお店の中をのぞくと、店主と思しき男性が準備中だ。お馴染みの瓦せんべいの箱を、がらんとしたショーケースの上に積み上げてゐる。その数、30箱ほど。

なるほどこれは、並んで買はないとすぐに売り切れるに違ひない。朝に来てよかった。週末や仕事帰りに立ち寄っても、入手できなかっただらう。

開店から5分ほどして、入店できた。瓦せんべいは、ひとり2箱まで。どら焼きと饅頭は、ひとり3個づつまで。どうやら閉店日までの商品はすでに製造完了してゐるやうだ。

私の後ろにも10人ほどの列ができてをり、私は最初2箱買はうと思ってゐたが、ひと箱だけにした。それと、どら焼きと饅頭を1ケづつ。

実はこの一箱は、自分で食べるためではなく、ある方へのお土産用である。

学生時代の先輩が、九州から出てくるといふので、その方に渡すのである。

「先輩、これ、昨日155年の歴史を閉ぢたお店のせんべいなんですよ」と。

私の行為が「ミーハー」だといふのは百も承知である。そんなに惜しむなら、普段から買っておけばよかったのだ。単なる感傷。

さやうなら、瓦せんべい。