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95年の歴史に幕を閉じる銭湯で写真展が紡いだ人々の思い出 ~カメラマンが見た最後の夏~
塩尻市唯一の銭湯が閉業というニュースは、テレビの報道などで多くの人の関心を集めましたが、僕もニュースで桑の湯の閉業を知り、最後の三日間撮影に行き写真展を開催しました。
結果は、市民タイムス、信濃毎日新聞、中日新聞といった記事に加え、テレビ信州、長野放送と夕方のニュースでも取り上げて頂くことができ、予想以上に多くの方にご来場いただくことができました。
撮影や写真展について、どのような手順や考え方で進めたかまとめておこうと思います。
95年続いた銭湯が閉業すると知って
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お客さんにお願いして撮っていただきました
2024年の6月末日に閉業し、後継者を探すという事を6月の初旬にニュースで知り、いてもたってもいられない気持ちになり、連絡先を調べ、すぐに取材のお願いのメールを送信させて頂きました。
メールの内容は
自分の自己紹介
今までの活動内容・実績
何をしたいか
作例のURL
ちなみに見て頂いたのは、同じく営業終了直後に撮影させて頂いたこちらの写真。
実績については、初めて見る方に安心して頂くためにも、あるものは最低限添えた方が良いと思います。
僕の場合は、皇太子殿下(現天皇陛下)の代表撮影、東京オリンピック公式記録として撮影させて頂いた高橋尚子さんの聖火リレー、福音館書店の『たくさんんのふしぎ』、岐阜新聞から出版して頂いた『名鉄揖斐谷汲線』などがあるのでそれを箇条書きにしました。
すぐにどうしても取材したいというよりは、一度お話しする機会をいただきたいというスタンスでした。
というのも、ずっと続いてきた仕事を自分の代で閉じるという選択はとても重い決断だったと簡単に想像する事ができたし、普通の業務に加え閉業の準備も進めていかなければなりません。
報道も一社だけではなく、複数の新聞社、テレビ局の対応もあり、そこに僕の対応までしなければならなくなると、とても負担が増えてしまい、お構いなくという気持ちではあっても受け入れる側からすると、そうはいかないからです。
このお話する機会を頂きたいという申し出自体、余計な業務、対応が増えてしまいます。
そう考えるとお願いそのものを躊躇してしまいますが、後々、写真を残して喜ばれることを目的にしている(喜ばれる可能性が極めて高いと確信のもとで行動に移そうとしている)のだからと、思い切って送信させて頂きました。
そもそも誰に向けて何のために撮ろうとしたか
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桑の湯の記録を残すこと。
これに尽きます。
営業終了直後の記念写真があれば、その一枚で立派な記録になります。
今まで、色々な場面の最後に立ち会う機会があり、新聞やテレビといった報道も記録にはなるけれど、あくまでそれらの目的は、報道、知らせることであり、どちらがいいというわけではありませんが、記録、記念という面では少し性質が違うように感じます。
僕がやりたいことは、桑の湯の皆さんにとって、銭湯を利用していたお客さん達にとって、或いは町内、地域に対しての記録、記念にして頂くこと。
この、当事者の皆さまに向けた写真というのが報道関係者の方とは違うのだと思います。
このように考えると、現場での立ち振る舞いも変わってきます。
事実、いくつか最後の場面に立ち会うために訪ね歩いてきたけれど
「最後というと冷やかしというか、興味本位のような問い合わせがたくさんくるから断っている」
と聞くこともあります。
もちろん自分も興味本位や撮りたいという自分本位な部分は否定しないけれど、常に当事者の皆さまの事を念頭に置いておくと、どうしても残しておきたいという撮る側の気持ちと、当事者の皆さんの気持ちがどこかで一致して、結果は良くなってくるのだと感じます。
もし、ここでお断りされていたら、記念の写真も記録もじゅうぶんに残りません。
長年大切に続けてきた仕事の節目の写真が、残るか、残らないか当事者の皆さんだけでなく、地域にとっても、時が経過すればするほど差が大きく、今回の様な場を設けることもできなかったはずです。
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受け入れていただけたということは、それだけ桑の湯の皆さんが、仕事やお客さん、地域のことなどを大切にされているからこそ。
あとはその想いに応えるために動いていけばいいだけです。
この辺の感覚は、仕事で撮影している方なら当然のように持ち合わせているかと思いますが、何を求められているか、何が喜ばれるかを考えて撮影するクライアントさんからの注文の時と全く変わりません。
いい写真を撮ることは全く必要でなく、そのような思考は時には邪魔になるのだと考えていることを付け加えておきます。
このような気持ちでいると、少人数の小学校だったら自然と子供達の遊び相手になっているし、授業のお手伝いをする事もあり(1人増えるだけでドッヂボールができたり、大縄跳びができたりする)、自然に色々と頼まれる機会が増えてきます。
受け入れる側の負担軽減もありますが、1人増えた事をメリットに変える事ができます。
閉校式の集合写真の段取りを決めて、当日、現場の仕切りをお任せ頂いたり、ちょっとした店番を頼まれたり、荷物運びを手伝わせて頂いたり、ずっと話し相手になっていたり。
撮影とは全く関係のない部分ですが『来ていただけてよかった』『最後に楽しめた』と、言葉を掛けて頂けるようになる事が、いい写真を撮るのと同じぐらい大事なことの様にも感じます。
桑の湯最終日のこと
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桑の湯では、最初の一泊二日の下見と、最後の三日間にお邪魔させていただきました。
ずっと以前から桑の湯を追い続けているNHKさんなどのテレビ局、新聞各社報道関係の方が出入りされ、名残を惜しむお客さんも増え、その対応に追われてなかなかゆっくりする機会がありませんでした。
それだけたくさんの方に注目をされている慌ただしい中、最後の挨拶、今までの感謝の気持ちをどの様に伝えるか、四代目は弟さんと話し合っていました。
営業終了直後に撮影をする為にここにいる僕にとっても関係のある話。
終了直後は、今まで撮影を続けてきた報道各社の方にとっても、表情やコメントを録ったりしたい慌ただしいタイミングでもあります。
桑の湯の皆さんにとっては、とても大切な部分ではあるけれど、このような経験は初めてのこと。
最後を見にきて下さったお客さん達にしっかり感謝の気持ちを伝えたい
報道関係の皆さんにちゃんとした対応をしたい
話を聞いていたら希望はこの様な事だったので
1)まずは、安全の為に営業時間終了になったら、外で待っている方に声を掛けて脱衣場に入って頂く。
2)入り口側に桑の湯のスタッフの皆さんに並んで頂いてそこで挨拶。
3)終わったら1人ずつお客さん達を送り出し、皆さんが出ていかれた後に、四代目が暖簾を外して、シャッターを閉めてはどうかと提案させていただきました。
脱衣場に集まって頂く手間が掛かるが、銭湯を出ると一本奥まった道とはいえ、車などが走る道路になっている。
そこで交通を気にしながらお客さんに話を聞いて頂くより、しっかりとお話や挨拶もできるし、脱衣場を出ていかれる時に、その場にいる1人ずつしっかり挨拶をして送り出すことができる。
報道関係者はじめ、記念に写真を撮っておきたい人たちもたくさんいらっしゃるので、真っ暗な外より、脱衣場の方が表情もよくわかるし撮りやすい。
記念写真は、暖簾を外して四代目が中に入ってきたタイミングで、報道関係の対応前に撮影することにしました。
撮影のタイミングを報道対応の前にしたのは、インタビューなどに四代目やお母さんが応えていると、時間がかかり記念撮影をする時間が遅れ、その場にいるスタッフの方を待たせる事になってしまうし、報道関係の皆さまにとっても、記念撮影をしている場面を必要なら抑えることができるからです。
本当は、報道対応などが終わった後で撮影できたら落ち着いて確実に撮れるのだけれど、どう考えても現実的ではありませんでした。
報道関係には、最後の流れと記念撮影があること、それを撮るタイミング、並んでいただく場所、カメラを構える場所を僕から伝えました。
『そこ、私達も大丈夫でしょうか?』
という言葉が返ってきたので、午前中に試し撮りした画角を見て頂いて、いい場面を撮って頂けるようにOKさせていただきました。
全てが終わった翌日、四代目、弟さんから『お陰さまでしっかりお礼の気持ちも伝えることができて、混乱もなくスムーズにいい最後を迎えることができました。全部お任せしてしまいましたが、本当に来ていただいてよかったです』と満足していただけたようでした。
撮影の様子は、写真展会場でお客さんに向かって四代目が話して下さっていたので、動画で撮影させていただきました。
このように喜んでいただけた様ですのでまずは目標達成です。
写真展開催について
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当初、写真展までは全く考えていませんでした。
閉業後、桑の湯の皆さんに写真をお渡しする為に写真をチェックしていたら、こまま眠らせておくのはもったいない気持ちになりました。
撮影させていただいたのは、3日そこそこでしたが、桑の湯の皆さんは、仕事やお客さんを大切に想い、お客さんも桑の湯の事を大切にされている事が伝わってきました。
後継者の募集も始まり、銭湯は続いていく事は決まりました。
でも、95年続けてきた桑の湯は、桑澤家の手からは離れ住まいも移します。
最終日、桑の湯からお客さんに対して、しっかりと挨拶などをすることができましたが、慌ただしい中だったので、ゆっくりお客さんと話す時間もなかったでしょうし、行こうと思ってはいたけれど、予定が合わず来れなかった人もたくさんいるはずです。
写真を送るために桑の湯のスタッフの方とのやり取りをしている中で、桑の湯を開放して写真展をやれたら、きっといい記念になって、皆さんに楽しんでいただける場になりそうですとお伝えさせていただきました。
桑の湯の皆さんも、公式のInstagram、X(旧Twitter)の更新用に写真を撮っていることを知っていましたし、それらの写真を活用して、今回僕が撮った写真を使用したら、写っている方に対してお礼の機会にもなり、きっと楽しい会になると感じたからです。
過去に同じような写真展を続けてきていたので、その時の様子のBlog記事を送信しておきました。
すぐにスタッフの方の賛同を得ることができ、写真展開催を四代目に打診していただくと、ぜひやりましょうということになりました。
写真展は全く未経験の皆さんにとって、準備など大変な部分もあったかと思いますが、ご協力いただきましてありがとうございました。
写真展開催の目的
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これは、自分が撮った作品を見て頂くためではありません。
桑の湯の皆さんにゆっくりとお客さん達と語らう場を作る
今まで撮影した写真を有効活用する
桑の湯の事をお客さんに見て頂き銭湯の良さを味わってもらう
お客さんに楽しんで頂く
感謝の気持ちを伝える場にする
しっかりとした思い出を作って最後の記念にして頂く
次の事業者につなぐ
ざっとこの様な事が目標でした。
写真は、桑の湯を再び開けるきっかけに過ぎません。
最低限体裁は整えなければいけませんが、目的意識をしっかり持って準備できれば、主催者側の気持ちが伝わり、お客さんにも楽しんで頂けるはずです。
準備の負担を軽減する必要もあるので、写真は、特大プリント2枚を除いて、家庭用プリンターで出したものをテープ留めすることにしました。
写真展というと、写真を見て頂くために額装したりと考えがちですが、ここのハードルが高いとなかなかうまくいきません。
最低限のことでも結果は出るのだと思います。
今までもずっとそうでした。
結果は何?という方は、長野放送分がYouTube、一面で取り上げて下さった市民タイムスの記事もありますのでご覧ください。
写真展の為に実際にしたこと
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会期を8/24,25,31,9/1の土日に設定して、写真展のタイトルは『つなぐ』に決まりました。
ご来場いただいた方に特別な体験をしていただいて楽しんでいただきたい、お客さんの事を大切にしてきた桑の湯の皆さんの気持ちを感じていただきたい。
牛乳屋さんとの取引きは続いており仕入れもできるという事だったので、牛乳の販売をして頂くことにしました。
費用の負担もあり、どの程度仕入れるか難しい部分もありましたが、桑の湯として今までの感謝の気持ちを伝える最後の場になるので、銭湯文化がこの先100年続きます様にと願いを込めて、販売価格を100円としていただきこの企画の目玉にしました。
また、銭湯だったので、営業中は大半の部分が撮影禁止でした。
もう閉業しているので自由に撮影していただいて、銭湯の雰囲気を楽しんで頂くことにしました。
写真の展示も大事なのですが、今まで撮りたくても撮れなかった人たちの撮影の邪魔にならないよう、営業時の雰囲気を損なわないよう展示スペースを最大限配慮しました。
牛乳の販売があり現金を扱うので、番台の開放は難しいかと話していたのですが、やはり、滅多にない機会なので番台に上がっていただいて、そこからの眺めや撮影を楽しんでいただいて記念写真も撮れるようにしました。
営業中は見ることができなかった釜場。
ここは、廃材がたくさんあり、お客さんの安全も考えると開放は難しいということでしたが、時間を決め、入れ替わりでご覧いただいて、四代目自らが釜場の仕事についてお客さん達に説明する場にしていただきました。
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実際開催してみると、安全に楽しんで頂けそうだということになり、『釜場見学ツアー』『番台体験ツアー』は、自然に常時開催になり貴重な経験をして頂く場になりました。
四代目は、お客さんの様子を見て、小走りで釜場に行き、仕事の説明をして、お客さんからの質問に答えて、釜場見学ツアーをとても楽しんでいる様子でした。
番台も、スタッフの方や僕が『上がれますよ?』と案内をして、仕事半纏を羽織っていただいて、記念写真を撮り、よい記念、経験になったと思います。
番台体験中にお客さんが牛乳を買いにくると、売り方を説明しながらそのまま接客をして頂き、リアルに番台さんになって頂くことも何度もありました。
最終的にご来場いただいた人数を把握することができませんでしたが、最初の土日に仕入れた牛乳70本は完売、次週は台風10号の影響がありましたが100本出て、急遽会期を追加した最終日も50本の牛乳が出ました。
僕は会期中、1日だけ取材で不在でしたが、各週末、桑の湯のスタッフの1人として、お客さんをお迎えしていました。
最後に
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当事者の皆さんのために、最後の記念写真を撮っておきたい。
撮影の動機は、カメラマンとして役に立ち、喜んでもらえるにはどうしたらよいか?を考えて始まったことです。
人によって価値観や受け取り方はまちまちなので、全ての人に当てはまることではありませんが、いつまでも残しておきたいと思える大切な事だから写真に撮ります。
どのように撮らせて頂くか?もとても大切ですが、それをどのように活用すればいいか?も大切です。
カメラマンを仕事にしているのだから、写真は撮れるのは当然で、活用方法についても当然プロでなければなりません。
四代目やお母さんも、仕事から離れていることもあり、積極的に賑わう脱衣場に出てきて接客を楽しんでくださっていた様子でした。
桑の湯の皆さんが作り上げた写真展が、テレビや新聞にも取り上げて頂けて、それもよい記念になり、特別な体験にもつながったかと思います。
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写真を評価してもらいたい目的の方には向かないかと思いますが、カメラマンが1人きただけで、これだけいいことがあった、貴重な写真を残してもらえた、楽しかった、助かったと認識して頂き、プラスのイメージを持って頂くことも大切だと思います。
こんなに忙しいのにカメラマンが増えるなんて大変だ、対応が面倒だという変なイメージが根付いてしまうと貴重な記録や記念が残らなくなり本当に損失です。
毎回写真展などを開催できるわけではありませんが、僕の場合、あちこちにお邪魔させて頂いてきましたが『よかった』をゴールに設定しています。
また、このように1枚でも写真があれば、今後、長野の銭湯という企画で、あるいは懐かしい塩尻という企画でなどと次もみえてきます。
写真は言葉を超えて感情を伝えることができるため、このような活動を通じて、他の地域や社会問題にも目を向け、人々の共感を呼び起こすことができるかもしれません。
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撮影を通じて大切なお友達になりました
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入浴している写真を僕に撮ってもらいたくてタイミングを待ってくれていた
僕は、この撮影、写真展を通じて、桑の湯の方とは親戚のようなお付き合いになり、塩尻にも仲良しなお友達ができました。
長い記事になってしまいましたが、最後まで読み進めて頂きまして、ありがとうございました。
#最後の記念写真 #まちの記憶をカタチに #写真のある暮らし
桑の湯の他にこのような節目の時を記録しています
桑の湯の本編はこちらです