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サイバーパンク3

引き戸を開けたパドックに続いて店内に入ると、カウンター席と座席が並んでおり、中には数人の客と店員が二人ほど見えた。その内の片方の店員にどうぞと案内され、俺らはカウンター席に並んで座った。もう一人の店員が、カウンター越しに鍋を振るって料理を作っているのが見える。おそらくこちらが店主か。手慣れた様子で複数の機械の腕を、器用に同時並列で動かして複数の料理を作っていた。
席に着くなり、パドックが御目当ての揚げ焼売と簡単なツマミ、それからアルコールを2名分注文した。
「ここは元々何だったっか?」
不意に気になっていた事を俺がパドックに聞くと
「ん?確かずっと、シャッターが閉まってたんじゃなかったかな」とパドックもハテナマークを浮かべながら返した。
どうやら何処かの店が潰れて新しく建ったのではなく、新規開店した店らしい。それにしたって店内は薄暗く、こじんまりとした内装からは真新しさを感じられなかった。
見渡した俺の視線を気にしてか、カウンター向かいの店主が
「此処は元々、小さなバーだったんですよ」と答えた。
へぇ、と俺が相槌を返すと、さぁどうぞと店主が完成した料理とアルコールの入ったグラスを、俺らの前へと置いた。
「うっしゃ!今日もお疲れ、エンダー!」
グラスを片手に、乾杯しようとするパドックを俺は手で制した。
「なぁ……店主さん。その元々のバーってのは、こういう違法酒を出す店だったのか?」
俺は機械の右手で、自分のグラスの中身をスキャンする。光線を浴びたグラスの中身はたちまち色鮮やかに変貌し、青い小さな火花が水面下でスパークし始めた。吸引型の電子ドラッグ……しかも刺激はかなり強めの物が俺のグラスに、恐らくパドックの物にも含まれている証だった。こんな物を提供している店と知れたら、この店は一発でDDLに引っかかって営業停止となるだろう。
顔を覗き込むように、見方によっちゃ睨んでいるようにも見えるだろう俺の問い掛けに、店主は無骨な機械混じりの表情を崩さなかった。
「違法酒では……お気に召しませんか?」
店主はただ、そう言い返した。瞬間、周りの視線が俺一点へと向けられる。もう一人の店員は勿論、先に来ていた客の居る別席からも、鋭い殺気めいた視線が向けられていた。下手な発言は命取りだったかもしれない。
黙って成り行きを伺っていたパドックも、グラスを置く。いつでも臨戦態勢へと移れるようにだろう。しかしながら、ここで事を大きくしてしまうのは余り良い事じゃない。
「いや、咎めようって訳じゃないんだ。誤解しないでくれ」
そう言って、俺はオーバーリアクション気味に、両手を広げて反り返った。
「ただ、俺達は身体が資本の仕事をしてるもんでね。安全性に欠ける物には、ちょっとうるさいというか……少し敏感なだけさ」
「……なるほど、これは大変失礼致しました」
店主の発言に、ピリッと張り詰めていた空気が少し緩んだ。
そして店主は俺とパドックのグラスを取り、別の飲み物へと取り替えてくれる。
「すまない、ありがとう」俺がそう言うと、店主は小さくウインクした。
それから俺達は、何事も無かったかのように下らない話をしつつ、順に出来上がった料理に手を付け始めた。
「いただきます!」とパドックは胸元の液晶を上へとスライドさせる。その裏にある食事用の口腔が露わになり、その穴へ彼はひょいひょいと料理を放り込んでいく。
「うん!噂に違わず、美味いな揚げ焼売!」
パドックは呑気に笑いながら、料理を次々と平らげていった。
俺も食べてみたが、料理の味は悪くなかった。最初の一杯以来気を付けていたが、他の料理には電子ドラッグの類は含まれていない。至って健全な中華料理だった。
目当てにしていた揚げ焼売は見た目こそ普通の焼売と大差は無いが、狐色になった薄めの衣を一度齧れば、カリッとした食感の後でジューシーな肉汁が口の中でドバッと溢れ、パドックが絶賛するのも頷ける美味しさだった。
そんな風に一通り注文した料理を食べ終え、明日も仕事だから今日はもう切り上げようかと、パドックと話していると
「キンモンキョウを……えぇ……わかってる」
そんな女性の小さな声が後方から聞こえた。
それからすぐ店の引き戸を開けて、その声の主は店から出て行った。恐らく先に来ていた客の一人だろう。一瞬だったが、華奢な身長に大きめのパーカーを羽織っており、頭へ深くまで被ったフードの隙間からは、淡い青い髪がネオンのように揺れて見えた。
出口に向けた視線から客席の方をチラリと一瞥すると、先程の女性とは対照的なガタイのいい大柄な男が奥の座席にどっしりと腰を掛け、アルコールの入った大きなジョッキを傾けて飲み干していた。ボディは無骨で古い型のようだが、錆や汚れが無いのを見ると整備が細かく行き届いており、黄色と黒を基調としたカラーデザインが立ち入り禁止のテープを連想させた。
さて、もう夜も良い時間だ。
ここサンフランシスコは、決して善良な市民だけではない。夜も更ければ犯罪は増し、警備ドローンや救急ドローンが街中で飛び交うのも日常茶飯事だ。
俺達はご馳走様、と席から立ち上がって会計を済まして、そそくさと店から出た。

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