第五世界の兆し[創作]8
8 移行
[倫理観]…社会的に守るべき規範(法律や条例など現実にある規則や社則なども含んだ社会的に守るべきもの)をベースにした考え方。
[道徳観]…人の経験や両親のしつけ、学校教育などで、幼いころから培ってきた理想としてのルールをベースにした考え方。
~ネットより~
日本には、神道・仏教ともに言語に精霊が宿されているという言霊信仰がある。これが日本人たらしめていると思っていて、外国の人が流暢に日本語を話せても、このたらしめているものを体得することはできない。コミュニケーションツールだけではない、言語に対する昔からの道徳観、特別な力があるという信心と諸刃の剣であるという恐れだ。
これは日本だけのものではなく、大なり小なり各民族が持っている感覚で、ハラリさんが導き出した「嘘」を創りだしたホモサピエンスの共通点なのかもしれない。海外の哲学者達も自国の言語に魂を感じているではないか。文芸や祈祷とか魔法と呼ばれるものも、その類いだと思う。日本の特徴は、言霊信仰の頂点に天皇が存在している。
Jさんは、言葉を大事にしていた。言葉ひとつで相手を和ませ周りの雰囲気を変える力があることを自分の体験から肌で分かっている人だった。たとえ本人の心の内が極寒の中にいても関係なく他者を手助けすることができると理解していた。その純粋さから言葉に利害が絡むことを嫌悪し、その嫌悪感で自分の身体が蝕まれる事をおそらく分かっていただろう。
Rちゃんは、音の力を信じていた。音楽の世界で成功し、地球を救う筋書を描いた。救世主として莫大な利益を人類に与える予定だったため、物質的支援があって当然だと考えていた。実際、精神科の病院に長く通っていて働けず、障害者年金を貰って生活していた。
二人は、青写真を描いている途中で素早く次の世界へ移行していった。あまりの早さに私は混乱し、また羨ましく思えた。それぞれ理想的な環境での移動だった。Rちゃんは私に枯れない黄色い薔薇と歌を、Jさんは言葉とローズクォーツの水晶玉を遺してくれた。黄色い薔薇の花言葉は嫉妬だが、それよりもRちゃんは私が好きな色を選んでくれた。ラピスラズリの水晶玉を私は望んだが、Jさんはローズクォーツを選んで渡してくれた。自分を愛せずにいる私へのメッセージだと思えた。
残された私は、途方に暮れてしまった。二人のようなビジョンも歌も言葉も持ち合わせていない。どうすれば私も穏やかに移行することができるのだろうかと思案した末、二人のように理想とする世界を見据え、遺された言葉と音を頼りに、新しい第五世界を創造してみようと決めた。この道を歩めば、私もスムーズに移行できるような気がした。それくらい憧れるほど二人とも穏やかな死を迎えたのだ。罪悪感を持たず、悔いなく逝けたら、それは至福なのではないかと思えた。